日本財団 図書館


1992/08/26 毎日新聞朝刊
[社説]新しい日中関係築くために−−天皇訪中
 
 天皇、皇后両陛下が、十月二十三日から六日間の日程で、中国を訪問されることが正式に決まった。
 日中国交正常化二十周年の節目に、二千年余の交流の歴史を通じて初めての天皇訪中が実現する。これを契機に、日中両国の友好関係が、将来に向けてさらに発展することを期待したい。
 両国は「一衣帯水」の隣国である。しかし、天皇の名の下で行われた侵略戦争が、中国国民の心になお深い傷跡を残していることを認めないわけにはいかない。戦後半世紀近くたったいまも、その記憶は消えていない。
 中国側はこれまで何度も天皇訪中を招請してきた。友好と親善を目的とする訪中の実現は、そのこと自体に意義があると同時に、日本が過去の歴史に向かい合い、一つの区切りとする意味をもっている。
 宮沢首相は訪中決定の談話で、「中国の国民に新憲法下の皇室を直接に印象づけるまたとない機会となる」と強調している。私たちも両陛下が中国国民の心からの歓迎を受けられるよう願っている。
 中韓国交樹立やカンボジア和平の動きにみられるように、いまや冷戦構造はアジアでも崩壊している。二十年前の日中国交正常化当時に比べて、国際政治の枠組みは一変した。
 そのことは当然、日中関係にも大きな影響を及ぼさずにはおかない。日中両国は、新しい協調体制を築くとともに、アジアや世界の平和のために積極的な役割を果たしていかねばならないだろう。
 日本は世界経済の一五%を占める経済大国であり、十二億弱の人口を擁する中国は巨大な潜在的可能性をもつ大国である。両国は冷戦後のアジアや世界の平和秩序と繁栄のためにその能力を活用すべきである。
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の核査察受け入れなど朝鮮半島をはじめとするアジアの緊張緩和は、中国の影響力を抜きには考えられない。日本の経済力や外交力も問われている。
 未来を志向する新しい日中関係を築くには、歴史の過ちを反省し、誠意をもって償う気持ちがなければならないだろう。他国からやかましくいわれて渋々認めるのではなく、国のモラルの問題として自らそれを対外関係の基本に据える姿勢が必要である。
 中国側は今度の訪中にあたって、あえて謝罪を求めることはしない意向を伝えてきているという。しかし、天皇陛下の「お言葉」では、謝罪の意を率直に伝えるのがむしろ自然だ。
 象徴天皇は政治に関与することはできないが、国民統合の象徴として歴史に対する国の責任を明確にすることが大切なのではないか。
 この機会に、政府や国会が従軍慰安婦問題や強制連行・強制労働など過去の負の遺産について、誠意をもって対処するよう望みたい。政治に過去を償う謙虚な姿勢がなければ、日本の「大国主義化」に対するアジア近隣諸国の懸念をぬぐうことはできない。
 一方、中国には改革・開放路線の一層の推進を望みたい。日本もそのための支援を惜しむべきではないが、天安門事件以降の人権問題、武器輸出の規制といった問題では中国に対して率直にものをいう必要がある。
 また、尖閣諸島や南沙諸島の領有権主張など最近の中国の行動は、アジア情勢を極めて不安定にしていることも指摘しなければならない。
 日中両国の友好関係は、アジア・太平洋地域の平和と安定にとって極めて重要である。同時に、中国が国際社会の仲間入りをするには、人権問題などでより開かれた体制をつくることが前提になる。天皇訪中が、両国の交流をさらに深め、互いに率直にものを言い合える新しい日中関係を築く契機となることを期待したい。
 
 
 
 
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。








日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION