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1997/09/13 読売新聞朝刊
[社説]正念場の中国「社会主義市場経済」
 
 中国を主導する中国共産党の五年に一度の党大会が始まった。来世紀にまたがる向こう五年間の党路線を決める大会だ。
 党大会初日の活動報告で、江沢民・党総書記は「トウ小平理論」を指導思想として党規約に盛り込むことを提案、改革・開放路線の堅持・推進を改めて明確にした。
 報告で注目されるのは、いわゆる「社会主義市場経済」の所有制の主体とされる公有制について、その実現形式は多様だとして、国や集団がその持ち株でコントロールできれば株式制も公有制だとした点だ。
 中国が基幹分野を除き、本格的に進めようとしている国有企業の株式会社化を正当化し、株式制が公有制か私有制かの論争に決着をつけ、株式会社化は社会主義否定につながるとの議論を封じ込めるものだ。
 中国共産党は八七年の党大会で「社会主義初級段階」論を打ち出した。中国の社会主義は来世紀半ばまで初級段階にあり、この段階では生産力の発展に有利かがすべての出発点で、公有制を主とすれば私有制を含め所有形態は多様でよいとした。
 九二年党大会では「社会主義市場経済」論が打ち出された。計画経済と市場経済は社会主義と資本主義の本質的区別ではないとされ、社会主義の市場経済を確立し生産力の発展をめざすことがうたわれた。
 融通無碍(むげ)の理論?をあみだしながら、中国経済は、「社会主義」の看板を下ろさずに、市場経済化を進めてきたわけだ。
 だが、「社会主義市場経済」の進展は、とくに、「社会主義」部分の欠陥を露呈させた。その代表例が国有企業の不振だ。
 国有企業部門には都市部労働力の七割、一億一千万人が就業しているが、半数は赤字だ。国有企業に対する貸し付けのこげつきで、銀行にも危機が波及しかねない。
 株式制の本格導入を含む国有企業改革が進めば、大量の余剰労働者の整理を余儀なくされよう。だが、このままでは傷が深くなるばかりだとすれば、改革しかない。
 そこで、今回の公有制の柔軟定義となったと言える。これを突破口に、中国経済は市場経済化の歩みをさらに一段階進めることになる。その意味で評価できる。
 ただし、この改革は痛みを伴うだけに、江総書記を核とする指導部の力量が問われることになる。すでに、国有企業の倒産などによる失業者は九百万人に達し、デモなどの抗議行動が続発している。「社会主義市場経済」の正念場と言ってよい。
 いかに国民の理解を得るかが課題だ。国民の怒りをかっている政府や党幹部の腐敗の除去が必要でもある。国民の政治参加への欲求をすくいあげなくてはなるまい。
 大会前に、民主派活動家でない知識人や党員から政治改革を求める声があがった。元首の直接選挙という提言もあった。当局はそうした動きを取り締まっていない。「百家争鳴」の時代の再来を期待したい。
 江報告は政治体制改革にもふれたが、西側モデルを退けた。だが、いずれ、市場経済化と一党独裁制の間の矛盾が露呈され、中国国民はその問題に正面から取り組まざるを得なくなるだろう。
 
 
 
 
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