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(2)講習会の成果
 今回の講習会の成果は以下のようにまとめることができる。
(1)広汎性発達障害についての基礎理解の促進
 上記のまとめにあったように、広汎性発達障害が、自閉症スペクトラムという連続体(スペクトラム)として理解していくことの必要性を始め、社会性の障害、コミュニケーションの障害の、3つの基本障害から定義づけられることなど、非常に基本的な診断概念についての研修が必要とされるような、国内の専門家の現状であり、今回の講習会はそうした欠けている研修領域において重要な研修の機会を提供した。
 会場ごとでの内容のバリエーションはあるものの、診断のもつ意義については、一貫して取り上げ、診断が遅れた場合に二次障害のリスクが増大することなどの基本的な研修を行った。また、乳幼児期の広汎性発達障害の発達経路や行動特徴などについても詳細に講義を行い、広汎性発達障害の基礎理解の促進を行った。
 
(2)広汎性発達障害の行動バリエーションについての理解の促進
 広汎性発達障害がPARS項目にあるように、行動特徴は特有でありながら、一見するとさまざまな行動項目から把握されることについての理解を促進した。
 実際の診断基準であるDSM-IVやICD10の診断項目は公開されていても、それをどのような具体的な項目からなるのか、あるいは診断のもつその後の発達支援における意義などを実際に効率的に研修する機会に乏し。そうした意味では、今回のような、具体的な項目について、実際の頻度分布や、行動ごとの意味付けについて研修することは大きな意味があったと考えられる。特に、ある単一の項目があれば即自閉症・広汎性発達障害特有の困難度があるわけではなく、発達全体のなかで、一定の項目群に連動した行動特徴が見られた場合に、広汎性発達障害の障害特性があることの理解を促進することができたと考えられる。
 
(3)実際の広汎性発達障害特有の困難さの把握の仕方
 発達障害者支援法が4月に施行され、広汎性発達障害が公的に障害と認められるようになってきた。しかし、実際のサービスの上で、障害者自立支援法などでは、広汎性発達障害特有の困難さを評価する視点は存在せず、適切な支援を困難にしている。PARSなどの評価ツールを活用することで、実際のサービスにおいて、広汎性発達障害特有の生活の困難性を明らかにすることができれば、適切なサービスを提供することを可能にできると考えられる。そうした意味で、広汎性発達障害を把握できるツールの存在は重要であることが認識されたであろう。今回の講習会によって、広汎性発達障害の支援が充実する契機になることが期待できる。
 
 自閉症障害・非定型自閉症を含む特定不能の広汎性発達障害・アスペルガー障害(または症候群)など、広汎性発達障害としての困難さを抱えている人たちには、一色では括りきれない多様性がある。それは、広汎性発達障害自体の濃淡だけでなく、合併する知的障害や感覚知覚障害の程度、広汎性発達障害に由来する行動特徴に対する様々な社会的誤解に晒されてきたことによる育ちの問題、そして二次障害的に併発してくる精神科的問題といった、多くの要因がその症状を構成するからである。そのため広汎性発達障害の困難さに苦しむ多くの人たちが、既存の医療・福祉・教育・就労の障害者支援のセイフティーネットからこぼれ落ちてしまっている。平成16年12月3日に成立した発達障害者支援法は、既存の障害者支援の枠組みから漏れてしまっている人たちに対する支援を社会全体で考えていくべきであることを謳ったものである。そして私たちの作業として、PARSの作成と発達障害者支援法成立への運動は重なり、連動していたのである。
 PARSは広汎性発達障害全体を視野に入れた評価尺度であり、広汎性発達障害を抱えている人たちの多様性を考慮しつつ、広汎性発達障害を抱えているが故の困難さを把握することを目的に作成された。この評価尺度に底在する精神は、まさに発達障害者支援法に謳われる哲学と直結しており、支援の対象とは見なされていない人たちに光を当てようとするものである。広汎性発達障害の特性は、決して一般の人たちに理解困難な類のものではない。しかしその特性は、人間の日常行動に対する私たちの常識的理解と抵触する側面があるため、その困難さの本質的理解には「私たちの常識の転換」が必要なのである。実際、周囲の者たちが自らの常識の転換ができないために、広汎性発達障害による困難さを抱えながらそれとは気づかれない人たちが数多くいる。それは広汎性発達障害の子どもが周囲から「わがまま」や「自分勝手」といったレッテルを貼られ、適切な支援を受けられないだけでなく、社会的な圧力に晒されてしまうといったケースが数多くあることに端的に表れている。そしてそういった状況は、虐待や不登校といった現在の子どもを取り巻く社会問題と発達障害とが連関しているという事実につながっている。いま必要なことは、社会的不適応を示している眼前の人が「広汎性発達障害としての困難さを持っているか否か」を周囲にいる人たちが把握する(気づく)ことである。PARSはそのための評価尺度であり、就学前・学童期・思春期以降というライフステージに渡って利用可能なものである。医療・福祉・教育・就労などの各領域で広汎性発達障害としての困難さがPARSによって適切に把握され、適切な支援の必要性がすべてのライフステージにおいて認識されることを通じて、発達障害支援法に掲げられている「発達障害支援における行政の責務」が十全に果たされるためのシステムが充実されることを私たちは望みたい。
 ところで現在、障害者自立支援法の成立に向けての動きが急ピッチで進んでいる。しかしそれはいわゆる3障害のみを対象とし、発達障害支援については「現行の障害者福祉システムの援用」という旧来の不備をそのままスライドさせるものである。その意味で障害者自立支援法と発達障害者支援法とはまったくその哲学を異にしている。発達障害者支援法の必要性と哲学が妥当であることは明らかであるが、それを具体的な支援に結びつけていくためには、さらに着実なエビデンス(証拠)の積み上げに基づいて、発達障害者支援の必要性を誰もが無視できない形で表現していくことが必要となっている。PARSは、その作業を行っていく過程で大きな役割を果たすものとなるであろう。







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