日本財団 図書館


 東京財団研究推進部は、社会、経済、政治、国際関係等の分野における国や社会の根本に係る諸課題について問題の本質に迫り、その解決のための方策を提示するために研究プロジェクトを実施しています。
 
 「東京財団研究報告書」は、そうした研究活動の成果をとりまとめ周知・広報(ディセミネート)することにより、広く国民や政策担当者に問いかけ、政策論議を喚起して、日本の政策研究の深化・発展に寄与するために発表するものです。
 
 本報告書は、「朝鮮半島情勢の中長期展望と日本」研究プロジェクト(2003年4月〜2004年3月)の研究成果である提言をまとめたものです。ただし、報告書の内容や意見は、すべて執筆者個人に属し、東京財団の公式見解を示すものではありません。報告書に対するご意見・ご質問は、執筆者までお寄せください。
 
2004年10月
東京財団 研究推進部
 
 
「金正日政権に対する価値判断を下すべきとき」
総括提言
 
金正日政権に対する価値判断を下すべきとき
−政体変更を目指す日米韓朝諸勢力間の協力強化を
 
提言各論
 
提言1. 金正日の核武装の恐るべき実態を直視せよ
提言2. 日本は経済制裁を発動せよ 政府は対北朝鮮専門組織を作れ
提言3. 国連安保理決議1441号(対イラク)の規定を対北朝鮮政策にも適用せよ
提言4. 日米議会は「北朝鮮民主化法」(仮称)を早期に策定せよ
提言5. 韓国政府、中国政府にも圧力を行使せよ
 
「朝鮮半島情勢の中長期展望と日本」研究プロジェクトメンバー
 
プロジェクト・リーダー 平田隆太郎(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会「救う会」事務局長)
 
プロジェクト・メンバー 惠谷 治(ジャーナリスト)
島田 洋一(福井県立大学教授)
西岡 力(東京基督教大学教授)
李(リ) 英和(ヨンファ)(関西大学助教授、RENK代表)
 
金正日政権に対する価値判断を下すべきとき
政体変更を目指す日米韓朝諸勢力の協力強化を
ブッシュ大統領の「悪」演説
 ブッシュ大統領は2002年1月の一般教書演説で、北朝鮮を「悪の枢軸」と断定した。「悪(evil)」という表現は、「矯正不可能、打倒すべき」という明確な価値判断を含んでいる。現在の朝鮮半島問題を考える際、このブッシュ大統領の価値判断に賛成するかどうかが、もっとも根本的な問題となる。
 同演説でブッシュ大統領は、「北朝鮮は人民を飢えさせながらミサイルと大量破壊兵器で武装している」と、「悪」認識の根拠を説明した。
 
 われわれは、加害者である金日成・金正日独裁政権(以下、金父子政権)と被害者である北朝鮮人民を、同一視するべきでないと考える。ブッシュ演説も人民を被害者ととらえているので、そこでいわれる「北朝鮮」とは金父子政権を意味する。
 われわれが本研究プロジェクトで、昨年と今年、集中的に金父子政権の実態を検討した結果、ブッシュ大統領の挙げた「国民を飢えさせた」、「ミサイルと大量破壊兵器で武装」という2つの根拠はすべて事実であることを確認した。そして、金父子政権を「悪」と断定する根拠に「日本人と韓国人を大量に拉致していまだに帰さず」、「朝鮮戦争をしかけ大韓機爆破など多くのテロを行った」という2点を加えるべきだと考える。
 
 すなわち、「日本人と韓国人を大量に拉致していまだに帰さず、朝鮮戦争をしかけ大韓機爆破など多くのテロを行い、自国民を飢えさせながら、ミサイルと大量破壊兵器で武装している金父子政権」は人類の普遍的価値観から見て「悪」である。この「悪」認識が、朝鮮半島問題の大前提となる。
 国際政治において価値観を過度に介入させることは禁物だ。現実主義の立場からはまず国益の極大化と力の均衡が説かれる。しかし、金父子政権のありようは度を超している。目の前にヒットラー、ポル・ポトの大虐殺と同じことが行われていながら、黙認することは、人道への罪を定めた現行国際法に違反する。
 
 伝統的に米国政治においては、民主党が理想主義を掲げて対外介入を行い、共和党は現実主義からそれに否定的であった。しかし、ブッシュ大統領は共和党でありながら、政治犯収容所の実態や闇市で拾い食いをする孤児らの姿、めぐみさんら拉致被害者の悲惨な運命を心に刻み、「金正日に虫酸が走る」と明確に価値判断を下している。
 
拉致と核が解決しないのはブッシュ「悪」演説支持が孤立しているから
 「悪」認識という観点から、拉致問題と核問題の現状を検討したい。まず日本人拉致について、ブッシュ大統領は2003年5月小泉首相との会談で「拉致は忌むべき行為だ。北朝鮮に拉致された日本国民の行方が一人残らず分かるまで、米国は日本を完全に支持する。北朝鮮の拉致に対して強く抗議したい」と強く非難した。拉致問題でも明確に、金正日政権の「悪」を非難している。しかし、小泉首相は、日本人拉致についてさえ「拉致を解決して国交正常化する」などという言い方しかせず、拉致未解決を理由にした制裁発動についても「伝家の宝刀は抜かないのがよい」などと公言して消極的だ。その結果、2月に2回政府高官協議がもたれたが、(1)帰国した被害者の帰国、(2)死亡・未入国とされた被害者の消息確認、(3)政府未認定の拉致の真相究明、はまったく進んでいない。北朝鮮の時間稼ぎが続き、それに対して日本はこれといった手を打てずにいる。
 
 核問題でブッシュ政権は、「核の検証可能で不可逆的な完全廃棄」、「悪いことを止めるのに褒美は与えない」というハードルの高い原則を掲げた。それを実現させる方法として多国間協議を採用したが、協議が継続しているだけでまったく成果が上がらず、金正日政権の核開発は着々と進んでいる。しかし、ブッシュ政権は2月の六者協議でも協議の継続に同意し、現時点まで北朝鮮の時間稼ぎに対して、制裁発動に踏み切れないままだ。
 繰り返し書くが、ブッシュ政権は「金正日は悪」認識を明言している。ところが、日本、韓国、中国、ロシアはすべて、その認識を表明していない。ブッシュ政権は孤立している。
 
 とくに、小泉首相は金正日テロ政権を直接的に非難せず、制裁を発動しない。「日本人拉致問題の解決なくして、国交正常化はあり得ない。核、ミサイル問題を包括的に解決するという日朝平壌宣言の立場は変わらない。国交正常化してから経済協力を行う」としか言わない。金正日政権に対して抗議したり、「悪」を糾弾したりしない。それどころか、田中均外務審議官は北朝鮮に対する外交戦略について、「まず互いの共通利益を作り、そのうえで協議や交渉をし、国際関係を作って結果を出す」と語っている(朝日新聞2003年5月23日)。テロとの戦争を戦うブッシュ大統領からすれば、テロ政権と共通利益をつくるなどという発想は、利敵行為そのものだろう。しかし、小泉首相は現在に至るまで、田中審議官を対朝鮮外交で重用し続けている。同盟国であり、もっとも北朝鮮の脅威を受けている日本がそのような姿勢だから、ブッシュ大統領は制裁への決断を下さないのだ。
 
 本プロジェクトは、本年度の総括提言として
 
 日本政府は金正日政権に対して明確に「悪」だという価値判断を下し、北朝鮮の政体変更を政策目標にすえよ
と提言する。
 
深刻な韓国の親金正日化
 米国では今年大統領選挙があり、ブッシュ政権の対北朝鮮政策も当然ケリー陣営の厳しい批判にさらされるだろう。その中で、一番憂慮されるのは核武装国である米国と中国が談合して北朝鮮の核武装を事実上容認し、ただ核兵器がテロリストに渡ることだけを厳しく規制するという線で妥協をはかる動きである。一方、共和、民主の有志議員が共同で提出した北朝鮮自由化法案は、明確に金正日政権打倒の立場に立っており、どれだけ支持を集められるかが注目される。
 
 一番大きな問題を抱えているのは、反米親北朝鮮傾向の強い盧武鉉政権が成立した韓国だ。盧武鉉は、核問題で米朝が対立した場合仲介に立つ、と公言して当選した。金正日政権を「悪」と断定せず、金正日政権との共存と助け合いを「民族」の名前で正当化している。その背景には、80年代から周到に進められてきた北朝鮮の政治工作、具体的には反外勢民族主義思想を基礎とする反韓史観の拡散がある。根拠のない反日キャンペーンに対して日本政府がきちんと反論しなかったため、その拡散を許したという側面があり、その結果、日本国民の多くが、韓国に対しては理性的な議論が通じないという先入観を持つようになった。また、反日を足場に拡散した反外勢民族主義がじわじわと反米タブーを壊し、ついに韓国の主敵として米国が第1位に選ばれるまでの世論状況となった。米国でもその様子がマスコミを通じて知られるようになり韓米同盟は重大な危機を迎えている。ただし、親米反金正日を掲げる草の根の愛国勢力が強い危機感を持ち活動を開始した。その理論的支柱が『月刊朝鮮』と同誌編集長・趙甲済氏らである。北朝鮮からの亡命者や元親北朝鮮運動家らのなかから、金正日打倒、北朝鮮民主化を目指す政治組織が生まれてきた。この勢力とわれわれがどのように連帯、協力するかが今後の課題である。
 
 中国、ロシアは金父子政権を誕生させ支援し続けてきたという共犯関係がある。また、両国の現体制は、自由民主主義とはかなり異なる過渡的で不安定なものであるため、政権が人類普遍的立場に立って「悪」認識を表明する基盤が弱い。特に中国は、北朝鮮から命がけで脱出してきた難民を強制的に送還し、金正日政権にエネルギーや食糧を適宜提供してその延命に手を貸し続けている。したがって、中国、ロシアは連帯の対象ではなく、圧力をかけてこちら側の意図に従わせるしかない。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION