1995/03/06 読売新聞朝刊
[社説]安定を重視する「過渡期」の中国
中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が五日開幕、李鵬首相が政府活動報告を行い、施政方針を明らかにした。
報告で強調されたのは、昨年同様、改革・発展・安定の三つの関係のよりよい処理だった。そのカギとして、最重要課題とされたのが、インフレ抑制だった。
中国は、昨年九月の中国共産党中央委員会総会の決定で、指導体制の第二世代から第三世代への引き継ぎ完了を宣言し、事実上、「トウ小平以後」の過渡期にある。
トウ氏はもはや重要問題の最終決定者ではなく、国家主席、党総書記、中央軍事委員会主席を兼ねる江沢民氏を中核とする指導体制が独り立ちの基盤強化を図っている時だ。トウ氏の万一の場合のショックを小さくすることに腐心している状況でもある。
その文脈で李鵬報告をみれば、昨年以上に、安定重視の姿勢が読み取れる。
首相は報告で、昨年のインフレ率が二一・七%に達したことに、大衆の激しい不満があるとして、危機感をにじませた。
その原因に昨年の価格調整など「改革の避けがたい代償」もあるとしながら、「われわれ各級政府の活動面の欠陥にもよる」と自己批判した。その上で、今年のインフレ率を一五%前後に抑えるとの目標を設定し、マクロ管理の強化や地方政府の責任明確化で目標を達成する決意を示した。
インフレとも関連し、三年連続二桁(けた)成長を記録した経済成長率も、今年の目標を八―九%に設定し、工業化のあおりを受けている農業の振興が説かれた。ここでも、食糧生産の地方政府の責任制が強調された。中央を軽視する地方の開発・発展至上主義への批判であり、中央の権威確立にやっきとなっている状況がうかがえる。
半分近くが赤字とされる国有企業の改革推進もうたわれたが、「数年間の努力」とされた。国有企業内の余剰労働者は二千万人ともいわれ、安定を重視すれば、漸進的改革にならざるを得ない。「地方分権と成長加速」のトウ路線を一服させた形だ。
李鵬報告は、高度成長を走ってきた中国の社会主義市場経済という名の富強路線が抱える難問題を改めて浮き彫りにした。いずれも処理を誤れば、時期が時期だけに社会不安につながりかねない。まさに、改革・発展・安定の正念場である。
富強路線にからみ、李鵬報告で注目すべきは、国防分野で初めて海岸警備の強化をうたい、海洋の権益保護をあげた点だ。
軍事情報の透明度が低い中国の海軍力増強は、周辺諸国の対中国脅威感を強めて不思議でない。まして、南沙諸島の領有権問題で、その強引な行動が東南アジア諸国と摩擦を引き起こしている最中である。
李鵬報告は一方で、中国がいかなる国に対しても脅威とはならないとし、係争事項については対話による解決を望んでいると述べている。この言葉を守り、一方的行動を慎むよう促したい。進んで軍事情報の透明化を図ってもらいたい。
私たちは中国の安定的発展を望むし、中国もまた、重要な時期を迎え、平和な国際環境を一層必要としているはずだ。
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