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1990/11/17 毎日新聞朝刊
[社説]つかみにくい中国の政情
 
 アジア競技大会を終えて、中国は落ち着いた国家運営の時期に入るものと期待された。だが、現実の政治・経済状況は波乱含みである。
 中国は今年で第七次五カ年計画を終える。来年からの第八次計画と、今世紀いっぱいを見通した十年計画を、早急に策定しなければならない、というより、すでに計画案が完成していなければならない時期である。
 元来アジア大会終了後に、計画案の審議、採択のために共産党中央委員会総会(十三期七中全会)が開かれるはずだった。だが北京からの報道によると、この会議は年内開催も危ぶまれる状態になっているらしい。
 このように、中国の政治・経済状況が不透明になっている原因は、天安門事件をきっかけに共産党内で起こった、厳しい政治論争にある。
 実体経済そのものは、過去二年間の沈滞から立ち直りつつある。インフレは収まったようだし、工業生産は徐々に伸び率を増している。なによりも農業生産が好調で、食糧生産が史上最高水準に達しているのが、中国経済に安心感を与えている。
 対外経済の面でも、日本が第三次円借款を解禁したほか、欧州共同体(EC)も制裁の部分解除に踏み切った。世銀、日米欧の民間銀行も対中融資に乗り出している。
 だが李鵬首相はこの八日、外国代表団との会見で、中国の基本政策路線を「片方の手で経済建設をつかみ、同時にもう一方の手で社会主義精神文明の建設をつかむ」と説明した。
 天安門事件以来の党内闘争で、イデオロギー重視の最強硬派が優位に立ったとの、在北京観測筋の多くの見方を裏付ける発言でもある。革命の聖地、延安や、故毛沢東主席の生家訪問が改めて盛んになっているともいう。
 しかしこうした政治的雰囲気は、最高指導者、トウ小平氏の指導で進められた、過去十年に及ぶ開放的な経済開発最重視政策と厳しく衝突する。
 アジア大会直後と今月に入ってから開かれた、全国省長会議と中央工作会議で、地方の指導者たちは、李鵬首相が提示した第八次経済計画案に激しく反対したと伝えられている。
 十年間の改革で、中国では市場機能を主とした経済が定着しており、中央の統制力はそう強くはなくなっている。食糧の政府買い付けもせいぜい三割程度であり、設備投資も半分以上が政府の統制外だ。
 とりわけ地方の官僚組織と企業の結びつきは強く、自省の産業保護のため他省産品の流入を禁止するなどの措置がまかり通っている。中央に権力を集中した経済計画を策定しても、果たして実行できるかどうかが危ぶまれるほど、地方の力は強い。
 このような複雑な状況の中で、トウ小平氏の指導力が注目されるが、同氏はこの七月以来顔を見せておらず、健康状態が疑問視されている。最近では、政策観の違う保守派の長老、陳雲氏のほうがむしろ影響力を発揮しているかに見える。
 天安門事件で手を汚していない陳雲氏は、親日派でも知日派でもない。日本の政治的、経済的な中国との緊密な関係は、トウ小平氏指導下の開放的な政策と深くかかわってきただけに、中国の政情は気になるところだ。
 
 
 
 
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