10. 船体・機関計画保全検査の導入効果の評価
10.1 評価の方法と流れ
船舶の運航・修繕費は、当然ながら、各船の船型・要目、運航形態、保船管理の考え方等により大きく異なり、船体・機関計画保全検査を導入した場合の定量的効果についても、一概に言うことは難しい。
しかしながら、新しい制度を導入した場合にどの程度の定量的効果が生じるかについて、一定の仮定の下にマクロ的にでも示すことは、制度導入の意義を確認するため、また、制度導入後の普及を図るためにも有効な指標となると考えられる。
そのため、ここでは、まず、ほぼ同型(1万総トンクラス)の大型フェリー4隻を運航中のA社のケースを例に取り上げ、通常の毎年の入渠検査を実施する場合、機関計画保全検査とともに水中検査を実施する場合及び船体計画保全検査を実施する場合について、個船ベースでの経済効果を比較・推定する。
次に、個船ベースでの評価結果を踏まえ、さらに、5.で述べた旅客船事業者へのアンケート結果や旅客船事業者の財務データ等に基づき、業界ベースでの経済効果を推定することを試みる。
評価の主な流れは、次図のとおり。
図10.1.1 経済効果の評価の主な流れ
10.2.1 直接的な修繕費の減少効果
A社では、平成10年・11年の2年間の準備期間を経て、現状では機関計画保全検査を実施するとともに、第1種中間検査時に水中検査制度を導入し、各船について、入渠検査・機関解放等と水中検査とを毎年交互に実施している(定期検査を1年繰り上げ、特1中と定期検査時に入渠・機関解放等、それ以外の1中時は水中検査を実施)。
これにともなう4年間の各船別修繕工事費用の実績(船体・機関合計概算)は次のとおり。
表10.2.1 A社の修繕工事費用実績
年度 |
A丸 |
B丸 |
C丸 |
D丸 |
合計 |
12 |
8,600 |
10,000 |
60,000 |
70,000 |
148,600 |
13 |
78,000 |
81,000 |
7,000 |
7,000 |
173,000 |
14 |
8,600 |
7,700 |
69,000 |
77,000 |
162,300 |
15 |
73,000 |
74,000 |
5,500 |
6,800 |
159,300 |
平均 |
42,050 |
43,175 |
35,375 |
40,200 |
160,800 |
|
注) |
12年 A・B丸 水中検査、
13年 A・B丸 入渠検査、
14年 A・B丸 水中検査、
15年 A・B丸 入渠検査、 |
C・D丸 入渠検査
C・D丸 水中検査
C・D丸 入渠検査
C・D丸 水中検査 |
|
上記データから;
入渠検査時の平均工事費/年・隻=72,750千円
水中検査時の平均工事費/年・隻=7,650千円
2年間で平準化した場合の工事費/年・隻=40,200千円
今後、A社において更に船体計画保全検査を導入した場合は、上記水中検査時の工事費が不要になると仮定すると、
2年間で平準化した場合の工事費/年・隻=36,375千円
したがって、A社のケースで、(1)入渠検査時、(2)入渠・水中検査を隔年で交互に実施(現状)、(3)船体計画保全検査導入時(隔年で入渠)、について工事費を比較すると、
表10.2.2 船底検査の実施方法別の修繕工事費用の比較
船底検査の実施方法 |
工事費概算額/年隻
(千円) |
比率
(%) |
(1)入渠検査時 |
72,750 |
100 |
(2)入渠・水中検査を隔年交互に実施(現状) |
40,200 |
55 |
(3)船体計画保全検査導入時(隔年で入渠) |
36,375 |
50 |
|
ただし、上記(1)入渠検査時の工事費については、A社における現状の入渠時のデータであるため、すでに水中検査の実施にともなう影響が含まれている。この点については、次項で考慮する。
10.2.2 追加的な発生費用の考慮
水中検査又は船体計画保全検査を導入する場合は、毎年入渠する通常の検査の場合と比べて入渠回数自体は減少するものの、通常より増加又は減少する工事費用等を別途考慮する必要がある。
A社の場合、水中検査を導入した時点で、2年間入渠しないための準備として次のような措置を実施した。
船体関係:船令にもよるが、以下を施工した。
(1)サンドブラスト処理=12,000千円
(2)船外弁の一部取り換え等の工事=3,000千円
これらの費用は、水中検査又は船体計画保全検査を実施する場合に、概ね10年間に1回発生すると仮定すると、所要費用の年間平均増加額は、
(12,000+3,000)/10=1,500(千円)
また、水中検査又は船体計画保全検査を実施する場合には、長期仕様ペイントの塗装が必要となるが、当該費用は次のとおり。
(3)2年仕様ペイントの塗装関係費用
すなわち、従来よりも、15,000千円÷4年間=3,750千円/年のコストダウンとなる。
なお、水中検査実施時は、入渠時に主要フレームにラインを引く必要があるが、当該塗装費用の増加は次のとおり(船体保全計画検査では不要)。
(4)主要フレームにラインを引く塗装費=500千円/年
機関:
従来の継続検査時は、8気筒×2基のエンジンについて毎年8筒のピストン抜き(うち4筒を受検)を行なっていたが、機関計画保全検査実施後、これを2年ごとに16筒抜く(うち8筒を受検)こととした。なお、このための追加費用等は発生していない。
その他:
船体計画保全検査を実施する場合は、更に安全管理体制の整備が必要となる。
新たに任意ISMを取得し、それを維持するための費用を10年間で1千万円程度とすると、年間1,000千円の追加費用が発生する。
以上から、「表10.2.2 船底検査の実施方法別の修繕工事費用の比較」に、さらに上記の追加的費用を考慮すると、次のとおり。
表10.2.3 船底検査の実施方法別の修繕工事費用等の比較(追加費用を考慮)
船底検査の実施方法 |
工事費
概算額/
年隻 |
船体・機関の
追加費用 |
その他
(ISM) |
合計 |
比率
(%) |
工事費等の
減少額 |
(1)入渠検査時(毎年) |
72,750 |
3,750 |
0 |
76,500 |
100 |
0 |
(2)入渠・水中検査を隔年交互に実施(現状) |
40,200 |
0 |
0 |
40,200 |
53 |
36,300 |
(3)船体計画保全検査導入時(隔年で入渠) |
36,375 |
-50 |
1,000 |
37,325 |
49 |
39,175 |
|
10.2.3 入渠減による増便効果
水中検査又は船体計画保全検査を実施する場合、従来の入渠期間に代えて運航ができるため、増便効果による不稼働損の減少が得られる。
A社の場合、水中検査導入による増便効果は年間12便であり、この増便による増収は8百万円/便。なお、船体計画保全検査を実施する場合も、この増便効果は変わらない。
12便×8,000千円=96,000千円/年
1隻当りは、
96,000千円÷4隻=24,000千円/年隻
10.2.4 個船ベースでの経済効果のまとめ
以上から、A社の場合、従来の検査方法から、機関計画保全検査とともに水中検査又は船体計画保全検査を導入した場合の1隻当りの経済効果は、概ね次のとおりとなる。
表10.2.4 船底検査の実施方法別の経済効果の比較
船底検査の実施方法 |
工事費等の減少額 |
増便効果 |
合計 |
(1)入渠検査時(毎年) |
0 |
0 |
0 |
(2)入渠・水中検査を隔年交互に実施(現状) |
36,300 |
24,000 |
60,300 |
(3)船体計画保全検査導入時(隔年で入渠) |
39,175 |
24,000 |
63,175 |
|
因みに、この水中検査又は船体計画保全検査を導入した場合の経済効果:約6千万円/年隻は、A社の1隻当たり営業費用(海運業関係)、すなわち運航コストと比較すると、その5%弱程度の削減効果に相当する。
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