海の子ども文学賞部門佳作受賞作品
海のでんわにきをつけろ
渡辺 ふき乃(わたなべ・ふきの)
本名=渡辺真理子。一九五〇年、福岡県生まれ。名古屋市内の短大を卒業後、結婚して千葉県に移り住む。専業主婦。千葉県千葉市在住。
いない。
学校からかえってみたら、チロのすがたが、くさりごと犬小屋からきえていた。もちろんぼくは、ランドセルをおくと、すぐにチロをさがしにいった。
「チロ! チロ!」
よびながらさがす。すれちがった近所の人が、
「あら、チャーくんちのチロは、また行くえふめいなの?」
わらいながら声をかけてきた。
いつのまにかというか、なんとなくというか、港にでていた。魚市場のほうへは行かず、浜にむかう。じゃまにされながら魚のにおいをかぎまわっているチロより、砂浜をかけまわっているチロのほうが、らしいもんな。
見とおしはいい。チロはいそうにない。
ねんのため、うちすてられてある、くちた船のかげをのぞいてみた。う。ごみの山だ。
いったいだれがはこんできて、すてていくんだか。まわりも、あきびん、あきかん、ビニールぶくろだらけだけど、船のかげは、とくにひどい。ポット。小型テレビ。くつ。カバン。かさ。あれ、このカレンダーつきのおき時計、かざりのところがこわれてるけど、まだうごいてら。
あっちへ行こうとして、
――おや?
ぼくは足をとめていた。
――あれもごみか?
ごみの山から、わずかにはなれたところ。でんわが一台、すててある。ブルーのシンプルなデザインで、ごみにしちゃきれいだ。
――きれいでも、こわれたから、すてられたんだろうな。
と、ここまでながめていてぼくは、なんでそのでんわが気になったのか、わかった。
コードだ。でんわきのうしろから出ている、線。
コードが、切られても巻かれてもいなくて、のびているのだ、まっすぐに。ブルーのでんわきのコードは、まっすぐにのびて砂浜をつっきり、そして、海の中へときえているのだった。
――ひょっとして、つながってるのかな、このでんわ。まさかね。
なにげなく、じゅわきをとって耳にあてた。
とたん、だ。
ダイヤルボタンもおしてないのに、じゅわきからは、いそがしそうな男のひとの声がきこえてきたのだ。
「あ、今から? じゃあそこにいて。すぐにむかえにいかせるから」
ガチャ。
でんわは一方的にきれた。
どういうことだろう。
むかえにくるって、だれが。
きたらぼく、どうすればいいんだ。
いきなりだった。
ザブーン!
えっ、と思ったときには、もう、大波が頭の上。さけぶまもなく大波は、ぼくをのみこみ、ひいていったのだった。
ぐ、ぐるじ〜。ぼくはむちゅうでもがいた。グルグルグルグル・・・からだが、まわりながら落ちていく。やがて、
ケポッ・・・
というかんじで、ぼくは、大波からはき出された。
ふりかえると、すでに波はあとかたもない。おかしなことにぼくは、髪も服も、どこもぬれてはいなかった。前を見ると・・・。
おもわず、ひいた。
事務所のようなそのへやの中は、タコだらけだったのだ。
ホワイトボードになにか書きこんでいるタコ。パソコンにむかっているタコ。でんわちゅうのタコ。そして、ぼくがひいたように、タコたちのほうでも、みな、コチコチになってこちらを見つめている。
いちばん奥の席にすわっていたタコが、舌うちをしながら立ちあがった。
「始末書じゃすまないぞ。めんどうなものをつれこみやがって」
するとその横の、ひじかけいすにすわっていたタコが、メガネをはずしてふきはじめながら言った。
「まあまあ。波をせめてもしかたがないよ。波は、いわれたとおりにしたまでなんだから」
それからメガネのタコは、メガネをかけなおし、口がきけずにいるぼくにむかって、イボイボの手だか足だかをふりたててみせた。
「人間のぼうや。いけないね。でんわをイタズラしては」
「し・・・してません!」
ぼくは、ひっしで声をしぼりだした。無実を主張しておかなくちゃ、このへんなタコたちになにをされるかわからない。
「ぼくはただ・・・」
「いいわけはけっこう」
舌うちダコがイライラとさえぎった。
「きみはわれわれに大きなそんがいをもたらした。いったいどうするつもりだ」
どうするつもりだときいたくせに、舌うちダコは、ぼくが、
「どうするといわれても」
と言いかけると、またぼくの声をイライラとさえぎるのだった。
「われわれが待っていたのは、まぬけな人間のこどもなんかじゃない。ゆうしゅうなタコの仲間だ。見てわからんかね。われわれはいそがしい。イカの手をかりたいぐらい、いそがしいのだよ」
そのことばでハッとわれにかえったように、タコたちは、キイボードをたたいたり、電卓をはじいたりして、はたらきはじめた。なるほど。タコは八本、イカは十本か。なんて、かんしんしているばあいじゃない。
「わたしたちが待っていたのは、魚市場から脱走してきたタコだ」
メガネダコがせつめいしてくれる口ぶりになった。
「すばらしくゆうしゅうで仕事がはやいと、ひょうばんのタコでね。かれさえうちにきてくれれば、のうりつがグーンとアップすること、うけあいだ。だから、でんわがありしだい、むかえにかけつける手はずになっていたんだよ」
タコの、ためいき。つい、
「・・・ごめんなさい」
と言っちゃったけど、どうしてぼくがあやまらなくちゃいけないんだ?
「まあいい」
メガネダコは立ってきて、ぽんぽんと、ぼくのかたをたたいた。
「きみもきいてのとおり、うちは手がたりない。きみでも、いないよりはマシだろう。脱走してきたタコがみつかるまで、かわりにここではたらきなさい」
なにをしてはたらくのかなんて、きくひつようもなかった。メガネダコがそう言いおわったとたん、あちこちからぼくに用を言いつける声がとんできたからだ。
「これ百まいコピーしといて」
「スクラップしといてね」
「これファクスでおくっといて」
ふうっ・・・。
ぼくは、タコにこきつかわれる人間なんてぼくだけだよな、とボヤきながら書るいを百まいコピーし、十まいずつわかるように向きをかえて、かさねた。それがすむと新聞をスクラップし、あとでわからなくなっちゃうとタコたちがかわいそうだから、そばにあった赤ペンをかりてスクラップに日づけを書きこんだ。それからファクスをおくって、ちゃんととどいたかどうかたしかめようとでんわを・・・きゃっ!!
「なにやってんのよッ」
いきなり書るいをとりあげられたのだ。
「モタモタ、モタモタしちゃってさ。ぜんぶいっしょにできないのッッ」
「ぜんぶって・・・」
「コピーとりながらファクスおくって、そっちの手でスクラップして、べつの手で・・・」
くちべにをぬったタコがふとだまった。ぼくが人間で、手が二本しかないことに気がついたみたいだった。くちべにダコが、かんしゃくをおこした。
「んもー、ほんとうに、やくたたずなんだからっ。人間なんていらない。となりでつかってもらいなさい!」
ぼくはとなりのへやへいった。
となりのへやは、スタジオだった。
うん、これなら、いけるかも。なにしろぼくの、しょうらいのゆめには、ミュージシャンもはいっている。
きかいをいじっていたタコが、ヘッドセットをはずしてぼくを見あげた。
「きみ、楽器は」
「ピアノをしょうしょう」
よかった。おねえちゃんにくっついてレッスンにかよっといて。
タコはすごくまんぞくそうにうなずいて言った。
「けっこう。では、スタジオの中にはいって。世界じゅうの海底にながす音楽をろくおんするんだから」
ぼくははりきってスタジオにはいった。
ピアノのほかにも、カスタネットやリコーダー、ドラム、タンバリン、ハーモニカ、トライアングル、ギターなんかがおいてある。
マイクをつうじてタコの声がきこえてきた。
「では、ろくおんをはじめます」
ぼくはびっくりしてきいた。
「ほかのみなさんは」
「ほかのって、えんそうしゃは、きみひとりだよ」
「このがっきを、ぜんぶ、ぼくひとりで?」
「あたりまえだろ」
「できるわけありませんよ、そんなこと」
「なに言ってるんだ」
ヘッドセットをはずして、タコがスタジオにはいってきた。
「こうやるんだ、見てろ」
言うなりタコは、八本の手足をつかい、きように、えんそうをはじめたのだった。
そりゃあみごとなえんそうだった。えんそうというより、ダンス。おわるとぼくは、おもわずはくしゅをしていた。
「わかったかい。さあ、やってみな」
「できません」
ぼくは、となりのへやに、おいやられた。
「となりのへやでダメなら、きみのいくところは、もうないからな」
ということばとともに。
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