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1989/06/25 読売新聞朝刊
[社説]荒海に船出する中国新指導部
 
 十一億の民を支配する中国共産党の新指導部が二十四日発足した。
 中国が激動を続けるなか、制度上は党の最高指導者である趙紫陽・総書記の動静は先月十九日以来不明だった。一か月余の時間をかけて、党は指導体制の不正常な状態にようやく決着をつけたことになる。
 民主化運動への対応をめぐり激化した指導部内の権力闘争は最高実力者、トウ小平氏と、保守派長老に支持された強硬派の勝利に終わり、趙氏の失脚は既定のものとなっていたが、その処分について、党内根回しが手間どったことを示している。
 発表によると、民主化運動に柔軟な姿勢を示した趙氏は反革命動乱を支持したとされて全職務を解任され、後任には政治局員の江沢民氏が昇格した。江氏は今回の民主化運動には強い姿勢をとってきた。
 党の最高指導機関である政治局常務委員会の定員は六人に増員となり、趙氏と、一時趙氏に同調した胡啓立氏が抜け、新たに三人の政治局員が常務委員に昇格した。改革慎重派ないし強硬派優位となった。
 だが、新人事の色分けをうんぬんすることがどれほど意味を持つか疑問だろう。
 党を支配しているのは、トウ氏や長老と言えるからだ。トウ氏は中央委員でもないが、党軍事委員会主席として軍の権力を握っており、衰えたとはいえ、その党内での政治力はなお、傑出していると考えてよい。
 その意味では、新人事は依然として、トウ体制の延長である。上からの指導による改革・開放という点では改革派であり、共産党の事実上の独裁体制堅持を至上命令とし、下からの民主化運動には厳しいという点では保守派であるトウ氏の路線が継続するとみるべきだろう。
 とはいえ、新人事で保守派長老の発言力は強まった。後継者として育ててきた人物をこの二年半に二人も失脚させたトウ氏の指導力が相対的に低下したのも否めない。
 しかも、一党独裁下で、上からの改革・開放を進めるという矛盾とも言える綱渡りは今回の民主化運動が示したように、すでに、破綻(はたん)をみせてもきた。とすれば、今後、思想的引き締めが一層強化され、改革・開放路線が後退しよう。
 だが、思想的引き締めで、インフレなど今回の民主化運動の背景にあった問題は解決しない。民主化運動は徹底的弾圧によって、一時的におさまったにすぎない。
 天安門の惨劇、大量処刑は、人心をトウ体制から離反させただけでなく、対外関係をこじらせ、中国が必要とする西側の経済協力の意欲をそぐ結果にもなっている。
 さらに問題は、総書記でもないトウ氏が党の最高実力者ということだろう。少数の側近からの情報がトウ氏の判断力を損なう懸念もある。最近のトウ氏礼賛は個人崇拝の傾向さえみせている。
 トウ氏が故毛沢東主席のように祭りあげられる危険もあろう。そうなれば、トウ以後をにらんだ指導部内の権力闘争がふたたび噴出しかねない。
 中国の新指導部はまさに荒海に船出する形だ。前途の多難は言うまでもない。
 
 
 
 
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