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1989/03/23 読売新聞朝刊
[社説]中国経済改革の新たな試練
 
 さる二月、中国・武漢市の同済医科大学付属協和病院では、急性胃炎などで診察を受けにくる人が急増した。調べたところ、職場から旧正月用にふんだんに食物を現物支給されての暴飲暴食が原因だった。
 中国では、この種の現物支給は禁止だ。消費の過熱を抑制するためだが、威令は行きわたらない。これに限らず、企業が留保利潤を生産的投資にまわさず、必要以上に消費財を購入する風潮がある。いわゆる集団的消費で、物価を上昇させる一因だ。
 昨年、中国は小売物価上昇率一八・五%という建国史上最高のインフレに見舞われた。基本的には、総供給が総需要に追いつかないためで、投資、消費の膨張、財政赤字がその要因だ。価格改革の一環としての一部価格の自由化が買いだめ、売りおしみのパニック現象の引き金にもなった。
 二十日開幕の全国人民代表大会(国会)での報告で、李鵬首相はインフレが社会の安定と改革に対する大衆の信頼に影響を及ぼしていると危機感を表明した。
 首相は「価格改革の重要性を認識していたが、国家、企業、大衆の受け入れ能力に対する考慮が不十分で、物価抑制の措置をすぐに行わなかった」と政府の指導に欠点と誤りがあったことを率直に認めた。
 政府による異例の“自己批判”だが、昨年夏ごろまでは価格改革の推進に積極的だった趙紫陽・党総書記に対する批判ともとれる。だが、首相の報告は総書記の主宰する党政治局の討議を経ており、連帯責任とすることで、妥協がついたようだ。
 趙氏については、首相とも近い改革慎重派長老による追い落としの動きが伝えられたが、当面、人事抗争を避けて、経済の調整、社会不安の鎮静化に指導部が全力であたることになったとみてよかろう。
 趙氏は昨年九月の中央委総会(三中全会)の前に、自己批判を終えているとされるし、最高実力者、トウ小平氏の重しが利いてのことでもあろう。ここで人事抗争が激化しては、対外イメージの悪化はもとより、国内情勢を混乱させるだけだろう。
 李報告は三中全会の調整路線にそって、二年以上の時間をかけての経済引き締めを打ち出した。改革足踏みの印象は否めまい。調整自体も前途多難だろう。中央の統制が強まろうが、改革で地方や企業の自主権が強まった段階での調整であり、マクロ管理の強化は容易ではない。
 仮に、調整が成功しても、価格・賃金改革という避けて通れない問題は残る。中国が直面している矛盾はそれだけ改革が進んだからだと言えるし、それだけかじとりが難しい改革の段階に入ったと言える。
 中国の改革は試行錯誤の連続だ。公有制主体の経済に市場原理を導入して生産力の拡大を図る実験の難しさがある。改革積極派、改革慎重派と言うが、改革・開放の大方針では一致している。
 望みたいのは、極端から極端に走るのを避けるバランス感覚だ。同時に、議論をつくした総合的な将来ビジョンを明らかにしていくことが必要だ。大衆に先行き不透明感を持たせるのは危険だ。
 
 
 
 
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