日本財団 図書館


2005/04/22 Jiji Top Confidential
強まる圧力に陳政権の対応策は?
井尻 秀憲 (東京外国語大学教授)
曖昧さ残した中国
 中国では去る三月十四日、第十期全国人民代表大会(全人代=国会)第三回会議の最終日に台湾への「反国家分裂法」を採択して閉幕した。同法は、十四日の全体会議で代表約三千人のうち、賛成二八九六票、反対〇票で採択されたが、反対ゼロというのは、この問題に関する全人代の一元性を示している。ただし同法案の採択は、昨年十二月二十九日に全人代常務委員会がその原案を可決していたものを受けてのことである。
 この法律は、もともとは一九九六年以後、特に九九年の中国人民解放軍主導の「国家統一法」に由来するが、台湾の民間英字紙タイペイ・タイムズ(一月五日付)によると、昨年十二月末の法案可決に際して中国は、陳雲林国務院台湾事務弁公室主任をワシントンに送り込み、アメリカ側との意見調整を行っていたといわれる。ただし、そこでアメリカは、同法案に対してさほど強く賛成していたわけではない。
 ところが、この「反国家分裂法」を可決・採択し三月の法案採択の最終局面に至る過程で中国は、ソフトで曖昧な(あいまいな)姿勢へと移行したものの、鳴り物入りでの台湾向けの強い圧力行使の姿勢を堅持した。
 採択された条文の最重要点は第八条であり、そこでは、「いかなる名目、方式であれ『台独』分裂勢力が台湾を中国から分裂させる事実、あるいは台湾を中国から分裂させる重大事変、あるいは平和的統一の可能性が完全に喪失する事態に対し、国家(中国)は非平和的方式及びその他の必要な措置を取り、国家主権と領土保全を守る」と規定されている(「反分裂国家法全文」三月十四日、新華網邦訳、毎日新聞三月十四日付)。
 中国はこれまで、二〇〇〇年に提出された「台湾白書」にもあるように、(1)台湾が自力で独立を宣言した場合(2)外国勢力が介入して台湾独立が現実化した場合――の二点において、台湾に対する武力行使の理由があるとの主張を行ってきた。ところが今回の「反国家分裂法」で問題となるのは、それら二点だけではなく、前記の条文第八条に言う「台湾を中国から分裂させる重大事変、あるいは平和的統一の可能性が完全に喪失する事態に対し」、中国は「非平和的方式」(武力行使)などの必要な措置を取る――とした点である。
 周知のように、この「重大事変の発生」には、台湾の政権による「新憲法の制定・施行」と「領土・国名の変更」などが含まれる。この点では、昨年十二月末の法案可決と本年三月の法案採択の趣旨説明は、基本線で一貫している。そして、中国が鳴り物入りで採択したこの法律は、台湾が「重大事変」を行った場合、すなわち「新憲法の制定、領土の変更」などを行った場合に中国はそれを台湾の「反国家分裂」行動と見なし、「武力行使」の可能性を示唆している。
 しかしながら同法は、解釈の仕方では、この法律の制定によって台湾がさらなる「自立」の方向に動いていく以外に行き場のない環境をつくることになり、対中「自立」を目指す陳政権は、中国が同法を採択したことによって、中国から離れていくしか道がないということにもなる。従って中国にとってみれば、この法律の内容をできるだけ「曖昧」にしておくことが望ましいのである(拙稿「袋小路にはまる台湾と中国」中央公論〇五年三月号)。条文でのトーンの柔らかさという点では、本文で「・・・平和的統一の〈条件〉が完全に失われた場合」の〈条件〉が〈可能性〉に変わっていることなどに見受けられる。
 ここらあたりを見てみると、中国としては、武力行使の法的基礎を備え、法案のトーンダウンや経済重視のソフトな「反国家分裂法」の曖昧化によって、「武力行使」を背後に置きながら台湾財界への経済的アクセスといった平和統一政策を加速する方向にシフトしてきたと言えるのではなかろうか。そして法律内容の変化はともかく、台湾における「重大事変」の発生を焦点に据えてこの法律の制定を中国が急いだ理由はもとより、〇八年までの新憲法制定・施行を時間表とする台湾の陳政権の自立化、本土化に対抗するためであろう。
日米「共通戦略目標」を歓迎
 一方、既述の「反国家分裂法」の採択は、二月下旬に日米両国の外務・防衛担当閣僚のいわゆる2プラス2(日米安全保障協議委員会)がワシントンで合意した「共通戦略目標」問題とリンクし始めたという点でも注目される。日米「共通戦略目標」は従来、日米の対中安全保障政策の不一致故にリンクしたりしなかったりの振り子の振幅といった状況が存在してきた。しかしながら、今回はそうした日米両国に共通項が見え始めたという点で興味深い。
 すなわち今回の日米「共通戦略目標」は、米軍の変革・再編(トランスフォーメーション)という自衛隊の役割分担や個別の基地問題を検討する上での「基本理念」となり、より具体的には、9・11事件以来頻発する世界的規模のテロという「新たな脅威」と、北朝鮮・中国というアジア太平洋地域の「不安定要因」に対し、日米がより強く共同で対処していくという「共通戦略」を明示したものである(産経新聞二月二十日付)。しかもこのワシントンでの協議の共同声明は、「北朝鮮や台湾海峡の平和的解決、朝鮮半島の平和的統一を追求し、中国の責任ある建設的役割を歓迎し、協力関係を発展する」とうたっている。
 これに対し中国の孔泉報道局長は、「中国の国家主権と領土保全、国家安全保障にかかわる台湾問題を(日米安保)の枠内に加えたことに対し、中国政府と人民は断固反対する」と主張している。北京の人民大会堂での記者会見に臨んだ李肇星外交部長(外相)は三月六日、日米の「共通戦略目標」が「台湾を含めることは、中国に対する主権侵害であり内政干渉だ」と主張した。逆に台湾の謝長廷行政院長(首相)は二月二十日、日米が「共通戦略目標」として「台湾海峡問題の平和的解決を目指す」との立場を初めて確認したことについて、「台湾海峡和平への国際社会の重視であり歓迎する」とのコメントを発表した(産経新聞二月二十一日付、三月七日付)。
 この問題は、単に中台双方が、日米「共通戦略目標」に好意的か否かというより、日米の2プラス2協議が対中国政策で従来足並みの乱れが生じていたにもかかわらず、台湾海峡の平和的解決に向けて初めて言及しながら、北朝鮮核問題の平和的解決、中国の責任ある役割・協力などで「共同合意」したという点で、少なからぬ意味を有している。
 すなわちアメリカは現在、中国に対して「台湾問題では現状維持を責任を持って遂行させるから、中国が対台湾政策で武力を行使しないこと、さらには台湾と北朝鮮問題をリンクさせ、北朝鮮問題での六者協議の再開に向けて中国がより積極的な仲介役を演じること」を主張しているかに見える。同時に、中国が前記の「反国家分裂法」を昨年末の段階で可決したことによって、台湾への圧力を強めようとしてきた中で、この日米「共通戦略目標」の合意へとたどり着いたことの意味は大きい。もっと言えば、東アジアの地域的な問題のみならず、アジア太平洋ひいてはグローバルな意味での中国の台頭にどう対応すべきか、日米両国に共通項が存在し始めているのである。
100万人規模の抗議デモ
 そうした中で注視すべき問題は、前記のように中国が「反国家分裂法」で台湾に強い圧力を掛けている時に、台湾の陳水扁総統が今後、自立した姿勢で政治のかじ取りを行っていけるのかどうかという点である。
 昨年十二月の立法委員選挙で過半数を獲得できなかった与党・陳政権は、内外から中台対話再開の圧力を受けているが、中国大陸からの台湾人ビジネスマンの里帰りに対応するため、中台直行の臨時チャーター便を春節(旧正月)に運航した。この半世紀ぶりといわれる中台臨時直行便は、今後の中台対話の再開に向けたシンボリックな意味を持っているものの、いわゆる全面「三通」(通航、通商、通信)につながるかという点については、まだまだ時間がかかると思われる。
 米台関係については、陳総統はパラオとソロモン諸島への公式訪問の後、帰路の一月三十一日にグアム島に立ち寄り、そこで演説を行った。陳総統の演説は、現地の台湾人に向けて行われ、米国からも高官が派遣されたが、それはシンボリックな意味でしかない。(自由時報一月十三日付、産経新聞一月十四日付)。陳総統の意を受けて中台関係における実質的な米台交渉を行ったのは、一月二十日のブッシュ米大統領の再選後の就任式典に参加した李遠哲中央研究院長ら一行であったからである。
 そうした中で与党民進党は三月二十六日、中国の「反国家分裂法」に対抗するため、百万人規模の抗議デモを主催し陳総統もそれに参加した。陳総統は三月十六日、「反国家分裂法」採択後初めて公的な見解を表明し、(1)中華民国は主権独立の国家である(2)台湾海峡問題の解決は「非平和的」であってはならない――といった批判を行ったといわれるが(産経新聞三月十八日付)、この抗議デモは、民進党、台湾団結連盟(台連)などを中心とする本土派が参加した陳政権の中国への意思表示であった。
国民党訪中のショック
 ところが、中国の「反国家分裂法」に対する国家、政党、国民レべルの反対行動が求められるこの時期に、最大野党の国民党は江丙坤副主席を団長とする訪中団を三月二十八日から四月一日にかけて派遣した。広州から入り、南京、北京と北上した国民党代表団を北京で迎えたのは賈慶林政治協商会議主席、唐家国務委員、陳雲林国務院台湾事務弁公室主任らの中国共産党の非公式の台湾政策決定機関・対台湾工作指導小組のメンバーであったが、彼らは「反国家分裂法」には触れず、その「春風」「微笑外交」が喧伝(けんでん)された。また、国民党の連戦主席の六月訪中が実現すれば、胡錦濤国家主席との国共トップ会談の実現の可能性も予告として報道された(産経新聞四月一日付)。
 国民党代表団の訪中は、時期の問題も含めて陳政権にはある種の「ショック」であったに違いない。また、台湾ではこの国民党訪中団の大陸訪問の直前、もう一つの「ショック」が伝えられた。以前から「独立派」の財界人として知られ、陳総統の二〇〇〇年段階での総統選での勝利に貢献した許文龍氏が中国に対して、大陸でのビジネスの継続を願い、「一つの中国」支持・「反国家分裂法」支持を公開状で表明したというものである。
 中国による台湾人ビジネスマンへの大陸での締め付けについては、多かれ少なかれ報道されてきたが、今回は、「独立派」財界人のトップといってもよい人物であり、これが連鎖反応となって台湾の財界人に影響を及ぼすことも懸念されている。台湾にとっては、無視できない重要事件である。しかも時期的に見て、「反国家分裂法」「国民党代表団訪中」「許文龍事件」というように、三つの事件が時を同じくして生起したことは、台湾にとっては「三つのショック」、中国にとってはその台湾工作の「したたかさ」をうかがわせるものがある。
 他方、台湾内政面での政界再編は、陳総統が、宋楚瑜氏を党首とする野党第二党の親民党との連携へと動き、二月二十四日に陳総統と宋楚瑜主席との会談が総統府で実現した。これによって、立法院での議席数で言えば、民進党八十九、台連十二に親民党三十二(ただし全員が同党に残るとは限らない)程度を加えれば、安定政権が成立する。ただし、台湾内政は、従来の与党連合と野党連合という対立の軸だけでなく、〇七年の立法委員選挙から小選挙区比例代表制に移行しようとする昨年の立法院での合意を憲法改正で立法化できるか否かをめぐり、民進党・国民党といった大政党に対し、親民党・台連・無党派といった小政党(もしくは個人)の連携による法案ボイコットの可能性もある。陳政権は年末の地方首長選挙を含めて正念場を迎えることになる。
 また、今後の台湾内政は、民進党が既述の年末の選挙絡みで謝長廷行政院長、蘇貞昌党主席によるポスト陳水扁、国民党は馬英九(台北市長)、王金平(立法院長〈国会議長〉)・両副主席によるポスト連戦の動きが激化すると思われ、各党共に内部の後継抗争が激しくなることが予想される。中国による「反国家分裂法」制定以後において、陳総統のみならず各党のリーダーシップの問題が改めて問われることになりそうである。
(了)
井尻秀憲(いじり ひでのり)
1951年生まれ。
東京外国語大学中国語科卒業。米カリフォルニア大バークレー校大学院修了。政治学博士。
筑波大学助教授を経て現在、東京外国語大学教授。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION