(57×121.6cm)
江戸時代末期〜明治初期頃
沼名前神社には絵馬堂があり、数多くの絵馬が奉納されていたが、昭和47年の大洪水で倒壊し流失した。その中から15点が泥の中からよみがえった。しかし残念ながら、ほとんどの絵馬が大きく剥落などをしている。
この絵馬は鞆の商人6人の連名で奉納されている。この奉納者は、幕末頃の鞆の商人であり、よく分からないが商いに関係した六人衆であり商人同士の繋がりを知ることもできる。奉納者の始めにある大坂屋万右衛門は、かなりの大商人であり、一人でこの絵馬を奉納するには十分な財力をもっていたと思われるが、あえてこの六人で奉納した意味が注目される。
作者は、落款により幕末から明治初期にかけて活躍した絵馬師の吉本善京と分かる。この善京は、版画等を絵馬に貼る技法を考案し、大量に絵馬を制作したことで知られている。本作は、ほとんどの紙がはがれていてよく分からないが、版画でなく手書きの紙を板に貼り作られている。善京は紙に手書きのものを経て版画の手法に至ったのかもしれない。
本作は、作者と奉納者から江戸時代末期から明治初期のものと分かる。当時、鞆には多くの北前船等が出入りし、活気を呈していたこともうかがえる。
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