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2000年11月号 正論
中国軍を強くするODA
杏林大学教授●ひらまつ・しげお
平松茂雄
 
 今年五月から六月にかけて、中国海軍の情報収集艦が対馬海峡・津軽海峡・大隅海峡を通過して、わが国の近海で海洋調査活動を行い、あるいは犬吠埼沖合で首都圏の通信情報収集を行った。さらに七月には別の中国海軍艦艇が、九州から大隅海峡を通って紀伊半島・東海沖合で同じような調査活動を行った。こうした事態に直面して、わが国政府・自民党のなかで、中国に対する不信感がにわかに強まり、中国に対する政府開発援助(ODA)に対する見直しの動きが急速に高まってきている。
 対中ODAに対する見直しの動きは、これまでにもあった。とくに八九年の天安門事件の時には、一時凍結が行われ、また九五年〜九六年、中国が包括的核実験禁止(CTBT)条約の調印を前にして核爆発実験を続けた時、日本政府は少額ではあるが短期間無償援助を打ち切ったことがある。その後九〇年代を通して、中国の国防費が毎年二桁台の大きな増加をし続けているところから、ODA援助によって生まれる財政的余力が、国防費の増加に回されているとか、あるいは他の軍事関連費に回され、軍事力の近代化、軍事力の増強に役立っているとの理由で、対中ODAに対する見直しの声が強まっている。
 こうしたなかで日本政府は、最近になってようやく「中国人は日本のODA援助について中国政府から何も知らされていない」とか、「中国政府には感謝の気持ちがない」とか不満を表明しているようであるが、日本人も日本政府が中国に供与しているODA援助がどのように使用されているかを知らされていない。それどころか日本政府自身がどのように使用されているかを知っていないようである。
 かく言う筆者も、その実態についてほとんど知っていないが、これまでの研究の過程で集まった乏しい資料を急遽整理しただけでも、日本の援助項目、とくに交通輸送、通信部門や電力部門は、国防と関連を持つ領域であり、またそれらの援助項目の多くは軍隊が建設に参加しており、中国軍が深く関わっていることが分かる。
 交通輸送・通信部門やエネルギー部門は汎用性の部門であるから、民用部門と軍用部門を画然と区別すること自体意味がない。平時に民用部門で使用されていても、戦時には軍事部門に転用されることを初めから承知しておかなければならない。
 だが、中国では、これらの部門ははじめから「軍民両用」の方針が採用されている。仮に軍事部門に転用されているとしても、わが国の安全保障に直接関連していなければ問題とはならないとの見方もある。だが日本政府の援助項目により中国軍の軍事力が近代化され、強力となった結果として、それが直接日本に影響を及ぼさないとしても、中国の近隣諸国に脅威を与えたり、あるいは中国国内の「民主化」を求める人民大衆や、チベット民族あるいはウイグル民族などの非漢民族の弾圧に使用されるのであるならば、また中国大陸からの「独立」を望む台湾人の願いを無視して軍事力を行使したり、パキスタンや中東諸国に原水爆や弾道ミサイル開発に関する技術を供与するならば、それはODA援助の原則に反する。
 以下では、これまでに筆者が知りえた対中ODA援助の重要項目である鉄道・自動車道路・港湾・航空施設などの交通輸送部門、および発電所のいくつかの項目を取り上げて日本政府の対中ODAの実態を検証する。
軍事輸送を前提にした鉄道建設
 第八次五カ年計画(一九九一年〜九五年)が完成する予定の九五年十月二十日付中国軍機関紙『解放軍報』に、「経済建設という大局に従い、平時と戦時を結びつけ、軍用と民用にも使用できる原則を堅持して、わが国の国防交通建設は総合的立体的なネットワーク・システムを作り上げつつある」という記事が掲載されている。そこには次のように書かれている。
 「近年来、中国の交通備戦部門は平時・戦時結合の原則を貫き、常に国防交通網の整備を念頭において、国と地方の交通関係の建設工事を進めた。そして国防上の要求を貫くことにより、交通基盤施設が平時は民主に役立ち、軍事施設の基準にも適うように、また戦時には速やかに軍事に転用できるようにして、国防交通ネットワークの配置を作り上げている」
 日本政府の対中ODA援助は第四次円借款(九六年〜二〇〇〇年)で環境部門および農業部門を重視する方向に重点が転じる以前においては、交通輸送・通信などの基盤整備に投入された。それらは上述した交通輸送建設計画に何らかの形で役に立っていると見る必要がある。
 先ず鉄道では、上記『解放軍報』記事は、「蘭州・新疆線の複線化・南寧・昆明線、北京・九江線などの鉄道幹線の建設では、国防上の要求を貫き、いくつかの軍事輸送施設を作り、地域間の連絡を強めるようにした。同時に鉄道の戦時指揮、防護などの重点施設建設に力を入れ、軍事輸送の保障能力を向上させた」と書いている。日本のODA援助項目は石炭輸送に関連する事業への援助を中心として、「複線・電化鉄道の新建設による華北・東北の輸送力の増強」を目的とする北京・秦皇島間鉄道拡充(二七三キロメートル)、複線化あるいは電化による輸送力の増強を目的とする「南北を結ぶ重要幹線」である衡陽・広州鉄道(五一四キロメートル)、鄭州・宝鶏鉄道(六八四キロメートル)、「西北部の輸送力拡充」を目的とする宝鶏・中衡間の鉄道(五〇〇キロメートル)、広西壮族自治区南寧・昆明鉄道(八七三キロメートル)、福建省泉州における非電化鉄道(一四五・七キロメートル)、山西から四川省への石炭輸送のための西安・安康鉄道(二四七キロメートル)、「貴州省と雲南省の燐鉱石・石炭を輸送する」ための貴陽・婁底鉄道(八一七キロメートル)など十五件である。
 これらの項目は軍事部門とは直接関係ないとはいえ、ODA援助項目である南寧・昆明線は、上記『解放軍報』記事では蘭州・新疆線、北京・九江線などとともに中国の幹線鉄道であることが明確にされており、これらの鉄道には「国防上の要求が貫かれており、いくつかの軍事輸送施設が作られ、地域間の連絡を強める」ように建設されている。わが国の援助で建設された区間では、そのような国防施設は設置されていないであろうが、そのように使用されることを前提に建設されていることは間違いないし、また他の鉄道路線と連絡することによって、「鉄道輸送の機動性」が強化されていると見る必要がある。
 次に国防の自動車道路では、五十本余りの国境連絡道路と数十の橋梁、トンネルを新設し、改築し、チベットに向かう三本の自動車道路を整備し、国境・沿岸防衛地区の道路建設を著しく改善した。国道の主幹線を重点とする高規格自動車道路の建設も大幅にスピードアップし、経済が発達して都市が集中している地域および重要な輸送ルートの輸送力逼迫が緩和され、戦略と戦役の縦深道路を結合した国防道路ネットワークが初歩的にできあがっている、と上記『解放軍報』記事は書いている。
 日本のODA援助項目は、海南島の海口・三亜(二五三キロメートル)、全国十二幹線の一つである重慶・湛江線の一部である貴陽・新寨区間(二五五・五キロメートル)、「沿海と内陸との輸送効率向上」を目的とする杭州・衡州(二三〇キロメートル)、同上海・成都間高速道路の一部である重慶市内区間(六七キロメートル)、青島市に隣接する膠州湾沿いの一級有料道路(六七・七キロメートル)など五件、ほかに武漢長江第二大橋、黄石長江大橋、合肥・銅陵道路(一三六キロメートル)および大橋、重慶長江第二大橋、チチハル嫩江大橋など五件の橋梁である。
 日本のODA援助による高速自動車道路あるいは橋梁の建設援助項目は多くないが、一部とはいえ上述した高速自動車道路建設計画のなかに入ってくるものがあり、「戦略と戦役の縦深道路を結合した国防道路のネットワーク」の「初歩的な形成」に寄与していると見る必要がある。とくに近年高速道路を使用した部隊の緊急移動、航空機の離発着などの演習が実施されている。次にそのいくつかをあげる。わが国の援助項目施設で実施されてはいないであろうが、転用されないという保障はない。
 九七年九月七日の『解放軍報』は、瀋陽と大連を結ぶ高速道路に中国空軍の作戦機が離発着するシステムが完成して、中国空軍が「もう一つの飛行場」を保有することになったと報道している。「国家の関連部門の同志によれば、現在世界の先進諸国の高速道路はすべて緊急用に航空機が離発着できる設備を備えている。中国は近年新しく建設される高速道路網には、建設中に空軍の作戦の必要を十分に重視して、計画的に一部の道路に航空機の離発着を按配する。高速道路の発達とともに、戦闘機は未来の戦争でさらに広範囲な生存空間を保有することになる」と意義付けられている。
 同じ紙面には、「広東の東部から西部へ、千里の機動作戦演練で、某集団軍の機械化部隊が高速道路を疾走した。それまで何日もかかって走破した路程を、一晩で駆け抜けることができる。故障した車両の補修は、地元の自動車修理工場や部品工場などの軍隊修理サービス隊の協力で、迅速に行われる。この機動作戦演練は、中国軍の機動作戦能力が大々的に増強され、装備技術再生保障能力が著しく向上していることを示している」。
 今年五月陳水扁の台湾総統就任を前にした四月二十二日には、済南軍区で、敵の巡航ミサイルによって飛行場が破壊されたため、直ちにタンクローリー、電源車など合計五十余の車両からなる支援部隊が出動し、高速道路より作戦機を離陸させる演習が実施された。
 また九三年七月、陸軍の某部が実施した自動車化緊急機動では、出動した兵員は一万人、車載火砲は数千両、総行程三〇〇〇余キロメートルであった。道路沿いの五省区六十七県市の交通戦備部門は短時間に自動車修理隊、道路補修隊、通信支援隊など一〇〇余りの隊を組織して、部隊の全進撃過程を通して支援した。
 なお昨年十月一日の建国五十周年を記念して北京の天安門広場で行われた軍事パレードに参加した部隊や兵器が、日本のODA援助で建設した高速道路を使用したことが当時『産経新聞』で報じられた。筆者は軍事パレードに参加した部隊や兵器が高速道路を通って北京に来たことを確認していないが、ありえないことではない。但し日本の援助で建設した高速道路は北京近辺にはないから、直接日本の援助で建設した高速道路を使用して参加したことはないと思われる。だがそのようなことは常にありうることは承知しておく必要はある。
純粋に民間レベルの事業ではない光ファイバー・ケーブル建設
 対中ODA援助の航空関連項目では、武漢天河空港建設(三〇〇〇メートル滑走路を持つ新空港)、上海浦東国際空港建設(三〇〇〇メートル滑走路を持つ新空港の建設)など六件であるが、注目したい援助項目は、「全国一五〇地点に航空管制レーダーなどを配備し、国内主要航空路の航空機管制システムを整備することにより、中国の航空輸送管理を効率化する」ことを目的とする「民用航空管制システム近代化」である。
 「民間航空では、全国の航空輸送網を強化するのと同時に、ラサ、昆明、双流、貴陽、達県などの空港新設・拡張で、国防上の要求を貫き、一部の空港に軍事輸送施設を増強し、航空軍事輸送保障能力を向上させた」とあるように、民間航空施設は常に軍用に転換されると見ておかなければならない。とくに八六年以来チベットの全部隊、新疆の一部部隊の新兵・退役兵士の交替には、民間航空機による輸送が実施されている。中共中央、国務院、中央軍事委員会の深い関心の下で、成都軍区、同軍空軍、西南民間航空管理局が長年協力して実施してきた「軍民結合・平戦結合の国防緊急空輸支援体制」が確立し、部隊のために戦時の軍隊交通立体支援・緊急即応機動体制の道が開かれた。
 なおこの空輸から、チベットや新疆などの非漢民族地域を防衛する兵員は、地元出身者ではなく、遠方の関係ない地域の出身者により占められていることが分かる。当然の措置であろう。さらに兵員輸送に使用されている航空機は、米国製のボーイング機であることも指摘しておきたい。米国は中国のチベットでの「非民主的な政治」「人権弾圧」を批判しているが、もしも新疆やチベットで政情不安が生じて軍事力で鎮圧する事態が発生した場合には、中国軍はボーイング機で兵員や物資を輸送することになる。あるいは台湾や南シナ海で軍事衝突が起きた場合には、同じような事態が生まれることになる。その場合、日本が援助した「民用航空管制システム」が機能する。
 ODA援助に関する論議のなかでは、通信部門の重要性に注目されていないが、中国軍内部では極度に重要視されている。袁邦根総参謀部通信部長は九二年の中共十四回大会以来の中国軍の通信近代化建設があげた成果を回顧して、「国家の郵便・通信事業の発展は、軍の通信近代化建設を推進し促進する上で、未曾有の発展を実現した」と次のように語っている。
 「軍用電話網、機密電話網、全軍デジタル通信網および野戦総合通信システムを骨幹とする有線・無線・光通信を一体として初歩的な空中、地上、地下、海底と連動する全国規模の立体通信システムが形成されている。現在全軍のデジタル交換ネットワークは全国の中等都市の駐屯軍と辺境・海防部隊をカバーしている。十四回大会以来、世界の先進水準の光ファイバー通信施設、衛星通信施設、長距離自動交換施設、プログラム自動制御電話交換施設が相次いで部隊で使用され、軍事通信の即時伝達・処理を実現している。指揮自動化システムは単機開発、長距離連動から、全軍のネットワークを完成し、三軍の相互情報交信が実現した」「軍と地方の指導者は、郵電通信は国家の経済実力の重要な具体化であり、軍隊の通信は一種の支援手段から、戦闘力の重要な構成部分に変わることを認識するようになっている。共通の認識の形成は、共同で建設する行動を生む。軍民結合で通信事業を発展させて行く方針は、絶えず突破性の進展を遂げている」と。
 九四年三月の全国人民代表大会会議で、江沢民主席は軍民結合による国家通信網を建設する中国軍代表の発言を聞いた後、軍民結合は「国を利し軍を利する」と指摘した。それより先の九三年十一月、瀋陽軍区は全軍に先駆けて遼寧省郵便・電信管理局と共同で、瀋陽から丹東経由大連までの光ファイバー・ケーブル通信工事を行った。九四年四月には蘭州軍区は二万余人の兵員を投入して、蘭州・ウルムチの光ファイバー・ケーブル通信工事に参加した。その後北京、済南、南京、広州、成都の各軍区も多くの兵力を投じて、北京・太原・西安、北京・武漢・広東、北京・フフホト・銀川・蘭州、杭州・福州・貴陽・成都などの八本の光ファイバー・ケーブル通信工事に参加した。光ファイバー・ケーブル通信工事は、建国以来軍隊が参加した国家経済建設では最大規模の工事の一つである。
 わが国政府の援助項目は、天津・上海・広州電話網拡充、海南島海口・三亜の電話網拡充、天津市・上海市・広東省・黒竜江省・福建省・陝西省・吉林省・浙江省・江蘇省の青島市、北京・瀋陽・ハルビン長距離電話網建設、内陸部電話網拡充(新疆自治区、甘粛省、青海省、寧夏自治区・内蒙古自治区・貴州省)などの八件であるが、注目したい項目は、広州・昆明・成都光ファイバー・ケーブル建設(総延長四四一七キロメートル)と蘭州・西寧・ラサ光ファイバー・ケーブル建設(総延長二七二一キロメートル)である。
 九七年六月、国家重点建設項目である蘭州〜西寧〜ラサの光ファイバー・ケーブル建設工事が着手され、九八年七月計画より四カ月早く完成した。甘粛省、青海省、チベット自治区の三省、二十三の県を通過し、三十三カ所の中継局が設置される。長距離電話の容量は二万一三三〇回線で、これにより西北地区、西南地区、とくにチベット地区の通信状態は改善されるが、途中チャイダム盆地、崑崙山脈、タンラ山脈を越え、全行程の半分近くは、八四〇キロメートルに及ぶ海抜四五〇〇メートル以上の山岳地帯、および四六七キロメートルの長さの永久凍土地帯である。総工費は六億一二〇〇万元で、第四次円借款が使用された。「光ファイバー・ケーブルの建設では、世界でも稀に見る施工難度が大きい事業」であり、そのような事業に日本のODA援助が使用されることは評価してよいが、この工事は日本政府が考えているような純粋に民間レベルの事業ではない。
 先に紹介した『解放軍報』記事がはっきり書いているように、この事業は通信領域における代表的な「軍民結合」の事業の一つであり、「国家の郵電通信と国防通信に対して、革命的な推進力を有している」と高く評価されている事業である。国務院と中央軍事委員会は「チベットの経済発展、社会の安寧、内地との関係の強化、辺境防衛の強化などに対して、重要な役割を果たす」として、蘭州軍区に工事担当を命令し、一万人余の将兵が工事に投入された。九七年八月国務院郵電部と中国総参謀部通信部は共同で慰問団を現地に派遣しており、同年九月二日付『解放軍報』は、工事の模様を写真特集している。そのなかには、毛沢東時代以来の英雄部隊や女子隊員が工事に参加しているシーンが掲載されている。
 工事が完成した九八年八月七日、通信施設が通っている最高地点のタンラ山口(海抜五二三一メートル)に、工事を記念するモニュメントが建てられた。高さ八メートルの花崗岩の記念碑には、江沢民主席が書いた「軍民共同建設による蘭州西寧ラサ光ファイバー・ケーブル工事完成記念」という文字が刻み込まれ、その下には、中国軍兵士と電話機を手に持つ郵電建設者が配置されている。
紅水河水力発電工事は人民武装警察部隊が担当
 対中ODA援助によるエネルギー関連項目は、発電所十一件、送電・配電関係二件などであるが、ここでは広西チワン族自治区隆林県と貴州省安竜県の境界を流れる紅水河上流の主流南盤江に、ODA援助で建設されている天生橋発電所に触れなければならない。紅水河といっても、ほとんどの読者は知らないであろう。中国人でも答えられるかどうか分からない。
 だがこの河は長江中・上流、黄河上流に次ぐ三番目の水力資源の開発基地である。紅水河の一二〇〇キロメートルに及ぶ落差一一〇〇メートルの区間に、大型ダム二カ所、発電所十一カ所が建設され、総設備容量は一一五〇万キロワット、年間発電量は六二七億八〇〇〇万キロワット時に達し、八四年の全国水力発電総設備容量の四六パーセント、水力発電量の七〇パーセント、広東・広西両地区の電気使用量の三倍に相当する。
 八四年十月以来八九年五月までに「天生橋水力発電事業」として六回、九一年十月から九五年一月までに「天生橋第一水力発電事業」として四回にわたり、日本のODA援助が供与されている。金額は前者が七七三億七五〇〇万円、後者が四〇六億円、合計一一七九億七五〇〇万円になる。「天生橋水力発電事業」については、「紅水河水系に発電所(最大出力二二〇メガワットの発電施設×四基)および送電・変電設備(総延長一四四〇キロメートル、変電所五カ所)を建設することにより、中国南部に電力を供給する」こと、「天生橋第一水力発電事業」については、「紅水河水系に発電所(最大出力一二〇万キロワット)および送電線(総延長九三〇キロメートル、変電所五カ所)を建設することにより、中国南部に電力を供給する」ことを目的としている、とODA援助の目的を日本政府は説明している。
 だが指摘しておきたい点は、紅水河水力発電工事は、人民武装警察部隊の水力発電第一総隊が担当していることである。この部隊は文化大革命直前に毛沢東の命により中国軍のなかに設立された基本建設工程兵の第六一支隊で、小平の「軍事改革」の過程で、中国軍から人民武装警察部隊に移管された。長さ一一六八メートル、高さ一七八メートルの世界第二位、アジアで第一位の高さの堰堤。堰堤の建設に使われた土石量は一八〇〇万立方メートル、コンクリート面は一五万六〇〇〇平方メートル。世界でも類を見ない複雑な地質構造と極めて劣悪な自然条件のなかでの工事には打ってつけの組織である。
 この工事でもう一つ注目したい点は、この地域は鉱物資源、とくに非鉄金属とマンガン鉱の埋蔵量は豊富であり、錫は全国第一位、アンチモンは第二位、銀は第三位、ボーキサイト第四位、タングステン第六位、亜鉛とチタン第七位、鉛と水銀第八位を占めている。とくにマンガンの埋蔵量は一億三五〇〇万トンで、全国第一位である。「安くて汚染のない水力発電を利用して、これらの豊富な鉱物資源を精錬するならば、広西が国家にどれほど大きな貢献をし、人民の生活がどれほど改善されるかは容易に想像することができる」と中国側は紅水河開発の意義を評価しているが、これらは国防工業生産に使用され、軍事力の近代化に役立つと見なければならない。
 広西から雲南、貴州、四川、青海、甘粛へかけての地域は、人里離れた厳しい自然条件のなかに、プルトニウムの再処理施設その他の先端国防関連企業、ロケット発射場などが点在する。そのような地区に巨大な水力発電所を建設することの意味を考えてみる必要がある。
 最後に、こうした国防輸送建設が法規により裏付けられている点を指摘しておきたい。
 九七年三月制定執行された「中華人民共和国国防法」は、第八章「国防動員および戦争状態」で、「国家は平時に動員準備を行い、人民武装動員、国民経済動員、人民防空、国防交通動員などの準備を国家の全体的発展企画および計画に盛り込み、動員体制を整え、動員潜在力を強め、動員能力を高める」と規定している。
 これを受けて、それより先の九五年二月、国務院と中央軍事委員会は連名で「国防交通条例」を制定交付した。全十一章五十五条よりなり、第四章「施設工事」では、「交通施設工事では、国防建設の必要を考慮しなければならない」(第十七条)、「国家は国防交通施設工事の建設では、優遇措置を実行しなければならない」(第二十二条)、第七章「軍事輸送」では、「交通管理部門と交通企業は軍事輸送計画を優先的に按配し、緊急かつ重要な軍事輸送を重点的に支援しなければならない」(第三十八条)、「軍隊は鉄道・水路・航空などの交通輸送単位あるいは所在地区に駐屯する軍事代表を派遣することができ、関連部門と共同で軍事輸送と交通支援任務を達成できる」と、軍事輸送に対する多くの配慮がなされている。
平松茂雄(ひらまつ しげお)
1936年生まれ。
慶應義塾大学大学院修了。
防衛研究所研究室長を経て現在、杏林大学社会科学部教授。
 
 
 
 
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