はしがき
本報告書は,日本財団の平成16年度助成事業「船舶関係諸基準に関する調査研究」の一環としてRR-SP2(損傷時復原性)プロジェクトにおいて実施した「船舶の損傷時復原性規則の改正案作成に関する調査研究」の結果をとりまとめたものである。
RR-SP2(損傷時復原性)プロジェクト・ステアリング・グループ名簿(敬称略,順不同)
プロジェクト・マネージャー 池田良穂 (大阪府立大学)
委員 片山 徹 (大阪府立大学)
石田茂資 (海上技術安全研究所)
小川剛隆 (海上技術安全研究所)
高橋俊次郎(日本海事協会)
上田直樹 (三菱重工業)
滝田総一郎(新来島どっく)
光武英生 (アイ・エイチ・アイ・マリン・ユナイテッド)
(増田洋一郎(日本船主協会))
高野優一 (日本船主協会)
富澤 茂 (日本中小型造船工業会)
関係官庁(山田浩之 (安全基準課))
児玉敦文 (安全基準課)
事務局 井上 剛 (日本造船研究協会)
前中 浩 (日本造船研究協会)
注:( )内は前任者を示す
RR-SP2プロジェクトでは,IMOにおいて10年余り議論を続けて来たSOLAS第2章(船舶の損傷時復原性規則)の調和作業,およびSLFにおける大型客船(LPS)の安全性確保のための損傷時復原性規則の問題点抽出作業に貢献すべく作業を行った。
前者のSOLAS第2章の改訂作業については,長年の日本が主張してきた「安全レベルを現行SOLAS規則と同じレベルに保つ」という当初の条件が,MSCにおいて否決され,一部の貨物船については安全レベルが上昇することを容認することとなり,本報告書の第2章にその経緯を紹介するように,2004年の第47回SLFにおいて改定案がほぼ承認された。第79回MSCにおいて,イタリアは同改訂案が大型客船に対して現行規則よりも過度に厳しくなると強く主張し,改訂案の一部を修正するように主張し,その主張を取り入れた妥協案が次回MSCに提出され承認され,この改訂SOLAS条約は2007年1月1日に発効される予定である。
日本の主張が認められなかったことから,特にPCCにおいては非常に厳しい規則であり簡単な設計変更では対応ができないことが分っており,その一例を本報告書第3章に示す。
後者の大型客船に対する損傷時復原性に関する検討については,SDSCG内にスプリンターグループが組織され,日本からも同グループのリーダーを出している。この作業に貢献するために,本プロジェクトでは大型客船の浸水過程を調査するための2次元模型による実験を実施し,浸水中間段階において大傾斜が発生し,隔壁甲板の一部が一時的に没水することを確認し,第47回SLFにINF文書として提出した。また,国際復原性ワークショップをはじめ,国内の学会等で積極的に発表をした。本報告書の第3章では,2次元模型船による実験結果,およびそれに続く3次元模型船による実験結果について述べる。
2.1 SAFENVSHIP-meeting in Viennaの報告
SLF 47に先立ち,平成16年9月9日(木)及び10日(金)にウィーン水槽において開催されたSAFENVSHIP(Safe and environment friendly passenger ships)会合(日本からは海上技術安全研究所小川主任研究員が出席)の結果は,次のとおり。
2.1.1 背景
MSC 78において,今次SLF 47においてSOLASの調和作業を終了する旨指示が出ているが,イタリア,フランスは巨大旅客船に対して規則が厳しくなることから慎重な姿勢を示している。これに関してはICCL及びCESA(欧州造船所協会)も同様に慎重な姿勢を示している。
この事を背景として,イタリアが主体的に実施しているSAFENVSHIP研究プロジェクトの成果の紹介とSOLAS調和作業に更なる見直しの時間が必要であることを説明する事を目的とした標記会議が開催された。
2.1.2 審議概要
会議はSAFENVSHIPで損傷時船舶の模型実験を実施したウィーン水槽で行なわれた。主な出席者は,フィンカンティエリ造船所,ウィーン水槽,Francescuttoトリエステ大教授,RINA (イタリア船級),ICCL及び関係者,SDS議長Tagg氏(米),MCA,Lloyd,GL,DNVであった。
初日は,ウィーン水槽及びSAFENVSHIPプロジェクトの紹介の後,イタリアがSOLAS改正案の問題点を説明した。その後,水槽試験のデモンストレーションが行なわれた。2日目は,イタリアが指摘した問題点(同内容はSLF47/3/5,SLF47/3/15,SLF47/3/16及びSLF47/8/2にも記述されている)に沿って議論が行なわれた。主な論点は以下の通り。
(1)p係数関係
イタリアは,改正案を用いて巨大旅客船について検証計算を行なった結果,水密隔壁の数や隔壁甲板高さを増やしても,A係数は殆ど改善されなかったこと(SLF46でも議論有り)から,損傷データベースの見直しを実施した。その結果,J(損傷長さを船の長さで無次元化した値)が船の長さにかかわらず一定なのは統計と整合しないとの結論に至った。具体的には,船の長さの増加に伴いJはむしろ小さくなる。よって,統計と整合するように区画の浸水確率を損傷長さの関数で表した結果,この確率を用いて計算したA係数はR係数を満足できる程度に大きくなる事が分かった。さらに,SLF47/3/15にもあるように,衝突時の構造計算を行なった結果,巨大旅客船とバルク,タンカーでは船体構造の違いから損傷も大きく異なるため,(巨大旅客船についてデータの少ない)損傷データベースを用いて浸水確率を決定することの不備を指摘した。これら2点については,全ての出席者がこの場で理解を示した。
(2)s係数関連
イタリアの主張は基本的に2区画及び3区画浸水での模型実験のデモンストレーションを数多く実施して,問題がないのでs係数を見直せというものであった。しかしながら,s係数についてのalternativeが無いことやSLF47/INF11にある日本の実験やHARDERの結果と必ずしも整合があるわけでないとの意見があった。その結果,フィンカンティエリ関係者以外の同意は必ずしも得られていない。なお,この場でのICCL関係者の主な意見は,適切な安全性が明確になるのであれば,その結果として規則が厳しくなっても仕方がない事,建造の観点から発効期日などの的確な設定を強く要望したい等であった。
平成16年9月13日(月)〜17日(金)に開催されたSLF 47において SOLAS chapter II-1 parts A, B and B-1改正案が検討された。
2.2.1 プレナリーにおける審議
プレナリーにおいて,各国からの提出文書の説明があった後,調和作業についての議論が行われ,イタリア,フランス,ICCL等が作業終了を延期するよう提案があったが,日本を含めて多くの国が今期での終了を支持し,議長が今期で作業を終了するように強く求めた。WGでの作業が迅速に進むように,いくつかの点についてはプレナリーにおいて決定することとなり,甲板上の滞留水の取り扱いなどが決まった。
2.2.2 WGにおける審議
ワーキンググループの設立が認められ,米のタッグ氏がその議長に指名された。同ワーキンググループにおいては,SOLAS Chapter II-1, A, B, B-1のドラフト案についての検討が行われた。LPSに対する基準が非常に厳しくなる問題点が浮かび上がったことへの対処として,法規の柔軟性を確保するために,Reg.4の2パラを,貨物船だけでなく全ての船舶に適用できるように変更することが提案され了承された。これにより特別な船舶については,同等の安全性を確保できることが実験等の方法で証明された場合にはsファクターを変更することが可能となる。模型試験のガイドラインがイクスプラネタリ・ノートに記載されることとなった。
Aの計算法については,ISCGの提案がいくつかの修正はあったものの,ほぼそのままに認められた。また,各喫水でのAの最小値として貨物船は0.5R,客船については0.9Rとすることが決められた。イタリアが巨大客船に関連してpの統計を見直した結果に基づき,p の計算式を修正すべきとの主張したが認められなかった。
Rについては,貨物船のRでは,日本を除く全ての国がISCG提案を支持した。日本は,100m以下の貨物船のRの傾向がドラフト案と現行SOLASで大きく異なることを指摘し,その結果,100m以下80mまでの貨物船については,現行SOLASと同じ修正係数を掛けることが決まった。客船のRについては,計算値の平均線をとるISCG案と,標準偏差を考慮してISCG案より緩和する案のどちらを採用するかが議論され,ICCL案を支持する国は日本だけであったため,ISCG案に決まった。
なお,Rの係数は客船に対しC1=5000, C2=2.5, C3=15225,貨物船に対しC1=128, C2=0, C3-152である。
客船,貨物船ともに,Rが引き上げられたため,現行規則を満足する船でも,新規則では満足できない場合があるため,国内においての注意喚起が必要となろう。
規則案の細部について検討し修正を行い,SOLAS II-1章 Part A,B,B-1の改訂案が完成した。
その他主な改正事項は,以下の通り。
(イ)同型船の傾斜試験省略
貨物船に対して,同型船の傾斜試験省略に関する規定が追加された。省略の条件として,以下の両方を満足する必要がある。同型船の数値は,設計変更がある場合は,その設計変更にともなう修正を加えて得られたものとする。
(a)軽荷重量査定試験の結果,同型船の軽荷重量と,母船の軽荷重量との偏差が以下を越えないこと。
・Lが 50m以下の場合・・・2%
・Lが160m以上の場合・・・1%
・Lが50mを超え160m未満の場合・・・2%と1%の1次補間
(b)軽荷重量査定試験の結果,同型船の船長方向の重心位置と,母船の重心位置との偏差が,船の長さの0.5%を越えないこと。
(ロ)旅客船及び貨物船の二重底(Reg. 9)
旅客船及び貨物船の二重底高さは,B/20以上とすることとの規定が追加された。但し,760mm以上必要で,2mを超える必要はない。
2.2.3 最終日プレナリーにおける審議
最終日プレナリーにおいて,WP(SLF47/WP.6)の説明の後,イタリアは検討が十分でないことを激しく指摘し,かなりの数の国が技術的な検討を続けるべきというイタリアの意見に同調した。最終的に,SLFとしてはワーキンググループが作成した改訂案をMSCに提出するが,イタリアとしてその一部を変更した代替案をMSCに提出することもできるとして,このイタリアの意見をテークノートすることで決着した。この結果,MSCにはイタリアが一部修正した案を提出する可能性も残った。
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