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1995/07/11 産経新聞朝刊
【主張】「米中冷戦ゲーム」に警戒を
 
 米中関係が冷却化している。中国が米国籍人権活動家のハリー・ウー氏をスパイ容疑で逮捕したことで緊張は一段と高まっている。この六月に台湾の李登輝総統が訪米して以来、現在も両国の大使はそれぞれ不在のままで、中国の軍備拡張問題までも含めて中国側の自制を求めたい。
 両国が対立しているのは、基本的には、日米両国の経済的対立に見られるのと同じように、米ソ冷戦時代が終わり、米国にとって対ソ戦略上の“カウンター・ウエート”(平衡錘)として存在していた中国の価値が失われたという新時代の特質を反映しているのかもしれない。
 しかし、ウー氏の逮捕でこのまま米中関係の冷却化が加速されて長期化すれば、当然、一九七〇年代から米国が取ってきた「一つの中国政策」に微妙な変化が生じるわけで、そうなれば、日米関係、日中関係にも大きな影響が出てくるはずである。すでに中国の李鵬首相はこのほどロシアを訪問した際に中国とロシアが手を組んで米国の脅しに対抗するという考え方を示しているので、わたしたちはこの「米中冷戦ゲーム」がもたらすかもしれぬアジア・太平洋地域の情勢変化に警戒の目を怠ってはなるまい。
 特に米国が警戒感を深めているのは中国の軍備拡張と南沙諸島周辺への軍事進出である。空母建設計画などによる中国の海軍力増強は、石油資源確保とからむ南沙諸島領有権問題と合わせて、重大な関心を持たざるを得ない。中国が同地域に軍事力を展開したことで、ベトナムやフィリピンなど関係六カ国の緊張は高まっている。インド洋に浮かぶミャンマー領の二つの島に中国がレーダー基地を建設したとの情報もある。中国が国際規則を無視してパキスタンにミサイルを輸出して外貨を獲得している現状も許しがたい。
 ウー氏の逮捕は台湾問題で冷却化している米中関係をじゅうぶん意識した上で米国を揺さぶるためにとられた中国側の強行策と解釈できるが、米中関係に突き刺さった“危険なトゲ”と言えるのではないか。あらゆる外交的手段を駆使してウー氏の即時無条件釈放を求める決議を採択している米国議会の対応には理がある。
 中国は八九年天安門事件の清算をしたわけではない。現在の中国から共産主義という“マント”を脱がせるためにはチベット問題や囚人労働の実態に目を光らせるとともに、中国の民主化運動を支援していかねばなるまい。
 
 
 
 
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