八日の米中首脳会談の展開は国際情勢をその場の空気とか修辞、イメージだけで判断することの危険をみせつけた。九七年十月の江沢民国家主席の訪米、九八年六月のクリントン大統領の訪中での過去二回の米中首脳会談では多様な分野に新合意が生まれ、「戦略的パートナーシップ」の確立や、「米中新時代」の幕開けがうたわれた。経済問題でも米中の指導者が声をそろえ、日本のマクロ経済政策の不備を責めたりもした。
ところが、こんど訪米した朱鎔基首相とクリントン大統領との首脳会談では、最低限の合意目標とされた中国の世界貿易機関(WTO)加盟をめぐる合意さえも成立せず、中国の人権問題や米国側のコソボ介入をめぐる米中間の断層があらわにされた。朱首相は中国経済の改革・開放の最大推進者であり、率直で機知に富む語り口のスタイルは米側に最も共感を呼びやすい中国指導者である。だが、それでもクリントン大統領との間では中国の民主主義や自由や人権尊重の不在をめぐって激しい対立がみられた。
そんな実りの少ない米中首脳会談の背景には、米側では中国の民主活動家の弾圧、台湾への武力行使の威圧、中国側による米国民主党への不正献金や核兵器技術のスパイ容疑などを原因とする一般の態度の硬化がある。中国側でも米国などのコソボ問題でのユーゴスラビア攻撃への反発、台湾を含みかねない日米共同のミサイル防衛構想への反対、日米新防衛ガイドラインへの反発といった諸要因が対米姿勢をかたくなにしている。
中国は最近、米軍のアジア駐留、さらには安保条約に基づく日米同盟にまでやんわりながら着実に反対を示すようになった。米国の安保政策には「一極化」を理由に反対する。そもそも米国とは安保政策の基本を異にするのだ。一方、米国からすれば中国はなんといっても共産党一党独裁の国である。米国は伝統的に政治的価値観をまったく異にする相手とは外交面で長期には一定以上に親密にはならない。
だから米国の対中姿勢も今回の首脳会談で示したのが本来の構えであり、過去二回の米中首脳会談で投射した緊密イメージがむしろ異例だったといえる。前者が実なら後者は虚に近い。自国の都合からその場その場で発信するメッセージに第三者は右往左往してはならないという教訓の典型であろう。
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