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 表4.3に2次元台風モデル、Masconモデル、これまでの推算手法の対象事例の統計値を示す。統計値は以下の値を示す。
・事例・地点別の海上風の観測値と推算値の48時間の平均二乗誤差
・事例ごと・地点ごとの相関係数
・台風が八代海・周防灘を通過した時間の進路推定誤差(新たな推算手法のみ)
 表は、平均二乗誤差が小さかった手法、相関係数が高かった手法に網掛けを施した。
 新たな推算手法は、T9918、T0418は、相関係数がそれぞれ、0.81、0.70とこれまでの推算手法と比較して高かった。T9612事例は、これまでの推算手法と比較して相関係数は低かったが、0.72とT9918、T0418と同程度の値であった。この3事例は台風の進路推定誤差が約30kmと小さかった。
 一方、T9719、T0416事例は、これまでの推算手法と比較して相関係数が低かった。地点ごとの海上風推算誤差も複数地点でこれまでの推算手法と比較して大きかった。この2事例は、台風の進路推定誤差が100km以上と大きかった。
 以上から、新たな推算手法は、台風ボーガスを投入し、データ同化(ナッジング)することにより、台風進路を制御することができる事例については、海上風の推算精度が向上すると考える。
 
表4.3 5事例の統計値 網掛けは優れている手法
(上:これまでの推算手法、下:新たな推算手法)
 
 
(1)これまでの推算手法の整理
 これまでの推算手法の問題点を、平均台風の解析、個別事例の解析から抽出した。
 平均台風による解析では、衛星観測データから計算した洋上での平均台風は、非対称な構造を持つことが示された。一方、これまでの推算手法は、風速分布が台風中心と最大風速地点を結ぶ線に対して線対称の構造を持っていた。現実の台風には、(1)一般風の鉛直シアーや、(2)対流活動、(3)中緯度帯に特有の前線との相互作用など、様々な原因から非対称性が生じている。このような台風の非対称性を表現するためには、これまでの推算方法には限界があると考えた。
 T9918事例の解析では、(1)衛星観測データと(2)苅田港の海上風観測値により検証を行った。衛星観測データによると、T9918は洋上に存在する時間において前面に強風域を持つ非対称な構造であった。苅田港の観測値によると、T9918は八代海・周防灘を通過する期間においても前面に強風域を持っていた。これまでの推算手法では、洋上でも、八代海・周防灘付近でも前面の強風を表現することはできなかった。したがって、T9918の海上風分布を推算するためには、これまでの推算手法には限界があると考えた。
 
(2)数値予報モデルを使った推算手法の検討
 数値予報モデルを使った推算手法について検討を行った。数値予報モデルは、ペンシルバニア州立大学と米国大気科学センターにより開発されたメソ気象モデルMM5を使用した。
 計算OPTIONの調査では、精度がよく、できる限り計算負荷の軽い計算OPTIONについて調査を行った。その結果、微物理過程は、大領域はSimple ice、中・小領域はGraupel(reisner2)を選択した。大気境界層は、Eta PBLを選択した。積雲パラメタリゼーションは大領域はGrell、中・小領域はNoneを選択した。
 初期・境界値の検討では、大気格子点データ・海水温格子点データについて検討した。大気格子点データは、NCEP、GANAL、RANALについて検討し、RANALを初期・境界値に使用した場合の精度が最もよかった。海水温格子点データは、OISST、Near-goosについて検討し、Near-goosを初期・境界値に使用した場合の方が精度がよかった。
 台風ボーガスの検討では、台風ボーガスを投入した解析値を初期・境界値にして推算することにより、台風進路推定の精度が向上する可能性が示された。
 データ同化(ナッジング)の検討では、台風進路推定は、ナッジング係数を大きくすることで向上したが、1.0e-4以上大きくすると、ナッジング期間終了後の推算精度が悪化した。一方、海上風推算精度は、0.1e-4が最も精度がよかった。海上風や降水量の空間分布から判断し、ナッジング係数は1.0e-4を選択した。
 解像度の検討では、13.5-4.5kmの2領域による推算と、13.5-4.5-1.5kmの3領域による推算の精度を比較した。推算精度は、2領域と3領域とも同程度であったため、計算負荷を考慮し、2領域を選択した。
 
(3)新たな推算手法の評価
 新たな推算手法の評価を、(1)T9918事例の検証、(2)5事例の検証から行った。T9918事例による検証では、新たな推算手法による洋上の海上風推算値は、衛星観測風と同様に台風前面に強風域を持っていた。苅田港の海上風推算結果でも、台風通過前の強風を推算しており、台風の非対称な構造を再現していた。各観測地点の観測値と推算値との相関係数は0.81と新たな推算手法の方が優れていた。
 5事例による検証では、新たな推算手法は、T9612、T9918、T0418など台風進路を制御することができる事例については、これまでの推算手法と比較して、推算精度は向上した。
 
(4)課題
 本研究で検討した数値予報モデルを使った推算手法には、以下の課題があった。
・台風が強い勢力を保っている期間において、ベストトラックと比較して気圧深度が浅かった。
・事例によって台風進路を制御することができない事例があり、制御できない事例では推算精度は向上しなかった。
 したがって、今後は以下の検討を行う必要がある。
(1)気圧深度の再現性向上を目的とした、精度の高い台風ボーガスの検討
(2)あらゆる台風の進路の制御を目的とした、高度な同化手法の検討
 
参考文献
 
1)大澤輝夫, 2001: メソ気象モデルと台風ボーガスを用いた伊勢湾台風時の風の場のシミュレーション, 海岸工学論文集, 第48巻, pp.281-285
2)吉野純, 2003: 中緯度帯における台風の温帯低気圧化過程とそのメソスケール構造に関する数値的研究, 京都大学大学院理学研究科学位論文
3)岡田弘三, 2000: 高潮を起こす気象の場とそのモデル化, 月刊海洋Vol.32, pp.735-742
4)日本気象協会, 2000: 浅海域(周防灘海域)における波浪推算手法の高度化調査
5)日本気象協会, 2000: 衛星観測による台風時の波浪と海上風特性の調査研究(その2), 日本財団助成事業
6)高山知司, 2000: 台風9918号による広島湾内の高潮とその再現 台風9918号に伴う高潮と竜巻の発生・発達と被害発生メカニズムに関する研究, 台風9918号に伴う高潮と竜巻の発生・発達と被害発生メカニズムに関する調査研究, pp.1-16
7)上野充, 2000: 数値モデルによる台風予報, 気象研究ノート(第3章), 第197号, pp.131-286
8)気象庁技術報告 第122号 1999年台風第18号高潮災害調査報告(1999)
9)Roux, F., and N. Viltard, 1995: Structure and evolution of Hurricane Claudette on 7 September 1991 from airborne Doppler radar observations. Part I: Kinematics. Mon. Weather Review, Vol 123, pp.2611-2639.
10)A. Davis and Simon Low-Nam, 2001: The NCAR-AFWA Tropical Cyclone Bogussing Scheme A Report Prepared for the Air Force Weather Agency
11)Simon Low-Nam, and Christpher Davis: Development of Tropical Cyclone Bogussing Scheme for the MM5 system National Center for Atomospheric Research Boulder, Colorado
12)Y.-R Guo: Testing of Newtonian Nudging Technique in Data Assimilation on the Meso-Beta-Scale, National center for Atomospheric Reserch Boulder, Colorado
13)John Nielsen-Gammon, 2004: Performance Evaluation of Profiler Nudging in the MM5 Meteorological Model A Report to the Texas Environmental Research Consortium and the Texas Commission on Environmental Quality
14)Qginong Xiao: Assimilation of Doppler Radial velocities using a regional 3D-Var system and its impacts on mesoscale weather prediction over the Korean Peninsula, Thirteenth PSU/NCAR Mesoscale Model Users' Workshop







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