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2004/07/27 世界週報
中国軍がイラク戦から得た教訓とは
杏林大学教授
平松茂雄
他国の軍から学び続ける中国
 中国軍はこの20年来外国の軍隊、特に米軍の戦略・戦術を詳細に研究し、その作戦から多くの教訓を学び、それを自己の軍隊の強化・近代化に応用することに強い関心を持っているばかりか、将来の戦争で中国が利用できる米軍の潜在的な欠陥・弱点を認識して、遠くない将来現実化するかもしれない台湾の軍事統一に役立てることを意図している。ここで詳論することはできないが、1985年に「100万人の兵員削減」による中国軍の全面的な再編成が断行された時に、「国防発展戦略」という戦略論議が広範囲に中国軍内で展開されて以来、同様の論議が頻繁に活発に行われている。我が国の自衛隊では考えられないことである。
 米国防総省の「中国の軍事力」に関する報告書はこれまでも、中国軍が91年の湾岸戦争における「砂漠の嵐」作戦、99年のコソボ紛争における「NATO(北大西洋条約機構)連合軍」作戦などの現代戦争が中国軍に与えた衝撃について論及している。今年の報告書はその後のイラク戦争を含めて改めて簡潔に論及している。
 「砂漠の嵐」作戦は、将来の戦争に関する中国軍内の論議の中で分水嶺となっている出来事である。イラク軍の急速な敗北は多くの点で当時の中国軍に共通するところがあり、中国軍が時代遅れで現代戦争に対していかに脆弱(ぜいじゃく)であるかを明るみに出した。湾岸戦争は中国軍の統合・共同作戦を遂行するための作戦レベルのドクトリンを最新のものに刷新し、現代戦争における速度、機敏性、精密性の必要条件を具体化し、軍事力の広範囲の改革と近代化を加速する一致協力した努力の契機となった。湾岸戦争はまた「軍事革命」に関する中国軍内の論議に火を付けた。指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察のC4ISR、および情報戦、防空、精密攻撃、後方支援の能力などに関して論議が戦わされた。
 「NATO連合軍」作戦は変革の引き金としてよりもむしろ、現代戦争の必要条件に対するそれまでの評価の再確認としての役割を果たした。軍事的に優勢な敵といかに戦うかを強調した湾岸戦争の作戦とは対照的に、NATOのセルビア空軍作戦は、技術的に劣勢な軍事力がいかにして軍事力で優勢な敵に対して防御するかを考察する機会を提供した。カムフラージュ、おとり、攪乱(かくらん)、頻繁な移動などのローテクによる対偵察手段を効果的に使用して、連合軍の状況認識と精密攻撃能力を窮地に陥れた戦法に中国軍は注目した。他方、中国軍は、セルビア防衛戦が不適切な防御、貧弱な後方支援により損害を受けたことも認識している。
 中国軍は「NATO連合軍」作戦から得た最も重要な教訓を適用して、「新三打三防」(新三打=ステルス攻撃機・巡航ミサイル・武装ヘリコプター、新三防=偵察監視・電子妨害・精密攻撃)と呼ばれる防空訓練体系を改定した。中国軍はまた、現代戦争における空軍力と遠距離攻撃の役割が地上軍の役割を消滅させたとの結論を下し始めている。政治指導・軍事指揮中枢を目標とする正確な航空・ミサイル攻撃と、最小限度の地上軍で、迅速に敵を孤立させ降伏させる。また、より多くのより有効な弾道ミサイルの開発と展開を速め、巡航ミサイルの開発を加速し、より新しい多機能戦闘機を獲得して、独立した戦略的作戦のための新しい中国空軍ドクトリンを支援する―。これは遠くない将来現実となるかもしれない台湾軍事統一作戦の緒戦の構想となっている。
イラク戦に刺激受けた中国
 中国軍が「不朽の自由」作戦と「イラクの自由」作戦から得た教訓は、無人航空機の偵察と攻撃作戦への応用、および精密な偵察における近代的で十分に訓練された特殊部隊の役割である。それは兵器体系の統合と作戦の統合、機動作戦に対する柔軟な後方支援によって印象付けられた。一方、航空戦力だけが紛争において行き渡っているという概念は、疑問視された。
 同時に「イラクの自由」作戦は現代の西側軍事力と発展途上国の軍事力との間の技術格差が拡大していることを明確にした。この拡大しつつある格差は中国軍の最高指導層を刺激し、この数年来「戦争準備をどこに置くか」、具体的には「火力戦争か情報戦争か」「軍隊の機械化か情報化か」「ハードキルかソフトキルか」などに関して、上述した85年の「国防発展戦略」を想起させる活発な論議が展開され、2002年の中国共産党第16回大会で、江沢民軍事委員会主席から中国軍に対して、火力戦を重視する機械化建設と情報化戦争を目指す情報化建設を同時に追求する道、「機械化」と「情報化」の「二重の歴史的任務」を解決する「飛び越え式」の方針が提示された。
今年も発表された「報告書」
 「中国の軍事力に関する報告書」は、96年3月台湾総統選挙の際に起きた台湾海峡危機に直面したクリントン大統領(当時)が、国防総省に対して議会に提出を義務付けて以来公刊され、「現在および将来における軍事・技術的発展の方向、今後20年間における中国のグランド・ストラテジー、安全保障戦略、軍事戦略、さらに軍事組織と作戦概念の教義および発展について」毎年広範囲にわたって簡潔に記述している。今年度版は「過去1年間に、多くの重要な意味を持つ領域で、中国の軍事能力に次のような改善・発展があった」としている。重要部分は本誌(18〜23ぺージ)で翻訳しているので、以下では全体を概略説明する。
【政治】
 「イラクの自由」作戦の教訓。
(1)航空戦力によってこそ紛争を通じて優勢を維持できるという、コソボ紛争での「NATO連合軍」作戦から得た教訓を再確認した。
(2)地上部隊の前進速度および特殊部隊の役割は、どのような台湾侵攻作戦においても遠距離精密攻撃と、地上軍の独立性などが有益であるとの仮説を再考させた。
(3)敵の政治中枢、指揮能力、戦闘意思を目標として計画された心理作戦と航空作戦・即応部隊の作戦との統合の必要性が認識された。
(4)統合部隊内での兵器体系の相互運用は、情報技術の獲得および自己の兵器の機動、火力、精密性などの性能の改善を加速させることが認識された。
(5)連合軍の先進的なC4ISRシステムの発展、軍兵種間の共同作戦は、中国軍の共同作戦能力を改善する緊急性を認識させた。
【国防経済】
 公表された中国の国防予算が中国の全軍事支出の一部(人件費、部隊の日常経費、兵器・装備の購入費)に過ぎないことはようやく常識となりつつあるが、兵器・装備の研究・開発、生産費、兵器売却費、部隊の生産活動その他、隠された部分をつかむことは困難である。報告は経済優先の国家財政の枠内で国防予算をいかに適応させようとしているか、全軍事支出、国家予算の優先順位、公表された国防予算での注目される傾向の分析、軍事予算の透明度の欠如などいろいろと考察を加えているが、その全体像をつかむことは事実上不可能である。
 報告書は、進行中の軍事力近代化を財政的に保証するために獲得することのできる予算の今後の年間増加規模の見通しについても分析し、その上で、公表された04年度の国防予算は250億ドルであるのに対し、実際の全軍事支出はその2倍から3倍に近い500億ドルから700億ドルとみている。これは米国、ソ連に次ぐ世界第3位、アジアでは最大の軍事支出国となる。「2倍から3倍に近い」という根拠が示されていないが、筆者は単純に中国の国内総生産(GDP)約1兆ドルの5%として500億ドル、10%で1000億ドル、その中間で750億ドルとみている。
【国防産業と軍事力の近代化】
 中国の国防産業は外国兵器・技術・知識の導入、共同研究・開発・生産、国内での研究、設備の拡大・近代化など、多様な方策を追求している。中国は兵器・装備の国産化を長期目標としており、5年ないし10年以内に、先進工業諸国のそれに近い水準に中国軍の兵器水準を引き上げる計画である。ミサイル、戦闘機、爆撃機、駆逐艦、護衛艦、潜水艦、戦車、装甲車など広範囲な兵器・装備の生産能力を備えているが、それらは決定的に重要な領域では、例えば航空機のエンジンといったように依然として外国の援助に依存している。
 弾道ミサイルは地上発射および水中発射の能力を備えており、ロケット推進では液体燃料から固体燃料への転換を遂げつつあり、生き残りを懸けた機動性のあるミサイルヘと変わりつつある。さらに巡航ミサイルの開発に重点を置いており、発射台も地上・空中・海上、射程も短距離、中距離と多様な開発が進んでいる。
【兵器・技術導入】
 兵器購入契約が前年比7%増加している。ロシアとの間で、SU30戦闘機24機、10億ドルとSA20地対空ミサイルシステム、5億ドルの契約が締結された。ほかに西欧諸国との間で、天安門事件で凍結された兵器売却の話が進展している。
 訓練と演習では、外国軍隊との交流および共同訓練の増加を通して、政治・軍事的結び付きが改善されていること、その最も重要な事例として上海協力機構のメンバーとの対テロ演習が挙げられている。
【後方支援】
 「イラクの自由」作戦の教訓として、統合後方支援システム構築に対する継続的努力が論述されている。
【宇宙開発】
 偵察、航法、通信、気象、小型衛星技術、有人衛星など、軍事の宇宙能力を全面的に拡大向上させている。03年における「突破」は次の通り。
 (1)最初の有人宇宙衛星の打ち上げ・回収。
 (2)新型静止軌道(GEO)軍事通信衛星の打ち上げ。
 (3)小型固体燃料ロケットによる低軌道軍事通信衛星の打ち上げ。これによりこれまでの大型液体燃料ロケット「長征」シリーズとは異なり、短時間に衛星の打ち上げが可能となる。小型衛星開発への第一歩。
 (4)潜在敵の宇宙システムを追跡し破壊する多様な手段の研究。
【C4ISR】
 中国軍のC4ISR装備のほとんどが西側のものと比べて数世代遅れていたが、中国は統一された指揮・統制ネットワーク、新しい指揮構造、改良されたC4ISRプラットフォームにより、現代戦争の戦場の要請に適応できるように潜在力を改善し続けている。先進的なC4ISR技術の獲得は、中国軍の最優先目標である。
平松茂雄(ひらまつ しげお)
1936年生まれ。
慶應義塾大学大学院修了。
防衛研究所研究室長を経て現在、杏林大学社会科学部教授。
 
 
 
 
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