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1992/10/13 毎日新聞朝刊
[社説]市場経済へつき進む中国
 
 十二日から中国共産党の第十四回党大会が始まった。この大会は過去十四年、最高指導者、トウ小平氏の主導下で進んできた、中国の開放的な経済政策路線を総括、定着させる重要な意義を持つものである。
 大会初日に、江沢民総書記が読み上げた政治報告のキーワードは「社会主義市場経済」である。形容矛盾ともいえるこの用語は「市場経済は資本主義だけのものではない」とするトウ小平氏の「中国の特色を持つ社会主義」論に支えられている。
 だが社会主義の根幹は計画経済である、と信じる正統的な主張は依然として根強い。中国の経済建設は「計画を主に市場を従に」との考え方は今でも保守派指導者の間で有力なのだ。
 トウ小平氏の改革・開放路線も初めから市場を主にしていたわけではなかった。しかし解き放たれた市場経済は、この十年間に一気に勢いをつけた。今ではあらゆる物資の八〇%余りが市場価格で売買され、工業生産でも国営企業の生産額は全体の半分以下になった。中国の経済基盤は公有制主体でなくなりつつある。
 加えて熱狂的な株式市場、拡大する一方の地域格差、一部の富める人々の消費ブーム、経済特別区・経済開発区の強化、どれを取っても中国経済はもはや、教科書的な意味での社会主義経済ではなくなっている。
 トウ小平氏は一九八四年の中央委員会で、商品経済が社会主義経済に内在する属性であることを承認する「社会主義商品論」を打ち出し、中国独特の社会主義論に道を開いた。さらに八七年の十三回党大会で、当時の趙紫陽総書記が社会主義初級段階論を唱えて、生産増強に役立つものはすべて社会主義発展の道に合致すると主張して、トウ小平氏の理論を補強した。
 以来中国は「中国の特色を持つ社会主義」を掲げて“中国の特色を持つ資本主義”ともいえる道を突っ走ってきたといってよい。江沢民報告は、この勢いで今後はさらに年率九%の経済成長を目指すと宣言している。
 中国経済体制の改革は、もう後戻りの出来ない地点まできてしまっていることは確かである。中国がこれまでの開放体制の下で発展を続けることを、国際社会も歓迎するだろう。だが今後が波乱含みであることも、今回の党大会は暗示している。
 江沢民報告は、天安門事件を「反革命の暴乱」とする評価を変えていないし、大会の前に開かれた中央委員会総会では、趙紫陽前総書記の処分が確定して同氏復活の芽がつまれた。保守派の力がまだ十分に残っていることは歴然としている。
 また中国の政治では人事構成が重要な要素である。トウ小平氏がマルクスや毛沢東に会いにいってしまった後でも中国が同氏の敷いた路線を走り続ける保証は、人事でしか得られないのが中国の政治である。
 人事は、大会終了後に開かれる最初の中央委総会で決まる。トウ小平氏が後事を託するに足る人事構成が、満足すべき若返りを伴って実現するか。
 
 
 
 
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