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1992/04/05 毎日新聞朝刊
[社説]トウ小平路線は定着するのか
 
 中国の全国人民代表大会(全人代=国会)が終わった。全人代は毎年開かれているが、今回の第七期第五回会議は、中国の国家建設コースに特別な意味を持った大会として、歴史の記憶に残るかもしれない。
 八九年六月の天安門事件以来、正統的なマルクス・レーニン主義者をもって任じている人々が強い発言力を発揮した日々は、この大会を機に去ったように見える。同事件以前の、資本制生産の手法を大胆に取り入れた改革・開放政策が、再び推進されることが確認されたからである。
 このことは、中国が再び外の世界に向かって、開かれた経済社会体制を築いていく道に踏み出したことを示すものだ。日中関係はもとより、中国と世界各国との協力関係に、明るい展望を開くものとして、国際社会の歓迎を受けるだろう。
 私たちは、中国が開放的な政策を追求することによって、安定的な経済成長を遂げるよう願ってやまない。中国に多額の経済協力を続けている日本にとって、それは国益にも合致する。
 しかし改革・開放政策の再確認が、スムーズに決定したわけではないことに、注意しなければならない。
 李鵬首相が大会に提出した政府活動報告は、トウ小平氏の「肝っ玉を太くして改革に取り組め」との指示に基づいて書かれたが、百五十カ所におよぶ修正が加えられた。首相の全人代報告がこれほど会議場で批判され、修正されたのは例がない。
 トウ小平氏は年初から南部の諸都市を視察して、経済発展に成功している地方指導者の支持を取りつけ、そのうえで全人代、さらには秋に予定されている党大会をにらんで、開放政策の貫徹を訴える挙に出た。
 中央で、トウ小平氏と並ぶ長老の陳雲氏を中核とする、保守的な計画経済重視グループが、開放経済にタガをはめようとしていたのに、危機感を抱いたためとされる。
 たとえ資本主義的色彩が強かろうと、生産を上げ、経済を発展させることで、共産党の一党独裁体制を維持できると、トウ小平氏は考えている。逆に陳雲氏ら保守派は、経済発展よりも、政治思想を引き締めねば共産党支配が揺らぐと考える。
 年初以来の精力的な活動で、トウ小平路線が党中央で勝ちを制し、李鵬首相の報告は、トウ小平氏の指示をまとめた文書に従って作成された。ところが報告からは、指示の重要な柱である「右の危険よりも“左”の危険のほうが大きい」「改革は百年続けねばならない」が抜け落ちていたため、李鵬首相は大会で激しい攻撃にさらされた。
 李鵬首相は、自身の思想もさることながら、保守派長老の突き上げで、トウ小平指示を全面的にのむことができなかったのであろう。
 いまの中国は「八老治国」だといわれている。トウ小平氏、陳雲氏ら革命第一世代に属する八人の老指導者が国を治めている、という意味だ。この「八老治国」には法的な根拠があるわけではない。最高指導者とされるトウ小平氏にしてからが、法的には一共産党員に過ぎず、党内にも政府内にもまったくポストを持っていない。
 ポストは関係ないのだ。長老たちの周辺に集まった保守派の力量は、決して小さなものではない。今全人代では、トウ小平氏の政策路線が確認された。だがそれが定着したのかどうかは、トウ小平氏が舞台を去った後に予想される、新たな政治闘争の結果を見ないと分からないのではないか。
 中国の経済はすでに国際経済に組み込まれており、開放体制を逆戻りさせることは不可能である。だが開放政策の行き着く先が、もし政治の開放であるならば、改革派と保守派の闘争は激烈な展開を見せるに違いない。
 
 
 
 
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