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1997/03/02 毎日新聞朝刊
[社説]中国全人代 迫られる負の遺産の処理
 
 年に1度の中国全国人民代表大会(全人代=国会)が1日、北京で開幕した。引退後も例年、全人代議長団の一員に名前を連ねていたトウ小平氏が大会直前に死去し、名実ともにポストトウ小平時代の開幕を告げる大会になった。
 李鵬首相は政治活動報告で「トウ小平同志の創設した偉大な事業を堅持し、改革・開放と社会主義現代化建設の新たな勝利を勝ち取ろう」と呼び掛けた。経済建設を最優先課題とするトウ路線の継承宣言であり、歓迎したい。
 しかし、江沢民国家主席(共産党総書記)を中心とする指導部は、トウ氏の改革・開放政策が生み出したマイナス面をどう克服するかという課題を背負っている。一層の経済発展には、トウ路線の単純な継承ではなく、中国社会の変化に応じた調整が求められる。
 すでに、江指導部はこの数年、「脱トウ小平化」ともいえる政策調整を進めてきた。今年の経済成長率目標は8%と発表されたが、これは昨年スタートした第9次5カ年計画に沿った既定路線だ。高度成長論者だったトウ氏の死去で、安定成長が指導部の共通認識になったといえる。
 これは悪いことではない。トウ氏は1992年に中国南部訪問で高度成長を説き、89年の天安門事件で流出した外資を再び呼び戻すことに成功したが、一方でインフレ激化、乱開発、官僚の腐敗を招いた。発展と社会の安定との調和を目指せば、2けた成長の持続は困難だ。
 李鵬首相は昨年の物価上昇率を実質6.1%に抑えたと胸を張った。大きな社会変動を伴わずにインフレ抑制に成功したことが、第3世代指導部の自信につながっている。
 だが、難題は数多い。今大会の焦点は国有企業改革だ。市場経済の浸透で、生産効率の低い国有企業は巨額の負債を抱え、危機的な状況に陥った。倒産、人減らしも実施されているが、失業者の増大、社会不安にもつながるジレンマがある。
 活動報告では大企業は資金を投じても活性化させ、中小企業は整理を進めるという2本立ての方針が打ち出された。しかし、小回りのきかない大企業の改革は容易ではなかろう。
 トウ氏の追悼大会が行われた先月25日には新疆ウイグル自治区のウルムチで分離・独立派によるとみられるバス爆破事件が起きた。
 社会主義体制の権威が揺らぐ中、指導部は愛国主義を鼓舞し、求心力を高めようとしてきた。しかし、中国は多民族国家でもある。中華ナショナリズムの強調だけでは、これに対する反発も生まれよう。
 今大会は7月の香港返還に向けた最終準備の場でもある。李鵬首相は1国2制度の堅持を強調したが、異なる体制の下で生活してきた香港の人たちが返還後、中国への帰属意識を持てるかどうか。これも民族意識の高揚だけではすむまい。
 この意味で中国政府が国際人権規約加盟に前向きの姿勢を示していることを歓迎し、実現を望みたい。次世代の中国には、民族意識を超えた新たな国民統合の理念が必要だと思うからだ。
 トウ氏の死去で中国社会に大きな変動が起きなかったことは、江指導部の安定度を物語る。しかし、今後も安定を保てるかどうか。秋の第15回党大会に向け、江指導部が懸案処理能力を示せるかにかかっている。
 
 
 
 
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