1994/03/11 読売新聞朝刊
[社説]改革15年の中国が抱える難問
中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)が十日開幕し、李鵬首相が政府活動報告を行った。
報告で強調されたのは、改革・発展・安定の相互の調和と促進だった。
当然と言えば当然だが、経済の過熱傾向に加え、今年がいわゆる社会主義市場経済体制確立への大改革実施の年であり、その引き起こす摩擦を考えれば、政治的、社会的安定の確保が中国指導部の重大関心事となっていることを示すものだろう。
報告が今年の国内総生産(GDP)成長率の目標を九%に設定し、小売物価上昇率を一〇%以内に抑える方針を打ち出したのも、その文脈で理解できる。
中国は一昨年、昨年と二年連続の一三%台成長を記録、近年一けたに抑えられた小売物価上昇率も昨年は一三%に達した。インフレが安定を脅かす恐れが出ている。
報告はまた、昨年十一月の共産党中央委員会総会が打ち出した包括的な構造改革の推進をうたった。とりわけ、税制改革の円滑な実施を訴えている。
地方政府が徴税し中央に上納する制度から、徴税段階で国税、地方税に分ける「分税制」への移行に対する地方の抵抗を意識したものだろう。分税制は財政収入の中央、地方の取り分を六対四に逆転させるが、実際には、地方交付金で調整されよう。
七八年末に中国が改革・開放路線に転じて十五年余、中国経済はめざましい成長をとげた。だが、政治的には共産党支配を続けつつ、限りなく資本主義経済に近づく社会主義市場経済への改革が深まるに伴い、ひずみや不満が生まれている。
沿海部と内陸部、都市部と農村部の所得格差の拡大は、一部の地域、一部の人たちが先に豊かになり、それをけん引力として全体を豊かにすると言っているだけではすまない状況だろう。農民の暴動も起きている。李鵬首相が合理的な分配と調節を言い、農村経済の振興を説く理由だ。
市場経済化を進める上で、構造改革は当然の帰結だ。だが、既得権益層の抵抗がある。分税制への地方の抵抗が示すように、過渡期の摩擦をいかに克服していくか、きわどいかじとりが求められている。
四十五年間の共産党支配は腐敗を引き起こしてもいる。天安門事件で抑圧されたとはいえ、依然、民主化への欲求がくすぶる。全人代開幕やクリストファー米国務長官の訪中を前に、十数人の民主活動家が拘束ないし一時拘束されたのも意味深長だ。
冷戦終結後の世界は人権に敏感だ。米国の対中最恵国待遇更新も中国の人権状況にかかっており、米国が判断する時期は迫っている。米中双方にとっての難問だ。
今年八月には、改革・開放の総設計士とされたトウ小平氏も九十歳だ。トウ以後という依然不透明な問題が残されている。
諸々の難問が今、中国にのしかかっている、そう言えないか。まさに、改革・発展・安定の正念場だ。この正念場を乗り切ってほしいと思うのは、中国国民ばかりではない。そして、中国の民主化への軟着陸を望んでいるのも私たちだけではない。
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