2003年8月号 朝日総研リポート
総研セミナー「中国新体制を読む」講演要旨
米国との協調が基本の対外戦略
国分良成
(慶應義塾大学教授)
中国の対外戦略を考える際、初めに、政治、経済、外交がどのように結びついているのかという相関性を押さえることが重要だ。
まず、中華人民共和国の維持、つまり中国共産党政権の保持が政策の根幹にある。この目的のためには、経済成長を続けることが必要だと中国指導部は考えている。中国の経済は貿易と海外からの直接投資に依存して成り立ち、輸出の多くは外国資本の企業が担っている。外資がなければ経済成長は無理だ。こうしたことから、外交では平和な国際関係を求めざるを得ず、基本的に対外協調路線になる。
中国は、現在の国際関係の中では現状維持勢力と言える。対米関係を最重視しており、米国にチャレンジして新しい国際政治の枠組みを作ろうなどとは思っていない。また、中国は世界貿易機関(WTO)に加盟し、世界の市場経済システムに入ったわけで、資本主義システムを転換させることはもちろん考えていない。それどころか、むしろ自分たちをいかにそこに素早く適合させるかに最大の関心がある。
エリート主義から多元主義へ
中国の対外政策、対外行動の特徴は何か。内政が外交に影響するのは他の国でも昔から同じだが、中国ではその傾向がより強い。政治体制により、政策決定が上から下へ流れることが多いからである。かつては「一言堂」(鶴の一声)といって、毛沢東主席や 小平氏が一言いえば、ほとんどの政策はそれで決まった。また、国内の権力闘争が外交に影響する度合いも大きかった。だが最近では、少しずつ世論やメディアにも影響されるようになってきており、それが中国の政策決定のパターンに若干の変化をもたらしつつある。
原則主義と現実主義を使い分けることも特徴だ。例えば、第三世界のリーダーと言いながら、組織に入って歩調を合わせて行動したことはほとんどない。最近の対米関係でも、口で厳しいことを言っても、現実の行動ではきわめて慎重であり、そうした傾向は明らかだろう。実際には、国益を中心にリアリズムで動いている。
他方、中国には「中華人民共和国」という国家へのナショナリズムと「中華」という文化、アイデンティティーヘのナショナリズムがある。このうち、「北京政府」への忠誠である国家へのナシヨナリズムは相対的に弱くなっているが、「中華」へのナショナリズムは一貫して強固で、国外にいる中国人の間でもそれは根強い。
中国の対外政策は、かつてはエリート個人、エリートの派閥、党組織だけが決定権を握るというような、いわばエリート主義モデルで説明できた。今でも、最終的な決定権はエリートたちが握っている。しかし、そこにいたるまでのプロセスが多元主義的になってきた。特に官庁、地方政府、地域住民組織、労働者の各種組織、地域の農業セクターなど様々な利益集団の影響力が強まってきている。
広く言えば、共産党も一つの利益集団といえる。利益集団の間には対立もあり、何が国益かという点で集団間の見方が異なる。さらに、中国は世界システムに入ったため、国際ルールに従わざるを得なくなり、外からの圧力に以前よりは弱くなった。
「米国が封じ込め狙う」と思いこむ
こうした前提や対外政策・行動の特徴、対外政策の決定様式の変化を踏まえ、中国の対外戦略を振り返ってみたい。
中国は、一九八九年の天安門事件と九一年のソ連解体に直面して、当時の最高実力者 小平氏が唱えた「韜光養晦(とうこうようかい)」(自分の能力を隠して外に出さないこと)という姿勢を外交の基本としてきた。低姿勢の外交ということで、これは今も基本的に変えていない。対外的な低姿勢の中心にあるのは米国だ。特に米国で二〇〇一年に起きた9・11テロの後は、外交の対米基軸、協調姿勢をさらに強め、ブッシュ政権に対し頭を低くして、じっと我慢するようになっている。
中国は9・11テロよりも以前から、米国が最終的に中国封じ込め政策を狙っていると思い込んできた。そして今でも、「米国は究極的には中国を民主化させ、現政権を転覆しようとしている」と内心では多くの人が確信している。米国にも様々な考えがあり、一部にはそうした発想の持ち主もいるだろうが、米国全体がそんなことを考えているわけでもなかろう。
この四、五年、中国外交における最大の関心の一つは北大西洋条約機構(NATO)の拡大だった。中国は、昨年のロシアのNATOへの準加盟で、米国による事実上の中国封じ込めがかなりの程度まで完成したと考えている。九〇年代半ばの日米安保のガイドライン問題は、中国にとっては東のNATOという認識だった。中央アジアの国々はかなり米国寄りになってきたし、インドは、インド洋上で行っている合同の軍事訓練をみても、実質的に米国と同盟関係にあるといってもいいような状態になっている。パキスタンもそうした動きを見て、あわてて米国を重視するようになった。
さらに今回のイラク戦争で、中国はアメリカの圧倒的な軍事力を思い知らされた。戦争が始まった日、私は雲南省の昆明にいて、中国のアメリカ問題の研究者たちと国際会議に参加していた。みんなが口をそろえて「北京にいたら親米派と言われ、叩かれる。ここにいてよかった」と語るような状況であった。
あの時点では、中国内の対米感情は非常に悪かった。学者や幹部の間でも米の行為に対する反感は強かった。しかし、私の見るところ、学者や幹部がこの段階でアメリカ批判を公に書くことを禁止する実質的な箝口令(かんこうれい)が敷かれていたと思われる。それが証拠に、米国に対する強烈な批判は中国メディアにはほとんど出てこなかったし、米国を名指しで批判するような公式報道は見られなかった。
中国にも米国に対する考え方は様々あるが、今は総じて言えば、米国の力に圧倒され、「世界の多極化は当面ありえない」ということになっているようだ。経済成長の必要上ということもあるが、将来的な台湾問題を含む安保問題を考慮しても米国に頭を下げざるを得ないという中国の立場は、イラク戦争後さらに強まり、対米低姿勢、対米協調を徹底させている。
「次は北朝鮮」と確信
対米低姿勢の象徴の一つが、北朝鮮問題だ。中国は二〇〇〇年六月の南北朝鮮首脳会談の後、急にASEANプラス3(東南アジア諸国連合に日本・中国・韓国を加えた十三カ国)に乗り気になった。米国に配慮し、中国は以前から外交の軸足を北朝鮮から韓国寄りに移したかったが、韓国と仲良くすることには北朝鮮が不満であるため、できなかった。しかし、南北朝鮮首脳会談の結果を見て、「プラス3」に乗り出しても北朝鮮を傷つけることはないと思ったとみられる。その後、北朝鮮は再び強硬路線を示しはじめ、核保有を含む軍事化傾向に拍車をかけている。ここから、中国は米国と北朝鮮との間の中立的立場に立つことの不利益を考慮しはじめ、少しずつ米国側に軸足を移しているように見える。
イラク戦争の結末を見て、中国は「次は北朝鮮」と強く思っている。北朝鮮の核保有は中国を取り囲む安全保障に悪影響を及ぼし、それは結果として中国の健全な経済発展にも悪影響を与えることになる。ましてや危機的な状況になれば、米国のプレゼンス(存在)がさらに増すと考えており、核保有には絶対反対の立場だ。
軸足を米国に向けはじめている以上、米中朝の三者協議で中国が本格的に調停役をやるかどうかは微妙なところだ。銭其 副首相(当時)が協議の前に北朝鮮に行ったのは、もちろん中国としての意見調整の面もあるだろうが、むしろ多国間協議、最低でも三者協議を要求する米国の求めに応じたものだろう。北朝鮮もそのあたりはわかっていて、中国のいないところで核開発を米国に明らかにするなど、交渉相手はあくまで米国だとの姿勢を示している。
中国はこのところ、メディアが報じて外に知れた北朝鮮脱出者は基本的に全員逃がすという政策をとっているが、これも米国重視姿勢をとっているがゆえだ。経済制裁についても、乗るかどうかということが議論されている。北朝鮮に供給している重油を〇三年二月に一時ストップしたが、これは米国向けのパフォーマンスだろう。もちろん、中国の主流の考えは三八度線の維持だ。ただ、北朝鮮の崩壊というシナリオを想定する人も出はじめているし、経済制裁に賛成という研究者もいる。いずれにせよ、中国は様々なシナリオを考えはじめている。
台湾総統選挙は静観
中国は、北朝鮮の問題が台湾問題と連関することを非常に気にしている。ある中国人の研究者に言われたことだが、この百年の間に朝鮮半島との関連で中国は二回も台湾を失った。たしかに、日清戦争(一八九四〜九五年)で敗れて日本に台湾を取られ、朝鮮戦争(一九五〇〜五三年休職戦)では台湾防衛のため米軍が台湾海峡に出動し、武力解放の機会を逸した。現在、中国は北朝鮮で危機的な状況が起きると、台湾周辺を含めたこの地域における米国の軍事プレゼンスが増し、台湾問題に悪影響を与えると考えている。
中国は米国との関係を良好にするため、台湾との関係改善を第一に考えている。台湾問題こそが米中関係の最大の争点と見ているからである。現在、台湾のビジネスを優遇して、大陸への投資を積極的に奨励しているが、その結果として、中台間に一種の「和平演変」(平和的手段による変革)が進んでいる。
来年の台湾総統選挙については、おそらく静観するだろう。黙って見ていればいいという態度だ。九六年に実施された初めての直接選挙では、中国は投票日の前に台湾海峡で軍事演習を行ってミサイルを近海に撃ち込み、結果的に李登輝総統(当時)の票を増やした。二〇〇〇年の選挙は、ミサイルは撃たなかったが朱鎔基前首相が口で介入、陳水扁現総統が勝利し、二回続けて失敗している。中国はこの三年間で、陳氏が想像されていた以上に独立派というより現実派であることがわかった。また、陳氏以外の有力者である国民党の連戦氏は統一にも比較的前向きであり、結果として現段階では総統は誰がなっても大きな問題はないと思っている。
一方、米国を基軸としつつも重視しているのが多国間外交だ。多国間といっても、特に重視しているのが周辺外交であり、北東アジアの問題はいうまでもなく、同時にASEANとのFTA(自由貿易協定)締結を推進している。シンガポール、インドネシア、マレーシアなど、ASEANの間では経済成長を続けている中国への脅威論はあるが、「脅威があるからこそ一緒に生きていかねば」と、彼らは先を考えているようだ。
「日本を批判せず」徹底
中国の対日姿勢も、日本が経済的に重要なパートナーであることに加え、日本が米国と同盟関係にあることもあって、低姿勢になっている。新指導部が発足した昨年秋からさらに、自ら進んで日本批判をしないということが徹底されている。対中国も含めて日本政府の途上国援助(ODA)が大幅に減っている中で、新型肺炎のSARS対策で日本が中国に出した十五億円が大変感謝されている。
当面、中国は全体の外交方針がそうであるように、自国にとって決定的な利害にかかわる問題が起きない限り、日本に対しても取り立てて何も言わないことになっているようで、歴史問題もそれに含まれている。有事法制で日本が軍国主義化するのではないかと思っているのは庶民に多く、反発も強いが、インテリの大半、政府部内の考えは異なる。日本の現体制では、有事法制ができても軍国主義の国になることはあり得ないというのが、ほぼ彼らの間のコンセンサスだ。有事法制がないと、かえって好きなことができるから法制化した方がいい、という人もいるくらいだ。
だが、靖国神社参拝については、中国はこだわっている。賠償放棄問題にもかかわっているからだ。中国は、日本の人民と戦犯とを分けて考えている。日本人民は被害者だから賠償を取らなかったというのが中国の立場だ。その戦犯がまつられている神社を日本の首相が参拝したら、中国の人民を説得できなくなる。中国は戦争責任の所在を明確にしておきたいのだ。
ただ、首相就任後も靖国神社参拝をしている小泉首相について、中国側の評価は厳しいといわれるが、中国要人の最近の言葉を分析すると、必ずしもそうではなくなってきた。小泉首相が「中国は脅威ではない」としていることをまず評価し、その後に名前は挙げずに靖国参拝を非難するようになってきた。しかも、参拝の事情を小泉首相の国内政治の権力基盤との関係でとらえる見方も中国指導部の内部ではあるようで、小泉首相に対しては評価のスタンスを変えつつあるようだ。
SARSが示す、外圧に順応する中国
最後に、SARSを巡る問題について話したい。中国では、八八年に上海でA型肝炎が流行し、三十万人の患者が出たと言われる。当時上海にいた私も罹患したが、流行の状況についての報道はほとんどなかった。当時の市長は江沢民前国家主席だった。
隠蔽(いんぺい)体質が中国にあるのは間違いない。SARSでも隠蔽工作があっただろう。公表されたところによると患者が急増したのは広東を除けば北京だけ、というのは不自然だ。上海などは患者がほとんどいないということになっているが、江沢民氏のおひざもとだからほとんどいないことになっているのでは、との疑念も根強い。
ただ今回、中国は以前よりも情報を出すようになった。ビジネスとの関係もあるが、諸外国がこの問題に対する中国の対応を丁寧に観察しているからだと思われる。中国が世界の市場経済システムに入り、外圧に弱くなった証拠だ。
最近では、日本から菅直人民主党代表らが訪中している。胡錦涛国家主席が声をかけたと言われる。胡主席、温家宝首相は、これまで対米を中心に外交政策を握ってきた江沢民前国家主席、曽慶紅国家副主席と勢力争いをしている。野中広務元自民党幹事長ら自民党の主流派は曽慶紅副主席が握っているから、周辺から対日外交に迫ろうとしているのだ(その後、山崎拓自民党幹事長らも訪中し、胡主席と会見した)。それのみならず、胡錦涛・温家宝新指導部は世界保健機関(WHO)といういわば外圧を使ってSARS問題の情報開示に踏み込むなど、できるかぎり大衆と外国に訴えることで、江沢民氏らの旧指導部に対抗するための権力基盤を確保しようとしている。〈講演=五月二十三日〉
国分良成(こくぶん りょうせい)
1953年まれ。
慶應大学法学部卒業。慶応大学大学院修了。
慶応大学法学部助教授を経て現在、慶応大学法学部教授。慶應大学東アジア研究所所長。
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