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日下公人東京財団会長あいさつ
 
日下公人
 
 東京財団は日本のためになる様々な事業を行っています。
 マンガ・アニメも日本国家のために役に立っています。日本のマンガ・アニメを見て世界中の人が日本のことを好きになっています。私は、世界の若者が日本製マンガ・アニメを見て育っているために心の中は日本人になっている、と思っています。
 たとえば、世界中の学生がアメリカの大学に集まってきます。すると外国暮らしで心細くなりアジアの学生同士が集まったりします。最初は共通の話題がないので「キャンディ・キャンディを知っている?」「ドラえもんを見ていたか?」ということを言うと、みんな知っています。そしてみんな仲良くなり勉強をする元気がでます。
 それをハリウッド、ディズニーが見て、日本に負けた、何が何でも日本のアニメを叩き潰さなくてはならない、ということになります。
 また、最近韓国はアニメ産業を国家的に育成しています。韓国は日本作品のまねから始めました。ドラマでも話の筋をそのままに舞台をソウルに移して作り、中国に輸出して儲けています。このようなことに味をしめ、韓国では140の大学・専門学校でマンガ・アニメを教えています。そこで勉強すると将来金持ちになれるというわけです。
 私は台湾や北京に行ったとき、若者に韓国のドラマをどう思うか聞いてみました。たいへんいいですね、という答えでした。さらに、少し前までは日本のドラマを見ていたのではないですか、と聞いてみました。すると、韓国ドラマは分かりやすい、男はやたら強くハンサムで、女はあくまで優しく美人、ストーリーは簡単で必ず強いものが勝つ。だから安心してみていられる。ところが日本のドラマは主人公が哲学的に悩んだりするので、我々はついていけない、といいます。
 しかし、やがては彼らも単純なストーリーでは満足できなくなってくると思います。多様性のあるストーリーの良さがわかってきます。そこで、日本はもっとマンガ・アニメに親しみ、新しい作品を作る子供を育てなければいけません。
 きょうは将来有望なお母さんとお子さんに集まっていただきました。
 朝、大学に着くと「マンガ・アニメ」と書かれた看板が校門に出ていました。今までは夏休みの間にしっかり勉強しなさい、といわれていました。しかし徳山大学は進んでいまして、夏休みこそマンガ・アニメを勉強しなさい、といっているのです。
 私も大賛成です。マンガ・アニメを学ぶことで社会に出たときの力がつくと思うからです。
 私は大学で写真部にいました。多少芸術のつもりで写真を撮り、お互いに批評して、写真展に出品したりしていました。
 それは本来勉強のジャマです。しかし、その後30年たちますと写真部のメンバーは出世しています。財務省、経産省、自治省、医者、銀行員など分野は様々です。不思議なものだと思ってよく考えてみると、写真部の人はみんな話がうまい。イメージがわくように話をします。
 写真を撮るときは構図を考えます。前景はこれ、背景はこれ、という具合に全体のバランスをとります。それからポイントはここ、この子供の笑顔が大切だ、というようにディテールを作ります。写真部出身者はそのような話し方をするのです。たとえば経産省の友人が今年の経産政策は、という話を聞くと構成がしっかりしています。でもお前は秀才で馬力が足りない、迫力がないから金賞は取れない、銅賞どまりだな、などというと、まあ仕方がないか(笑)、などと社会に出ても品評しあっていました。
 世の中は賢いだけではだめなのです。考えたことを筋道立てて、人にアピールしていく力が必要です。それを養うのは映像やマンガ・アニメです。論理だけ、文章だけ、学問だけ、こういう人は出世しません。学者でも出世しません。そういう学者の友人もいますが、彼の書いたものを読むと重箱の隅をつつくような話で、賢くまじめなのは分かりますが、読んでいて面白くもなんともない。あいつも写真を撮ったりマンガを読めばよかったのに、と思ってしまいます(笑)。
 特に日本のマンガは様々なテーマ、多様なストーリーがあります。お母さん方はお子さんに、マンガはだめなどといわずに、何でも好きなものを読みなさい、と言ってください。何でも読んでいるうちに、好きなものが分かってきます。そのときに人柄ができてくるのです。そういうことを中学・高校のうちにやっていても、大学受験の妨げにはなりません。
 日本のマンガ・アニメの多様性の凄さを世界の人はようやく気づいてきました。
 以前、アメリカの未来学者アルビン・トフラーと対談したときに「日本のマンガ・アニメは暴力と成人向けが多い。日本人はそういう人間か」と言われました。そのとき私は「日本では一年に何千本もアニメを作っている。何から何まであらゆるジャンルがそろっている。その中からアメリカ人は暴力と成人向けだけを買っていく。それを知らないのではないか」と答えました。しかし、「千と千尋の神隠し」のアカデミー賞受賞などをみると、アメリカ人も少しわかってきたのでしょう。
 ところで、ヨーロッパへ行くとマリア様とイエス・キリストの絵がどこにでもあります。ところが赤ちゃんのイエス・キリストがかわいくない。子供のくせに大人のような顔をしているのです。かわいい絵はほとんどありません。これは聖書に由来しているのです。
 最初の人類はアダムとイブですが、神様は自分の姿に似せてアダムを作ったと聖書に書いてあります。そしてアダムの絵を見れば、ヨーロッパ人は成人男性が神様にそっくりだと考えていたことがわかります。そしてイエス・キリストは神の子ですから、生まれたときから成人男性のような顔をしているのです。
 そのようなわけで、キリスト教圏では子供らしさは否定されています。子供らしい、あどけない、かわいい、無邪気だということは動物的だということです。神様から遠いのです。だから子供を早く仕込んで知性を磨き理性をつけさせ、アダムにしなければいけない、というのがヨーロッパの躾です。すると子供は息苦しい。一方、日本のマンガ・アニメはかわいいことはいいことだ、みんなやさしくしましょう、と描いてあります。そこでヨーロッパの子供も、アメリカの子供も、アジアの子供も日本のマンガ・アニメを抱きしめて離さないのです。
 マンガ・アニメに現れているように、日本精神は世界を自然に平和にする、仲良くさせる力があります。知性だけではだめです。マンガ・アニメには、感性がある、情感があると同時に、やるときはやる、負けないぞという意志の力もあります。これも大学ではあまり教えません。アテネ・オリンピックで日本の若い選手たちが活躍していたのはひとえにマンガ・アニメの力である、と私は確信しているのです(笑)。子供のころにマンガを読まなければ、あんな元気は出ないのではないかと思います。
 そのようなわけで、東京財団はマンガ・アニメを応援することをはじめ、様々な活動をしています。そのお金は周南市にもあるモーターボート・レース場からきています。市役所が競艇を開催して、その売り上げの3.3%が日本財団に入ります。日本財団の曽野綾子会長が、東京財団は面白い活動をしているというと、お金を回してくれるのです。ですから、このシンポジウムを見て面白いと感じていただければ、競艇を温かい目で見ていただきたいと思います。
 
 
徳山大学経済学部長・教授
岡野啓介
 
 山口県東南部に位置する周南市は、北は中国山地、南は瀬戸内海に臨む、自然豊かな都市です。点在する島々の姿や、豊後水道を通って太平洋から流れ込む清らかな水が、瀬戸内海で最も美しいといって過言でない景観を与えています。そして「環境循環型産業」を標榜し、海岸線に沿って展開する大規模工業地帯、周南コンビナート。この二つのマッチングが、他に類を見ない大きな特徴となっています。コンビナートに隣接するグリーンベルトを隔て、その北側の幅の狭い東西に伸びた平地となだらかな丘陵に、市街が広がっています。周南市は、2004年4月、2市2町(徳山市、新南陽市、熊毛町、鹿野町)が合併してできました。県内では第3位の人口をもつ都市です。『周南』の名称は周防の国の南部を示し、「温暖な気候と山海の幸に恵まれた豊かなイメージ」を表すものだそうです。
 
 この美しい周南の町は、しかし本当に残念ながら、『若者の定着を促す魅力』が不足しています。山口県東部に存在する唯一の徳山大学も、18歳人口激減のあおりで、学生確保に悪戦苦闘のこの頃です。最近数年間のデータによれば、福岡県や広島県の諸大学にとって、山口県は最大の学生供給県となっているようです。言いようのない屈辱を感じさせられるデータですが、若い世代が、大都市やその文化に惹かれて流出するのはしかたないことでしょう。したがって、何処にでもある学部や学科内容だけでは勝負は目に見えています。何か他に類のない新しい観点を導入しなければ・・・、それが徳山大学に課された最大の課題で、現在の杉光英俊学長が就任されて以来、大学を挙げて取り組んできたものでした。
 
 2002年9月、私は、留学生獲得のため、ソウルで開かれた『日本留学フェアー』に参加しました。その際、ジャーナリズムを専攻する西河大学の教授と話す機会を得ました。韓国に来た理由や大学の現状を話したところ、是非『アニメ』をやりなさい、日本へ留学したい学生が沢山いるはずだ、というコメントをくれました。確かにアニメは世界に冠たる日本の文化です。近年、アニメ制作という観点では、韓国は日本の遥か先を行っているようですが、創造性やオリジナリティーに関しては、まだ日本に一日の長があります。「これはいけるかも知れない・・・」そう感じました。とはいっても、当時「経済学部」の単科大学であった徳山大学に1、アニメという観点がそう容易く受け入れられる見込みは立たず、強い印象を頭の隅に残しただけで終わっていました。
 
 東京財団から送られてきたパンフレット『マンガ・アニメ造形ビジネス学科設立事業のご案内』に目を奪われ、呆然とさせられたのは、その翌年、2003年5月でした。さっそく学長に相談し、有志の教員で分担し、翌月から4ヶ月に渡っておこなわれた11回のセミナー総てに参加しました。「日本の経済にとって知的財産が重要になる』『マンガやアニメを知的財産ととらえ、戦略的ビジネスを展開する』といった観点を理解することは簡単でしたが、具体的な経済学部のカリキュラムと結びつけるのは容易ではありませんでした。しかしセミナーに参加し財団の方々のお話や各界の著名人の講演を聞くうちに、目の前に立ちはだかっていたモヤモヤが、徐々に晴れていくのを感じました。そこでいただいた貴重な情報をもとに、経営学科のメンバーと議論につぐ議論を重ね、たどり着いたのが今回の学科改革です。地元で活躍されていたマンガ家なかはらかぜ先生の全面的協力を得られたことは、強い追い風となりました。
 内容を簡単にまとめますと次のとおりです;
 
 2005年4月より、本学経済学部では、経営学科の名称を『ビジネス戦略学科』に変更し、経営戦略やマーケティング、特にそのケーススタディーに重点を置いた教育改革を行います。またその目玉としてコンテンツ・ビジネスに焦点を定めた『知財開発(マンガ・アニメ・造形)』コースを新設し、
(1)世界に冠たる日本の文化「マンガ・アニメ」に対する深い理解とその基礎的開発能力を備え、
(2)知的財産を守る法律的な基礎知識を持ち、
(3)戦略的なコンテンツ開発と、ビジネス展開ができる能力
を備えた人材の育成を目指します。
 
 今回の地域文化シンポジウムのお話を、東京財団の情報交流部からいただいたのは、2004年度の講義が始まって間もない、今年の5月頃だったと思います。新学科開設に1年先行するかたちで、現行の経済学部の学生を対象とし、暗中模索の状態で知財開発コースのカリキュラムを一部スタートさせた、丁度その頃でした。大学運営の観点から、我々にとって最も興味ある対象は高校生です。一方、地域文化シンポジウムという性格上、テーマは一般市民から子供をまでをも含むより幅広い層を対象とするものにすべきでしょう。そんな出発点からのジレンマが、あるにはありました。しかし、将来を担う子供たちやその両親を巻き込んで、マンガやアニメを新たな文化として受け入れビジネス・コンテンツと捕らえる風土作りは、周南地域にとっての重要課題である『若者の定着を促す魅力』につながります。大学がそのような地域起こしの中心となることができるなら理想的です。またそれがビジネス戦略学科『知財開発』コースの将来にとって重要な基盤となることに間違いありません。「急がば回れ」、そういう考えが関係教職員に浸透し、是非成功させようという気運が一気に盛り上がりました。
 
 7月22日(木)と23日(金)の2回にわたっておこなわれた親子アニメ教室には、定員を上回るマンガ・アニメ好きの子供たちが集まりました。講師に招聘された東京工芸大学非常勤講師の峰岸恵一先生が中心となり、なかはら先生がマンガの描画指導をおこなうという役割分担で進められました。企画は、利用ソフトや機器そしてテーマの選択などを含め、全体的に大変すばらしいものだったと思います。教室は、子供たちの自主性を重んじ、自由な感性と発想でマンガを描かせたり、粘土細工を作らせる形で始められました。出来上がった者から順番に、インストラクターの手助けを受けながら、それをビデオカメラで撮影しクレイタウンというソフトでアニメ化していきます。子供達は自分が監督になったつもりで、納得のいくアニメにできるまで何度もやり直すことができます。作品が出来上がってくると、順番にスクリーンに映して皆で楽しみます。峰岸先生はそれら総てに適切な講評を加えながら、もっとうまく「生命をふきこむ」2ための要点を教えてくださいます。毅然とされた態度とそれを包む独特のやさしい雰囲気、そこから滲み出る子供たちとアニメに向けられた愛着がさわやかに感じられました。『うまいアニメを作るにはネ、ちょっと難しいけど、地球の重力を意識しないといけないヨ・・・』という言葉が印象的でした。
 
 8月24日(火)のシンポジウムは、日下公人東京財団会長によるご講演に始まり、親子アニメ教室での作品発表・講評会、地元で活躍されている3人のマンガ家なかはらかぜ・うえだのぶ・宮原ナオの諸先生方によるマンガウォークラリー、そしてアニメ『明日のナージャ』の声優小清水亜美さんと三瓶由布子さんを招いての声優教室など、盛りだくさんのスケジュールで、集まった250人の親子を魅了しました。日下先生のご講演には、揺るがぬ自信に裏付けられた穏やかな語り口で、有無を言わさず聴衆を飲み込んでしまう迫力があります。しかし当日の聴衆は、半分が訳のわからぬチビッコ達、どうなることかとチョッと心配していました。しかし、「子供らしさ」を否定する西洋的価値観とは一線を画し、人間らしさの原点として受け入れる日本人の精神がマンガ・アニメ文化を育てる母体となったというご主張が、以心伝心、子供達に通じたのでしょうか?静寂のうち、あっという間に20分が過ぎ去りました。マンガウォークラリーでは3人のマンガ家の先生達が、それぞれに工夫を凝らし、子供達に「似顔絵」「1コマ・マンガ」「4コマ・マンガ」の描き方を教えてくれました。アフレコ実演は、パーティー会場から抜け出したナージャが、庭木の陰でつくため息「フー」から始まりました。エッどこから出たの・・・、と耳を疑うような小清水亜美さんの甘いため息が、会場の聴衆を一瞬にしてアニメの世界に引きずり込んでいきました。動きと音(声)が一体となってマンガに「生命をふきこむ」アニメーションの妙を脳裏に焼き付けられた瞬間でした。
 
 5月から4ヶ月、嵐のような日々がやっと終わりました。この嵐の去った周南市と徳山大学に、果たして目指していた新しい文化が根付くでしょうか、それは徳山大学のこれからの努力如何にかかっています。今後も周南市のご協力をいただきながら、それが達成できるよう2人3脚で頑張っていければと願っています。
 

1 2003年4月、徳山大学は、杉光学長の指導によって新学部「福祉情報学部」を発足させ、現在2学部3学科体制となっています。
2 Animationの語源はラテン語のanima(霊魂)で、「生命をふきこむ」という意味があるそうです。







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