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2002/10/10 日本工業倶楽部木曜講演会要旨
第十六回中国共産党大会と今後の日中関係
慶応義塾大学教授 国分良成氏述
 
(本稿は平成十四年十月十日に開催された日本工業倶楽部第一一八四回木曜講演会における慶応義塾大学法学部教授国分良成氏の講演要旨である。)
はじめに
 今日のテーマは、第十六回党大会と今後の日中関係、ということでありますが、党大会は本来は九月に開催される予定でした。実際は十一月八日からに延期されましたので、標題とはそぐわない面もありますが、いずれにしろこの点を含めて、今の中国がどうなっているのか、その中で特に日中関係というものを現在の国際環境の中でどう位置付けたらいいのか、ということを中心にお話したいと思います。
 ここ数日をみましても、北朝鮮の拉致事件問題でマスメディアは騒いでおります。同様に去る五月には連日の様に、瀋陽総領事館の事件が、大きく取り上げられました。日本の中でこの二つの問題がセンセーショナルであり、同時に又皆さんの関心を引いたということでありますが、もう少し広い国際政治あるいは国際関係といった状況の中でこれをどう位置付けるかということになってくると、また少し違った観点もあろうかと思います。
「中国」には二つの側面――国家と地域
 第一に申し上げたいことは一体中国とは何かというテーマであります。今、中国問題研究者は、どんどんミクロの研究に入っています。かつて中央レベルの国民経済がどうなっているかといったことを中心に研究していたのですが、これが次第にミクロの研究に入っていって最近では村とか農家レベルの研究が深化しています。その研究内容については評価できますが、その一方で中国とは一体何なのかという大きな部分が抜けているのが現実で、ですからもう一度この問題を考えていかなければいけない。それを総合していかなければならない、そうしない限り個別のミクロの研究をいくら積み重ねても無理が出てくるのではないかと私は考えているわけです。
 例えば現在日本の企業の投資がどこに向かい始めたのかと言いますと、ひとつは山東省です。これまでは、広東や上海とその近郊に世界各国の投資が集中していました。最近はこれが分散化してきているのですが、日本の投資では、今は山東省などが急増し、大連を含む遼寧省などでも多くなりつつあります。この山東省という一つの省ですが、人口は九千万人で、日本の総人口よりは若干少なく、比較的裕福な土地柄として知られています。面積は十五、六万平方キロメートルで日本の四〇パーセント位の広さになりますが、それだけの土地に多くの人が住んでいるということになります。
 一方、中華人民共和国全体では、人口では日本の十倍の十三億人、また国土は日本の二十五倍から二十六倍あります。ですから面積で言えば、日本と同じ規模の国が二十五、六ヵ国存在しているということになるわけです。そのために今、中国が益々地域として理解され始められてきているという状況があります。つまり経済や文化、特に今のビジネスの世界では、国として考えることの意味が、問われかけてきていると思います。
 しばしば歴史学者は、中国は古代から元々地域である、つまり数千年の歴史の中で時には分裂し、あるいは巨大になったりしてきた。最近の五十年間は中華人民共和国という一つの国家として成り立っている。それを今、我々は中国と呼んでいるのだと言っています。
 そうしますと、中国というのは、国家という側面と、機能的に中国を考えてみた場合の地域という二つの側面が有るのではないかと思うわけです。このところをうまくバランスをとって考えないと、中国という問題を考えていくときに分からなくなってくるんだということです。
地域化現象が進む
 今新聞やテレビの放送では、上海が多く取り上げられています。しかし上海は中国の一部の一部の一部ではあるということです。これまで大分投資が集中した広東にしても、中国全体ではないということです。
 これまで、我々は、中国のある所が一か所でも豊かになれば、その変化が他の所に伝わって同じく豊かになると考えてきました。しかし現実には、一か所で豊かになってもその富が巧く分配されないという事態が起こっています。
 社会主義体制の下では、分配ということが一番重要であり、政治の権力によって豊かになった所の富を貧しい所に回すということが可能だったわけです。富を一旦収奪してそれを分配していたのです。ところがそれを市場のメカニズムに放り込んだ今日において、その市場がうまく機能していない、中国全体として市場は成り立っていないということになります。その結果、豊かな所はより豊かになり、駄目な所はいつまでも駄目になっていくという状況が起こってきているのです。
 こういう現実を踏まえますと、中国というのは一体何なのかという疑問が起こってくるわけです。例えば中国の政治や国際関係を研究する時は、北京を通過した諸々の事実や現象を見て考えます。しかし、ビジネスにおいては、企業の質や規模によってどういう風に中国を捉えるのかが違ってきているわけです。その意味において、中国の益々の地域化現象を忘れてはならないということです。
権力の完全移行はもう少し先
 第二点目に申し上げたいことは中国というものの最大の目的は何なのかということであります。言い換えますと、中国共産党と中華人民共和国の最大の目的は何かということです。それは、結局のところ権力の維持と、中華人民共和国という国家体制の維持であることは間違いないのですが、それとの関係で、十一月八日からの共産党第十六回大会を前にして、共産党というのはどういう政党なのか、そして、共産党は今後どこへ向かおうとしているのかということを巡って、実は今大変な議論が起こっています。
 この第十六回党大会では、大きく分けて二つのテーマが取り上げられます。一つは権力の問題であり、もう一つは政策の問題であります。但し、権力が決まらないと政策も決まりません。誰がやるのかということによって政策が決まってくるわけでありますが、実は政策の問題がこの半年間殆ど議題に上っていないわけです。本来は中国を何処に向かって動かすかという、共産党の政策・方針を議論しなければいけないにもかかわらず、それがこの半年間ストップしています。
 権力については、あと数週間で決まります。どう決まるかは、全く判りませんが、最後の一任をされている江沢民の決断にかかっています。その江沢民ですが党総書記のポストを辞めそうだというニュースが最近日本の新聞にもしばしば出てきました。ただし、このポストは共産党のポストであって、日本で云えば自民党の総裁を辞めるのと同じ事です。そしてこれについては多分胡錦濤さんに譲るだろうと言われております(十一月党大会で正式決定)。
 国家、政府のポストですが、国家主席の方は任期は憲法上二期(十年)と決められています。江沢民氏は九三年に同主席に就任していますので、辞めないといけないということになります。ですから順序としては党大会で新しい総書記を決め、来年春、それに基づいて国家、政府のポストが決まるということになります。このうち国家主席についても胡錦濤さんの就任が確実視されています。
 もう一つ重要なのが中央軍事委員会主席のポストです。中央軍事委員会というのは、実は共産党中央軍事委員会のポストと国家の中央軍事委員会と二つがあり、両者は区分されたことがなく、また任期も決められていません。この中央軍事委員会主席という軍の最高ポストについては、確実に江沢民氏が留まると見られています。小平さんもこのポストだけは放しませんでした。つまり、党の最終的権力の担保が軍であり、それを掌握していることの証明だからです。逆に言えば、依然として物理的な強制力を持った勢力である軍とか警察の裏付けを手放してしまえばやっていけないということになるわけですが、そういう意味では完全な権力の移動はもう少し先の話になるかと思います。
中国共産党は「三つの代表」
 次に政策についてですが、今度の党大会の中では必ず出てくると思われるのが「三つの代表」ということであります。最近日本の新聞やテレビなどでも報道されていますから、ご存知かも知れませんが、中国では何処へ行っても江沢民の写真と「三つの代表」という言葉が溢れております。
 この「三つの代表」ですけれども、先ず第一に「中国共産党は生産力を代表する」ということです。つまり、生産を上げるような政策であれば、全て共産党は容認し、それを代表するということであります。第二番目に「中国共産党は中国の先進的な文化を代表しなければいけない」ということです。この「先進的」ということの中身ですが、例えばスターバックスコーヒー、あるいはマクドナルドであっても中国に飛び込んで中国のために生産を増やしてくれるなら、それは先進的文化だ、という発想だと思います。要するに中国の古来の文化にとらわれず、「生産を増やしてくれるのなら」という条件に還元されてきているわけです。ですから、スターバックスコーヒーが故宮博物院の中にまで出店するという状況になっています。
 第三番目には、「中国共産党は人民を代表する」ということです。これを言いたいがために前の二つが出てきたとも解することができます。
 この人民を代表するという言葉は二年前に初めて出たんですけれども、いわゆる「プロレタリア独裁」の放棄、ということに繋がって来るという意味合いを含んでおります。つまり、従来はマルクス・レーニン主義、共産主義に基づく政党は、プロレタリアート(労働者)の前衛であるというのが一般的な定義でした。ですから中国共産党の綱領でも党は労働者と農民を代表すると書いてあります。それが人民に変わったということは、もっと広く代表してしまおうということであります。
私営企業家取り込み、労働者、農民の切り捨て
 これはもう一つ別の意味があります。それが私営企業家の共産党への入党ということに関係してくるわけです。昨年の七月一日の江沢民の演説以来、私営企業家を共産党に入党させていいと言われてきたのですが、それが正式に決定されるわけであります。
 かつてから、共産党員で私営企業家という人はたくさんいます。共産党員だった人達がビジネスを始めて成功し、党の籍を残したままの人がそうです。今回の決定は、そういう現実を一歩進めて、新たに私営企業家をリクルートしてくることを認めたことになるわけですが、彼らについては未だ「資本家」ではないという位置づけになっております。
 未だ資本家ではないという理由は二つあります。一つは私有財産を持っていないということです。もちろん彼らは家も土地も施設も資材も買っていますが、しかし、例えば土地に関しては未だ私有財産権を認められていません。中国の民法はまだ十分整備されていません。ですから、最終的には私営企業家であって私有企業家、つまり資本家でないということになるわけであります。
 中国との商売の中で企業の方が一番苦労する問題の一つが財産、資産なんです。ここをきちっと規定してくれるかどうかが、中国と商売がやり易くなるかどうかの、大きな境目なんですが、私有財産を認めてしまうと、共産主義を止める事になりますので、そこにまだ踏み込めないというのが現状であります。
 もう一つの理由は、搾取が有るか無いかを資本家であるか否かを決める基準とし、私営企業家は労働者を安い賃金で搾取していない、従って資本家ではないとしていることです。
 実はこれは中国共産党が、台湾の経験などから学んだ理論付けと考えられます。それは、一言で言えば、資本家とかエリートの体制への抱き込みということになると思います。むしろ権力の中に入れていくことによって、そういう人達は搾取が有るか無いかを我々がきちんと監督する立場に置く。搾取をさせないようにすると同時に、社会のリーダーに育てようとしているわけです。実際、私営企業の中には五千人、六千人という労働を雇っている企業も沢山ありますので、そういう企業のリーダーは、つまり国有企業を監督してきた従来の国家の役人に代わるリーダーになっていく力を持っています。従って、権力に取り込もうとしているわけです。このことを政治学的には、「国家コーポラティズム」と呼んでおります。
 私営企業家達は、ひょっとすると、権力に対抗する勢力になるかもしれません。逆に権力から情報を提供され、同時にいろんな形の、利益を引き出せる特権化した勢力になるかもしれない。これはまさに腐敗の温床そのものになります。事実、今の中国では汚職があちこちで見られます。そういう状況を考えた上で、コーポラティズム、つまり反対者を自ら取り込んでいくことによって、一種の翼賛体制を作る政策、言い換えますと利益集団や圧力団体を作らせないための予防策と考えることができます。
 ただしここには、大きな問題が残っています。それは一言で言えば、労働者と農民は誰が代表するのか、労働者と農民の権利をどういう風に誰が代表していくのかという問題です。本来、共産党が彼らを代表してきましたし、今でも勿論そうだと言っておりますけれども、現実には段々と、切り捨て現象が起こってきているわけです。これに対して労働者、農民自体はそれを押し戻すための組織力を持っていません。ですから、今後は彼らの権利をいかにして確保していくかが、大きな争点になっていくと思います。
七%成長の裏に潜む問題点
 第三番目にお話したいのは、政治的目的に関わる最大のテーマとしての経済成長についてであります。経済成長があれば、基本的に問題は全部解決します。従って経済の成長が順当に達成できるかどうかが、権力の最大の要件になります。しかし経済成長が今後とも持続可能かどうかということは簡単には言えない。というのは、中国という国家をどう考えるかということも関係して来るからです。
 例えば、上海の経済成長率は、三〇%とも、四〇%とも言われています。また上海で失業した人の再雇用率は七〇%だと言われています。一方中国全体で見ると、経済成長率は七%、再雇用率は大体一四%位だと言われています。この事実は中国で国民経済という概念が成り立つのかどうか、ということを示しています。あるいは「七%成長」「八%成長」という言葉で考えることに意味が有るのかどうか、ということになるわけです。私は正直申しまして、余り意味が無いと、極めて政治的な意味の成長率であると考えた方がいいと思います。
 中国の五十年間の歴史の中で見れば、今の経済成長率は決して高くありません。改革開放が始まる前の毛沢東時代の平均成長率は七%位で、中国当局は現在この統計は公表していないのですが、私は少し高すぎるかもしれないけれども数字自体は間違っていないのではないかと思っています。当時は、一旦国家が全部富を中央に持ってきて、それを公共事業の形で地方に平たく分配していた。平等社会を作る為に貧しいところに分配していたのです。
 最近でも七%成長ですが、これには三つの要素があります。一つはやはり市場の力が入ったことです。二つ目は公共事業です。三つ目は赤字国債、つまり財政によるテコ入れです。
 市場の範囲が広がることは望ましいのですが、公共事業や財政によるテコ入れもかなり苦しくなっています。例えば一人っ子政策を実質的に止め始めましたが、その背景には社会保険などの負担が大きくのしかかるようになっているからだと思います。
 中国では今、一人っ子政策を続けてきた結果、一人っ子同士の結婚が大きな問題になっています。一人っ子同士が結婚すると一カップルにそれぞれの両親とそれぞれのおじいちゃん、おばあちゃんが居るという状況になっていきます。これは将来的には負担が一人にかかってくることを意味しています。しかも中国でも高齢化社会にはいりつつありますから、そういう時代がくるのは目に見えています。結局一人っ子同士の結婚の場合は、子供二人まで認めるという決定をつい最近致しました。
 この政策の変更は、今後いろんな形で、国家がもう全てを代弁することはできないという状況がくる、従って、民営化なり社会の側に還元していかざるを得なくなるという事態の先触れのように思われます。
 中国が一番望んでいるものは高い経済成長を維持しながら、且つ均一的に発展させることです。ところが今の発展は局部集中型になっています。局部集中型が市場のメカニズムを通じて中国全体に巧く循環してくれればいいのですけれども、そうなっていない。それどころか発展の成果が特定の誰かの懐に入る、あるいは豊かなところから豊かなところに行ってしまうという形になっています。従ってこれをどう調節するのかが大きな課題になっているわけです。
 西部開発計画はそういう問題を打開するための政策として打ち出されたものであります。西側の内陸部の貧しい地域を開発していかなければいけないが、もはやその地域自身に任せていては無理だというので、国が市場のメカニズムに乗せながら開発していく、これが西部開発計画であります。
成長の原動力は外資
 第四番目に私がお話したいことは、中国の経済成長は、外資で起こっているという事実であります。中国の公式統計で見ますと、例えば、全体の国家税収の二〇%が外国企業が納税したものです。日本の場合はご承知のようにそれ程多くありません。外国企業が日本の国に税金を払っている額は非常に小さい。また中国の工業生産額全体の三〇%が外資系企業によるものです。
 中国の経済成長は基本的に貿易で成り立っている。つまり一番大きいのは輸出です。そして輸出の中の五〇%以上が外資系企業によると言われています。中国に進出した外国系企業が中国の安い労働力を使って生産し、日本を始めとする先進各国に輸出してくるというパターンがそこにはっきりと現れています。
 「中国国内で売ればいいじゃないか」という声も確かにあります。しかし企業の側にもいろいろと論理があります。例えばコストが安いからといっても、中国国内で売る場合は、日本に輸出する価格より安くしなければいけない。従って先ずは価格の高い日本に売っていかないといけないというわけです。
 もう一つの大きな問題は中国の国内の販路がないことです。商社もそうしたネットワークを持っていません。中国では全国ネットを持っているのは中国共産党位しかありません。ですから、中国市場をどの程度の規模でどういう風に巧く作っていくかというのがこれからの最大のテーマになってきます。
 しかし、これは中国という国で考えていくと、大変に困難な問題です。そのために最近では例えば山東省の、あるいは、上海の郊外といったある一定の地域で市場を作っていこうとする動きが出てきております。冒頭に申しましたように、これがビジネスにおいては国というレベルで考えないで、個々の地域で展開しようという動きになっているわけであります。そして、ある製品についてはタイで作り、別のあるパーツは台湾で作り、最後の全体の組み立てを山東省でやるという形の分業化も進んできています。そういう意味では、差別化の時代が始まっていると言ってもよいかと思います。
 いずれにしても、中国経済成長の原動力は外資だというわけです。これは別の言い方をすれば、外資という外圧で市場経済を作っていかないと、中国の経済成長は起こらないということです。つまり「改革開放」と言いますけど、実際は逆で、「開放改革」に他なりません。ですから、今度はどういう風に中国自身が内陸部も含めて平らにやっていくかです。その意味では中国は他力本願型になってきている部分があります。確かに自助努力だけでは、この先何年かかるか分かりませんので、当面は外資の導入を積極的に進めて、その活力を一つの勢いにして経済成長を持続していかなければならないことは間違いないところだろうと思います。そしてそういう政策に基づいてWTOの正式加盟を実現させたと見ることができます。
対米協調路線を重視
 第五番目に申し上げたいことは、中国は対外的に協調路線を取らざるを得ないということについてであります。これは、外資が安心して入ってくるためにも必要わけですが、政治的側面でも特にアメリカとの協調外交が明確な外交路線になっています。最近一、二年の中国の対外公文を見ますと、口ではアメリカに対して一応の事を言っています。しかし基本的には殆ど中国側が譲歩する形になっております。
 ブッシュ政権になってからの中国の対応は、はっきり変わりました。昨年の九月一一日テロに際しては、中国はブッシュに電話しておりますし、その後もいろんなところで協力関係を結んでいます。今年初め、ブッシュが、「ならず者国家」として「悪の枢軸」三ヵ国を名指して非難しました。この時中国の名はなかったわけですが、中国はアメリカがそう考える可能生はゼロではないと推測したのではないか。それはアメリカもいずれ中国が台頭してくる時がくると思っているでしょうし、中国にもそれが分かっているからです。従って、ブッシュのアメリカに対してはできるだけ低姿勢で対応しようということになっているのだと思います。アメリカとの政治外交関係が崩れれば、経済的関係もむずかしくなるのは目に見えています。そればかりでなく他にもいろいろと悪影響が及んでくるのは必至だからです。
 現在アメリカとの関係はずい分と進展しています。例えば、中国の新疆ウイグルを中心としたイスラム系の独立運動の過激分子への対応についてです。アメリカは元々新疆ウイグルの問題については手を付けませんでしたが、これはイスラムが絡んでいたからです。しかも九・一一以後、アメリカはこれをテロと認定し、中国と協力して彼等の摘発に動いています。それから、チベットに関してアメリカは中国の政策を批判してきましたけれども、最近では中国の対チベット政策を静観する方向に変わっています。
中台経済関係は拡大、政治的には逆行
 こうした中国の対米強調外交路線と合わせて、中国はもう一つの問題に集中し始めました。それは台湾です。アメリカが中東、中央アジアに目が向いている、中国は今自分たちがやるべきなのは台湾問題ということで、去年から主として経済的な統合に向けての体制にシフトしています。IT不況で台湾のシリコンバレーといわれる所が殆ど干上がっていまして、ここで働いていたビジネスマンが中国にどんどん進出しています。またかつての独立運動家達も大陸に投資を始めるという状況になっていました。ですから、中国当局はそれの抱き込み体制に入ったと見ることもできます。
 ところが、これに対して台湾側から抵抗がありました。それが、今年五月、瀋陽総領事館事件で日本がごった返している時に、陳水扁氏が就任二周年での、世界各国のメディアとのインタビューの中で「台湾は独立国家である」と繰り返し発言したことです。このあと陳氏は「一辺一国論」(それぞれ別の国)とも発言しました。中台間はこれを巡ってまた荒れたのですけれども、陳水扁氏がこれを言ったのは伏線があります。それは彼の与党である民進党が既に議会の第一党になり、彼はその党首にもなったことで、政局運営がやり易くなってきたためです。ですから現在の中台関係というのは、経済的な統合の動きの反面で、政治的な対立の動きが同時に起こってきていると言うことができると思います。
今後の日中関係、双方の課題
 最後に日中関係について触れますと、今年は日中国交正常化三十周年ということで、いろいろな行事が行なわれましたけれども、今後の日中関係を全体の戦略の中で考えていった時に、最大の問題の一つは、やっぱり経済だと思います。中国にとって日本はこれだけ多く投資して、しかも投資額も順調に伸びている国であります。たしかにアメリカ、あるいはヨーロッパからの投資も増えてはおりますが、これらの国々からの投資は先進的産業が多く普通の人々の生活にあまり関係ない分野で行われています。その点、日本は韓国や台湾からの投資と同じように製造業中心に行われ、その結果雇用を沢山創出し、同時に技術移転をしているわけです。ですから、私は日本と韓国と台湾が中国の経済成長に一番貢献していると思います。欧米からの投資部門は派手ですが、本当は日本、韓国、台湾の地道な投資が貢献していると言えます。
 中国もこうした事情はよく分かっていると思います。しかし中国の投資環境という点で見ると、中国政府がきちんとやってくれないと困る点も多々あります。財産規定の問題、資産目録の問題などがそうです。これらを中国政府にちゃんとやってもらい、民間企業には、WTOのルールの中に入ったのだから、「ちゃんと法律を守りなさい」ということを言わなければいけない。そうでないと困るわけです。こういった点がすっきりすると、日本の企業はどんどん出ていくことになるはずです。中国が日本とより仲良くやりたいということであれば、こういう点に気を遣って欲しいと思うわけです。
 今年は日中国交正常化三十周年ということでブームが起こっています。しかし、そのブームの中身は複雑になっていますし、中国に対する信頼感とかが増しているとは言えません。好き嫌いのレベルで言いますと、寧ろマイナスの方が増えている状況になっている。どこの世論調査を見ても、そのような結果が出ています。もっともこれはある意味では当然の現象かもしれません。つまり日中関係の中で接触が増えた分ネガティブなイメージが増えたと見ることができるからです。事実、接触のない時の方が対中イメージが良かったわけです。
 しかし日中関係について、もはや好き嫌いのレベルで考える段階ではないことははっきりしています。情念的なレベルで中国はどうとかこうとか言う時代ではない。もう少し実務的な関係を深めていかなければならない。それがこれからの我々の課題になります。お互いの違いが分かるということは悪い事ではありません。問題はそれをどうやって克服していくかということだろうと思います。
 今日本はこれだけ経済が苦しく、不況のなかで苦しんでいますから、中国の隆々たる経済に目を奪われがちな面がありますし、いろんな意味の感情的要素が絡み合った中国像がとびかっています。それだけにできるだけ冷静に対処して、外交ルートだけはきっちりと守っていくことが日中双方の国益という点からも望ましい。これから、FTA(自由貿易協定)の時代が始まっていく状況を考えますと、益々その感じを強くする次第です。
(文責在調査部)(終)
国分良成(こくぶん りょうせい)
1953年まれ。
慶應大学法学部卒業。慶応大学大学院修了。
慶応大学法学部助教授を経て現在、慶応大学法学部教授。慶應大学東アジア研究所所長。
 
 
 
 
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