アニメーションのプロデュースと作業の実際
諏訪道彦(読売テレビ東京制作部 エグゼクティブ・プロデューサー)
大阪大学工学部卒。『シティーハンター』、『YAWARA!』、『名探偵コナン』、『犬夜叉』、『金田一少年の事件簿』、『ブラック・ジャック』などをプロデュース。
■「ブラック・ジャック」に時代の波
諏訪――読売テレビは、東京の日本テレビとネットワーク関係を結んでいる大阪のテレビ局です。私は、読売テレビに入社してから3年間、『11PM』という深夜番組のAD(アシスタント・ディレクター)、ディレクターを経て、東京へ転勤し、以来18年間、月曜日夜7時台の枠を担当しています。現在は、『ブラック・ジャック』と『名探偵コナン』を放送しています。
2004年9月までは7時から『犬夜叉』を放送していました。『犬夜叉』は、中学校3年生のかごめという女の子が500年前にタイムスリップして、犬夜叉と出会い、粉々に砕けてしまった四魂の玉を集めて奈落という宿敵を倒すという作品で、4年間放送して、人気を博しました。原作のマンガはいまも『少年サンデー』に連載中ですが、アニメが原作に追いついてしまい、オリジナルの話をあまりつくるわけにもいかなくなったので、残念ですが終了としました。
『ブラック・ジャック』は、1973年11月に『少年チャンピオン』で連載が始まってから、今年で31年になります。私は当時、中学校2年生で、マンガが好きでした。ブラック・ジャックは、天才外科医でありながら、「命は絶対に助ける。だが、治療費は5,000万円だ」とか「金がない人間は助けない」などと平気で言いますから、その年代の男の子が持っている青い正義感を、すごく刺激された記憶があります。
しかも、読んでいて最後には感動するんですね。その感動が忘れられずにいて、10年以上前から『ブラック・ジャック』をアニメにしたいと思っていました。手塚治虫さんの版権を持っている手塚プロの社長に会うといつも、アニメにさせてくださいと言っていたのです。2年前の広島アニメーション・フェスティバルでお会したとき、「来年はキャラクターが生まれて30年だから、2時間スペシャルはどうか」という話になって、2003年12月22日に2時間スペシャルで『命をめぐる4つの奇跡』という作品を放送しました。この作品は、東京、大阪で約13%の視聴率をあげたばかりでなく、放送後の反響も良かったのでレギュラー化されることになりました。
反響というのは、我々にとっては、とくに新聞のテレビ欄の下にある投書欄がすごく参考になります。投書は1日に2つしか載りませんから、良いにしろ悪いにしろ、ある程度の数の意見がないと載らない。なおかつ、新聞の送り手も、紙面にこの意見を載せてやろうと思っているわけです。そういう投書が各紙に載りました。
10年ほど前に『名探偵コナン』と同時に『ブラック・ジャック』の企画を出したとき、小学生を対象にしたマーケティングで、キャラクターを並べて、「アニメになるならどれがいいですか」と尋ねたところ、『ブラック・ジャック』はまったく何の反応もなく、むしろ「アニメにしてほしくない」という感じでした。原作は、結構リアルな手術シーンも多いので、ちょっと怖いマンガみたいな印象だったのです。『金田一少年の事件簿』や『犬夜叉』が始まるときにも同様のマーケティングをしましたが、やはり『ブラック・ジャック』に対する反応はネガティブでした。
ところが、ここで時代の波というものがやってきたわけです。昨年から、『白い巨塔』『ブラック・ジャックによろしく』といったドラマがあって、命という、我々が考えなければいけない大事なことへ向かう流れがやってきたのだと思います。
今回、『ブラック・ジャック』のオープニング曲はJanne Da Arc(ジャンヌダルク)というバンドが唄っています。これは歌で決めました。ボーカリストはYasu(ヤス)さんといいますが、どうしても最初は歌唱力のある男性ボーカルの歌い上げで始めたかったのです。監督は、手塚治虫さんのご子息の手塚眞さんです。とても優秀なビジュアリストですが、いまはアニメーションの監督としてたいへんいい仕事をしてもらってます。
皆さん『ブラック・ジャック』の原作は知っていらっしゃると思いますが、だいたい1話20ページぐらいです。アニメではこれを正味20分ちょっとにしますが、原作だけでは短いので、原作にない喫茶店のシーンを入れたりしています。原作との一番の違いは、ピノコが最初からいることです。原作ではピノコが生まれる話まではピノコは出ませんから。
■視聴率の戦い
実はこの講義の依頼を受けたのは半年以上前でした。『ブラック・ジャック』の企画は始まっていましたが放送前でしたので、きょう、ここでどんな顔をして皆さんにお会いできるか心配でした。我々にとって、新番組で視聴率が取れるかどうかはものすごく大きいのです。もしかしたら、私の仕事は失敗しました、とここで暗く発言せざるをえない可能性もあったわけですけれど、幸いなんとかうまくいっています。作品の良さが視聴者にちゃんと伝わっているという感じがしています。
ここで視聴率の話をしましょう。4つの折れ線グラフがあります。これは、10月11日と10月18日の夜7時台、関東エリアと関西エリアの視聴率です。ちなみに、関東ではいま、視聴率を調べる機械が598世帯に入っています。聞くところによると、2年で全部替わるそうです。その機械が、毎分秒針が時計の12の所に行ったとき(1分ごと)に信号を飛ばし、その情報をコンピュータで計算して数字が出ます。
グラフの谷間(視聴率が低くなっているところ)はCMです。我々にとって、CMをどこにもっていくかというフォーマットを研究するのはたいへん大事なことです。例えば、CMには、90秒、120秒など、いろいろな長さがありますが、90秒のときには1分の前半の30秒の間に始めます。そうするとCMの間に信号を飛ばすのは1回だけで済みます。もし、後半の30秒で90秒のCMに入ると、CMの間に信号は2回ですから、1回損することになるわけです。
11日は、1時間の『ブラック・ジャック・スペシャル』で『コナン』はお休みでした。『ブラック・ジャック・スペシャル』は、始めから75秒がCMで、続いてオープニング、第1話に入ります。今回はチャレンジとして、第2話にCMを入れませんでした。グラフの線が右上がりになっているかどうかは、番組がうまくいったかどうかの一つの目安ですが、このときは右上がりで、CMを入れない効果がありました。
翌週の18日はレギュラーに戻って、7時から30分が『ブラック・ジャック』、次の30分が『名探偵コナン』です。レギュラー編成で一番大事なのは、次の番組へのつなぎで谷間ができないようにすることです。ここはどうしても谷間ができてしまうので、いろいろ考えます。『犬夜叉』のときはクイズを出したりしました。いまは、ほかの番組でも必ず『CMの後は・・・』と言います。万一CMの間は浮気しても、また戻ってきてね、というお願いなのです。
『ブラック・ジャック』では、最後にピノコの日記というのをやっています。また、『ブラック・ジャック』は名言集ができるほどなので、そういうものをここに入れようかと思っています。
私は、番組の最後までいろいろなコーナーを出すことを、おいしいタイ焼きのごとく“しっぽまであんこ”と表現しますが、『ブラック・ジャック』のピノコの日記と同じように、『コナン』はネクスト・コナンズ・ヒントといって、次回の内容のヒントを出して推理の参考にしてもらっています。ここは視聴率が伸びる効果が顕著に出るところです。
ネクスト・コナンズ・ヒントの後には5秒間、たとえば声優の高木渉さんと高山みなみさんがかけあい漫才をやります。ちなみにこれはいつも私が脚本を書いています。たいした長さではないのですが、それを役者が採用するかどうかは、そのときのアドリブの勝負です。声優さんが、私が書いたのはおっさんダジャレだからだめということもある。
我々は、少しでも数字を取るために、そんな戦いをしているわけです。
■わずか5秒に思いを込めて
クロスプロ(モーション)、いまはブリッジと呼ぶものがあります。『ブラック・ジャック』の前の天気予報が終わると、次の5秒間でピノコが、「この後すぐ、ブラック・ジャック、アッチョンブリケ!」と言うのがそれです。日曜日の『鉄腕DASH』の最後には、「明日のこの時間は、ブラック・ジャック、アラマンチュウ!」と言います。また、日曜日のブラック・ジャックは手術をしながら画面を向いていますが、月曜日は患者を見ています。そんな違いもぜひ見てほしいです。
このブリッジという5秒の枠で、私は、普通はあまりできないことをやるようにしています。『犬夜叉』のときは、「この後すぐ、犬夜叉。おすわり」「フギャ」とやったんです。「おすわり」「フギャ」というのは、アクション中心のストーリー進行の中ではなかなかできません。しかし、子どもたちにとってはそういうギャグがわかりやすく、大事なのです。
『コナン』では以前、コナンくんが「この後すぐ名探偵コナン。犯人はお前だ!」と言っていました。でも、これは嘘ですね。コナンくんは子どもですから、自分で「犯人はお前だ」とやれません。番組ではやれないことを、いかにもいつもやってるムードで見せるのが大事なのです。いまは『ブラック・ジャック』の後に、「この後は名探偵コナン。探偵団は大活躍!」と言っているのですが、実際には探偵団は大活躍しないことが多いですね。それでも探偵団が出てくるのは、子どもたちに、これからもずっと見て欲しいという思いを込めているのです。
また、「この番組は皆様の○○とご覧のスポンサーでお送りします」という提供バックを、私たちの番組では必ずキャラクターの声でやります。ほかの番組ではやっていません。というのは、役者さんがスポンサーの名前を言うのは営業行為にあたる可能性があるので、プロダクションがそういうことをさせたがらないからです。それでも『名探偵コナン』『犬夜叉』『ブラック・ジャック』は、偶然にもすべて主人公の名前がタイトルになっているので、最初から最後まで番組の色あいを統一するため主役の声でやってもらっています。提供バックは普通は局のアナウンサーが読むものなんですけどね。
『ブラック・ジャック』のCM入りは、矢印が伸びたり縮んだりします。CM明けも同じです。これをキューカードといいます。『コナン』では、中世の城みたいなところのドアが開いて話に入ります。あれは“ミステリーの世界へようこそ”という意味です。だからCMに入るときには、1回ミステリーの世界から出るのでドアが閉じ、CMが明けるとドアがまた開く。こういうところにも必ず理由があってやっているのです。
エンディングの後には予告がありますが、『ブラック・ジャック』も『コナン』の予告に倣って、ドラマの予告のようにしています。普通のアニメの予告は、「次回の俺は、こんな所へ行ってこんな奴が出てくる。俺の活躍を見てくれ」みたいなことをナレーションで言う。しかし、ドラマの予告は、次回のシーンを抜き出して、「愛してる」とか「肋けてくれ」とかいうので引っ張って、絶対に見なければいけないという気にさせます。そんな感じの予告を『コナン』でも、そして『ブラック・ジャック』でもやっています。
アニメでなぜ、そういう予告ができなかったかというと、制作スケジュールが厳しいので、次回予告を作るときにはまだ絵がないか、あっても声を入れる準備ができないからだと思います。それを『コナン』から可能にしました。
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