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せとかぜ 発行 平成17年2月10日 第52号
プレジャーボート海難の再発防止に向けて
●発航前の機関・船体点検不十分が海難原因となった事件● 第6回
―海難審判庁「プレジャーボート海難の分析」2002.6から―
 
 平成8年から5年間のプレジャーボート海難審判で、発航前の準備不足によるもののうち、「機関・船体点検不十分」として、モーターボート7件、ヨット1件、手こぎ1件の9件の海難の審判が行われています。今回は発航前の「機関・船体点検不十分」についての分析結果・海難の再発防止の提言を掲載します。本審判は数多くの海難のうち、社会的影響の大きい事件について行われたものですが、その分析・提言は再発防止に大いに参考になります。
【事務局】
【発航前の機関・船体等の点検不十分が海難原因になった事件】
1 海難発生の状況
 発航前の機関・船体等の点検不十分は、直接的には運航阻害(航行不能)が多いが、座礁・転覆に至るケースもある。
 発航前の機関・船体等の点検不十分が海難原因となったモーターボート7件のうち、4件が航行不能となり、転覆、座礁、機関損傷が各1件であった。
2 事例分析
(1)発航前の燃料油量等の確認・点検不十分が海難発生にかかわった事件
ア 事例
 
事例―1 燃料切れで航行不能
確認状況 モーターボートの船長は、回転数3,000で1時間当たりの燃料消費量が20〜23リットルであることを認識していたが、燃料計の指示に対する実量及び燃料タンクからの吸引不可能量を把握していなかったので、前日の経験から予定の釣り場往復の燃料消費量は燃料計の2目盛分で、現状で2目盛分以上あるので十分と思い、燃料を十分に保有しなかった。
発生に至る概要 平穏な海上模様で予定の釣り場往復に必要な燃料は40リットルであり、出航時、燃料タンクの残量は58リットルで、予備燃料缶が空であった。天候不良などによる燃料消費量増加、燃料タンクの吸引不可能量などを考慮すると復航時に燃料切れになるおそれがあったものの08時45分出航し、09時55分釣り場に着いて釣りを行い、15時釣りを終えて帰途に就き、向かい風が強く白波が立つ海上を進行中、16時30分燃料切れとなって主機が停止した。
確認すべき事項 天候不良などによる燃料消費増加量などを考慮して、燃料を十分に保有すべきであった。
 
事例―2 燃料切れで航行不能
確認状況 モーターボートの船長は、燃料計の指示に対して保有量が比例的でないことを漠然と感じていたが、同タンクの形状や燃料系の指示に対する同タンクの保有量を把握していなかったので、出航時、早朝のためマリーナで燃料を補給できなかった際、燃料計が4分の1の線付近を指して居たので、かって燃料補給をしたことのある途中の漁港まで航行できると判断し、同漁港までの航海に必要な燃料が搭載されていなかった。
発生に至る概要 06時マリーナを発航し、主機を毎分回転数2,200にかけ20ノットの速力で進行中、07時30分燃料不足により主機が停止した。
確認すべき事項 燃料不足にならないよう、燃料系の指示に対する燃料タンク保有量を把握しておくべきだった。
 
事例―3 燃料切れで航行不能
確認状況 モーターボート船長は、船外機を取り付けた際、燃料が十分に入っているものと思い、船外機付燃料タンク内の油量を十分に確認せず、燃料がほんのわずかしか残っていないことに気付かなかった。
発生に至る概要 携帯用燃料缶を積み込まないまま15時45分発航し、沖合いで錨泊して釣りを行い、移動の目的で船外機を始動したところ16時45分燃料切れで同機が停止した。
確認すべき事項 燃料不足を見逃すことのないよう、船外機付燃料タンク内の油量を十分に確認すべきであった。
 
事例―4 燃料切れで航行不能
確認状況 もっぱら機走のみでクルージングを行っていたヨットの船長は12ノットの全速力で燃料タンク1個分の燃料で1時間半の航行が可能であること及び船首から風潮流を受けると速力が大幅に低下することを知っており、航程が往復で13海里ばかりであるから、常用タンクの燃料で足りると思い、予備タンクの油量計をみるか、給油口から同タンクの内部を見るなどして、同タンクの油量確認を行わず、予備タンクの残量が皆無であることに気付かなかった。
発生に至る概要 19時30分発航し、目的地に至って適宜機関を使用しながら、花火大会を見物し、20時40分帰途に就き、強い逆潮を船首からの風を受けて進行中、22時20分燃料切れで船外機が停止した。船長は予備タンクを使用することとしたが、残油が皆無で機関を始動することができなかった。
確認すべき事項 発航準備に取り掛かる際、船首方向からの風潮流を受けること、速力が大幅に低下することを知っていたのであるから、燃料切れとならないよう、常用タンクとは別に予備タンクの油量確認を行うべきであった。
 
事例―5 燃料切れで航行不能になり岩場に乗り上げ
確認状況 モーターボートの船長は、前日タンクローリーから左舷側の燃料タンクに軽油200リットル補給した際、共通管で連結されている両舷の燃料タンクが均等にならないうちに、左舷側燃料タンクの油面計だけを見て油面が300リットルの目印まであったことから、前航の残油量と合わせて両タンクの合計燃料油量が、釣り場を往復するのに十分な600リットルぐらいあるものと思い、発航時に燃料タンクの油面計を見て燃料油量の確認を十分に行わなかったので、当初予定した2箇所の釣り場のうち遠方の釣り場を往復するのに十分な燃料を搭載していなかった。
発生に至る概要 05時40分係留地を発航して釣り場に向かい、途中海上模様が穏やかであったので遠方の釣り場に向かうこととし、08時予定の釣り場に至り、漂泊と潮上がりを繰り返して釣りを行った。
13時40分移動の目的で発進し、20ノットの速力で進行中15時30分主機が突然停止した。その後、錨泊して携帯電話で友人に燃料運搬を依頼した後、増勢した風浪を受け、錨索が切断されて圧流され、18時50分島の岩場に乗り揚げた。
確認すべき事項 発航するにあたり、海上の気象状況によっては遠方の釣り場に変更することを予定していたのだから、変更しても必要な燃料が十分あるかどうか、燃料油量の確認を十分に行うべきであった。
 
事例―6 燃料切れで航行不能
確認状況 モーターボートの船長は、出航前、主機の潤滑油量及び冷却水量は確認したものの、前回主機を運転したあと燃料タンクに補給しなかったことを失念して同タンクに燃料油が十分に入っているものと思い、燃料タンクの油面計を見て油量を確認せず、残油量が10リットルしかないことに気付かなかった。
発生に至る概要 07時30分発航し、釣り場に至って主機を停止して釣りを開始し、その後数回潮上がりをしたのち、14時釣りを終えて帰途に就き、全速力で進行中、14時02分燃料切れで主機が停止した。
確認すべき事項 出港するにあたって主機を始動する際、航走中に燃料油系統が空気を吸引して主機が停止することのないよう、燃料油タンクの油面計を見て油量を確認すべきであった。
 
事例―7 潤滑油で航行不能
点検状況 モーターボートの船長は、船尾に取り付けたまま斜めに倒してプロペラ部を持ち上げた状態(チルドアップ)で7ヶ月係留されていた船内外機のアウトドライブユニットを航行の用に供する際、油面検査棒を抜き出して付着した潤滑油を点検することにより、潤滑油中の水分混入の有無を知ることが可能であったが、同船を購入した2ヶ月前にアウトドライブユニットは整備されているものと思い、潤滑油を点検しなかったので、油面計取り付け部のゴムパッキンが経年劣化して雨水などがケーシング内に浸入していることに気付かなかった。
発生に至る概要 06時30分かも猟の目的で発航して沿岸を航行し、その後、かもが見当たらないことから、帰航することとして進行中、アウトドライブユニットの潤滑油がケーシング内部に侵入していた雨水などと混合して乳化し、各部の歯車や軸受が潤滑不良となり、08時10分軸受が焼損してプロペラが停止した。
点検すべき事項 長期間係留されていたモーターボートの船内外機アウトドライブユニットを航行の用に供する場合、潤滑油に水分が混入していると、航行中に同油が乳化して各部歯車や軸受が潤滑不良となる恐れがあったから、発航前に同ユニットケーシングの油面検査棒を抜き出して油中の水分混入の有無を点検すべきであった。
 
イ 事例における海難発生から救助に至る状況
 海難発生後、携帯電話で救助を依頼して無事に救助された例が多い。
 発航前の燃料油量等の確認・点検不十分が海難原因となった7件は、すべて機関が停止して航行不能になっている。7件中5件は携帯電話による連絡手段を有していたことにより、海上保安部に連絡し、巡視船艇及び海上保安部の依頼で救助に向かった漁船に救助されている。
 連絡手段を持たない2件は、錨泊し、救助を期待して待っていたところ、家族等からの捜索依頼によって捜索中の巡視船及びヘリコプターに救助されている。事例においては、71%の船が携帯電話の連絡により救助されていることから、携帯電話は救助を求める媒体として相当の有効性があることがうかがえる。
 携帯電話での連絡手段を確保するためには、事前の十分な充電と防水対策(防水パックの使用など)を行うことが重要です。
 事例のいずれも人的・物的損害は発生していないが、天候などの気象・海象次第では人身事故につながった可能性があり、これら発航前の機関・船体の確認・点検は非常に重要であることは言うまでもないことである。
 
ウ 事例分析
 「余裕を持った十分な」燃料を搭載せずに航行不能となった例が多い。
 上記の事例によると、発航前の燃料油量等の確認・点検に当たり、
(1)自船の燃料計から利用可能な保有燃料の量を把握する方法に関する知識の不足(3件)
(2)残りの燃料油が十分にあるとの思い込みによる発航前の確認・点検行為の省略(3件)
(3)潤滑油などの機関に関する基礎知識の不足(1件)
 から生じたものである。
 また、気象・海象状況の変化等により、航程や航海時間が長くなることが予想される海上においては、どのような変化にも対応して安全に帰航できるよう、十分な燃料を搭載する必要があるとの認識が不足していたことが発生の一要因になっている事例もある。
 
[燃料搭載量(リットル)]
={(1時間あたりの燃料消費量(リットル)×航海時間)}+予備量(リットル)
[燃料搭載量(リットル)]
={(航海距離)÷(1リットル当たりの航走距離)}+予備量(リットル)
注:いずれも航海速力を基準とする。気象・海象状況や速力の増減によって燃料消費量は大きく変化する。
 
(2)発航前の船底プラグの締め付け点検不十分が海難原因となった事件
 陸置きの船を浮かべる際、船底プラグの閉栓確認をせずに転覆が発生
ア 事例
 
事例―8 船底プラグが脱落して海水が浸入
点検状況 船長は、台車に乗せたモーターボートを海上に浮かべる際、船尾外板に設けられた船底プラグが脱落することはあるまいと思い、同プラグの締付点検を十分に行わなかったので、10日前に船体整備を行って同プラグを復旧した際に十分に締め付けられず、同プラグが緩んだままの状態であることに気付かなかった。
発生に至る概要 10時30分発航して釣り場に至り、錨泊して釣り中、船体が沈んだ状態であることに気付き、船尾部の燃料庫を点検したところ、船底プラグが脱落して各庫に浸水しているのを認め、帰途に就き、排水をしながら進行中、12時30分機関が停止し、船尾から海水が打ち込んで大傾斜し、復原力を喪失して転覆した。
点検すべき事項 台車に乗せたモーターボートを海上に浮かべる際、船底プラグの締付点検を十分に行うべきであった。
 
イ 事例分析
 陸上保管の艇を海上に浮かべるとき、船内への浸水を防止するため船底プラグが確実に閉鎖されているかを確認することが重要であるが、知識不足のためその行為に至らなかったものである。
 
【発航前の準備不足が海難発生にかかわった事件からの提言】
提言 海と仲良くお付き合いするには、まず発航前の準備の重要性を認識することから!
 発航前の準備行為不十分が海難を招いたケースの大部分は知識不足からその重要性について過小評価し、準備行為を怠ったものが最も多い。
 発航前における準備行為は、海図等による水路調査にせよ、気象・海象情報の入手にせよ、機関・船体の確認・点検にせよ、その重要性を理解・認識して適切な教育・指導を受けさえすれば、十分な乗船経験を積むことができないプレジャーボート船長であっても必要な知識や技能は比較的容易に習得できるものと考えられる。
 発航前の各種点検及び確認は、航行組織体として運航している大型船等に乗船している海技従事者のなかでは教育・指導がなされ遵守励行をされているがプレジャーボート船長における発航前点検等に関する知識や技能の習得は、単独操船が多いことなどから技術等の継承が困難で、また、自力での技術・ノウハウに関する情報収集には限界がある。
 したがって、プレジャーボート船長は発航前の準備行為について、その重要性を理解し、必要な知識・技能をあらゆる機会を利用して修得することが重要である。
 なお、発航前の十分な準備により万全な状態で航海することは、不測の事態に陥る可能性を減じさせ、たとえ陥ったとしても十分対処できるだけの心理的余裕を確保させる効果があるものと思われる。不本意ながら航海経験の少ないプレジャーボート船長にとっては厳しい条件下での航海を強いられ、極度の心理的ストレスの中で見張り不十分等の認知エラー・判断エラーにより引き起こされた海難の中には、周到な発航準備をすれば海難にまで至らなかった可能性があったと考えられる。
 
 小型船舶の安全航行のため、「安全航行十則」が広く啓蒙されておりますが、海上安全十五訓は、(社)関東小型船安全協会副会長の三鬼博明氏が長年の経験を基にして作られたもので、(社)九州北部小型船安全協会発行の広報誌に掲載されたものを同氏のご了解を得て転載しました。
 同氏は、多年にわたり小型船舶の海難防止と安全思想普及に尽力され、平成12年7月に内閣総理大臣表彰を受賞されております。
 二番目の「船には何時も無線機携行」は、瀬戸内海では「船には何時も十分に充電し、防水パックに入れた携帯電話機携行」でも役立つと思われます。
【事務局】
海上安全十五訓
一、引き返す勇気を持て
一、船には何時も無線機携行
一、自然は情け容赦ない
一、天気は予報通りとは限らない
一、地域の天気予報を重視せよ
一、遊びに無理は絶対禁物
一、自然と遊びは間を取って
一、見張りは何時も慎重に
一、居眠り飲酒事故のもと
一、大きい船には近寄るな
一、横切り航法後ろを回れ
一、権利、義務より安全第一
一、ライセンスは資格の証
一、航海は忍耐である
一、待てば海路の日和あり







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