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沖ノ鳥島におけるサンゴの分布と底質の状況に関する短報
(株)テトラ テトラ総合技術研究所 環境・生態研究部長 綿貫 啓
 
1.はじめに
 沖ノ鳥島の小島は地球温暖化による海面上昇によって水没する危機にある。前回の調査に参加された大森信博士(東京海洋大学名誉教授)や茅根創博士(東京大学助教授)はサンゴ礁の生物を増やすことで、沖ノ鳥島に州島を作る提案をしている。私も同様な視点で、生物生産を人為的に加速することで砂礫を作り、州島によって誰もが認める「島」の創造を考えていた。今回の調査に大森先生らが参加できないことを知り、急遽、参加させていただくことになった。視察の機会を与えてくださった日本財団および大森先生に心から感謝するとともにお礼を申し上げる。
 調査のねらいは、州島の形成にとって重要である成長の早いミドリイシサンゴの分布を把握することと、底質を採取しその中に占める有孔虫起源の砂の割合を把握することである。特に、サンゴについては1998年に沖縄をはじめ世界各地で高水温による白化現象が発生し、沖ノ鳥島でもサンゴが衰退していることが危惧される。そこで、建設省によって1988年に実施されたサンゴの分布調査1)の側線(図1)と同じ測線上でサンゴの被度を測定し比較することとした。
 なお、現在、採取したデータを解析中であるので、この報告では、現地で得た情報を速報的にまとめることとした。今後のデータ解析の結果と多少異なる場合はご容赦願いたい。
 
2.調査方法
2-1.サンゴの分布調査
 1988年に実施された調査は沖ノ鳥島上に南北に8ラインを設定し、ライン上のサンゴの被度調査を実施している。今回の調査は2日間と限定された条件であるため、サンゴが多く分布していたL-4、サンゴの分布に変化のあるL-6を選定し、この測線に沿って目視観察による被度調査を行った。各ラインの設定についてはハンディGPSにあらかじめ座標を入力しておき、現地ではGPSで船を誘導し、ライン上の数点に旗を設置した。
 
図1 サンゴ類分布概略図と調査測線1)
 
1)広範囲にわたる被度調査
 スキンダイビングでL-4とL-6ラインにそってGPSを持ちながら海面上を遊泳し、サンゴの属レベルでの被度の測定、写真、ビデオ撮影を実施した。両ラインともサンゴが分布し、かつ遊泳できる範囲内とした。28日の午前にL-4、午後にL-6の調査を実施した。
 
2)ライントランセクト調査
 L-4ラインの北側、中央、南側の3カ所の海底に30mのラインを南北に張り、ライン上に分布するサンゴの種とライン上に占める長さを測定した。29日の午前に3ラインのライントランセクト調査を実施した。
2-2.底質分布調査
 有孔虫の分布を見るため上記のサンゴの被度調査時に砂を採取した。この砂は母船上でホルマリン固定し、持ち帰り実体顕微鏡での観察等を実施するものとした。また、粒径分布を把握する目的で、ライントランセクトを実施した3地点で砂礫を採取し、実験室に持ち帰りふるい分け試験を実施することとした。
2-3.端艇水路付近の砂質厚調査
 礁池内の砂が端艇水路(リーフ開口部)から流失しているのではないかとの仮説から、水路の礁池側の砂層厚を測定することにした。しかし、調査に先立ち横井氏が水中ビデオを曳航して調べたところほとんど砂がないことが判明したので、観測所基盤の端艇水路側の海底の状況を潜水により目視観察を行った。
2-4.北小島周辺の海底観察および底質採取
 北小島周辺には砂礫が堆積していることから、底質を採取した。ふるい分け試験を実施中である。また、北小島周辺にはマット状の藍藻と見られる藻類のターフが形成されていたので採取して同定することにした。さらに、北小島の北方の海底の状況も観察した。
2-5.タイドプールの観察
 地図上ではあまり明らかではないが、沖ノ鳥島の南岸には数カ所のタイドプール(潮だまり)が存在する。その形状を把握するため、目視観察と写真撮影を行った。
 
3.調査結果の速報
 現在、データ解析を進めているので、ここでは、定性的ではあるが、調査時のメモをもとにした報告をする。
3-1.サンゴの分布
 建設省の調査によると、1988〜1993年度までの目視観察で確認された造礁サンゴの種類は、イシサンゴ類11科24属57種、ヒドロサンゴ類1科1属3種の計12科25属60種である。出現頻度の高い種は、ミドリイシ属(Acropora spp.)、コモンサンゴ属(Montipora spp.)、ハマサンゴ属(Porites spp.)、キクメイシ属(Favia spp.)、トゲキクメイシ属(Cyphastrea spp.)、ハナヤサイサンゴ属(Pocillopora spp.)およびアナサンゴモドキ属(Millepora spp.)などであり、被覆面積はいずれも長径で30cm程度と小型種が多く、比較的大型の種では、ハマサンゴ(Porites tenuis)、タアナサンゴモドキ(Millepora patyphylla)、クシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)、ナガレサンゴ(Leptoria phrygia)などが挙げられ、ハマサンゴでは2×2mに成長したマイクロアトール状のものが礁湖内で確認されている。サンゴの分布はリーフ外の礁斜面の水深10m付近で被度が約50%と高く、礁池内では被度が10%以下が多く、水深の深い5m付近に突出した岩盤上ではサンゴの被度が30%以下と周辺の海底に比べやや高い傾向であった1)
 
写真1 L-4の北側の平坦な海底に分布する大型のハマサンゴ(黒い丸い模様はレンズに付いた泡)。波当たりが強いので砂礫は見られない。
 
 今回の調査は礁池内のL-4とL-6の2ラインに沿って被度を観察した。北岸の礁原では水深が浅いことからサンゴが少なく、礁池の中央の水深が深く海底から突出した岩盤上にはサンゴの被度が高く、岩盤上では多いところで30%を越すところも見られた。平坦な岩盤が広く分布するとサンゴの被度は小さく10%以下であった。サンゴの種類ではハマサンゴ属が多く、ミドリイシ属は比較的少ない傾向であった。ハマサンゴ属では直径2m程度の大型の群体がいくつか確認されたが、ミドリイシやハナヤサイサンゴは長径30cm程度以下の小型種が多い。これらの状況は過去の調査結果に類似している。しかし、当時の調査ではクシハダミドリイシ(テーブル状)の大型の群体が観察されているが、今回の調査では、長径2m前後のテーブル状の死んだサンゴをいくつか確認したが、生きている群体は見られなかった。
 
写真2 平坦な海底にはサンゴが少なく突出した岩盤には比較的小型のミドリイシ属サンゴも分布している
 
 サンゴの害敵生物であるオニヒトデは2日間の調査中では1個体も確認できなかったが、航洋丸の船員の話によると過去にはオニヒトデが多い年があったとのことである。その他の害敵生物としては、岩礁の割れ目やサンゴ群体の陰にガンガゼが多く分布する場所もあり、ガンガゼによる食害が危惧された。
 
写真3 岩礁の窪みにガンガゼが分布している
 
3-2.底質分布
 調査測線での海底の状況はほとんどが石灰質の平坦な岩盤に所々突き出た岩礁があり、岩礁の脇や窪みには部分的にサンゴ瓦礫がたまっているところもあるが、平坦な海底にはほとんど砂礫は堆積していない。礁池内の中央部分の水深のやや深い箇所では海底の起伏も複雑でサンゴの被度が高いエリアではサンゴの瓦礫や砂が堆積している箇所もあった。
 
写真4 観測基盤前の端艇水路側の海底ほとんど砂礫の堆積はない。クロナマコが分布
 
3-3.端艇水路付近の状況
 観測基盤の前面海域で海底の状況を観察した。写真4に示すように端艇水路側の海底は平坦な地形に岩礁が突出している。平坦な海底には砂やサンゴの瓦礫はほとんど堆積していない。局所的には1cm程度の砂が堆積している場所があり、わずかに堆積した底質をクロナマコが餌料として利用していた。
 海底から突出した岩盤にはミドリイシ属、キクメイシ属、ハマサンゴ属、ハナヤサイサンゴ属等のサンゴが分布していた。
 
写真5 北小島周辺で確認したサンゴ瓦礫の堆積
 
3-4.北小島周辺の状況
 北小島の観測所基盤に向いた面にサンゴ瓦礫および粗砂が堆積していた。平成12年に撮影された空中写真でも同様の場所に砂礫の堆積が見られることから、この部分には砂礫が堆積するようである。北小島の護岸によって北〜北西の入射波の陰になる部分であるが、発達するようではなく、ほぼ安定しているようである。
 なお、横井氏が北小島の北方の浅所の部分に人頭大以下のサンゴ瓦礫が一面に堆積しているのを発見した。今回の調査では広範囲にサンゴ瓦礫が確認されたのはここだけである。満ち潮時であったが、流れは北上していた。南からの大きな波浪の入射でサンゴが折れ、波浪や大きな潮流でここまで運搬されたと考えられるが確証はない。
 
写真6 北小島の北方の浅所の瓦礫場と横井氏
 
3-5.タイドプールの状況
 東側の南岸の礁嶺には水深が10m以上のタイドプールがいくつも分布している。L-5側線の南端のタイドプールを観察した。
 タイドプールの底面は比較的平坦でサンゴ瓦礫も分布していた。おそらく波の打ち込みで瓦礫が動き、底面を摩耗しているものと推察される。タイドプール側面は起伏に富んでおり、摩耗はしてないことから、礁嶺より南側に離礁が形成され、離礁の一部と礁嶺の岩礁が結合して、取り残された空間がタイドプールになっているものと推察される。
 
写真7 礁嶺の南岸に形成されているタイドプール
底は平坦だが、側面は凹凸が大きく、コブハマサンゴ等が分布している
 
4.おわりに
 現段階では、データ解析が終了してないので定性的な報告をした。底質の粒径分布や有孔虫由来の砂の組成比率、海藻の種の同定、サンゴの同定および被度分布をまとめ、さらに定量的な結果を示したい。
 これまでの印象では、平坦な海底にはサンゴの着生が少なく砂の堆積もない。おそらく激浪時にサンゴ礫が海底を摩耗しているものと推察される。このような海底に安定した基盤を造成すれば、サンゴの着生基盤になり、サンゴ瓦礫や砂の流失も防げる可能性はある。また、計画的に配置することで、サンゴのプラヌラ幼生を滞留させることも可能であろう。
 今回は静穏な波浪条件であったが、潮流の流速は大きく、スキンダイビング時には水中スクーターを利用した。より潮位が大きく、波浪が大きな条件ではかなりの流速が発生することが容易に想像できる。サンゴの成長やプラヌラ幼生の着底には、これらの物理環境が大きく影響する。今後の調査では、より広範囲にわたる生物調査、底質調査に加え、波や流れ、水温等の面的な分布を長期に渡ってモニタリングすることが重要であり、その結果から、数値シミュレーションや水理模型実験等の手法を用いて、リーフ内の流れのパターンを把握し、州島を造るための対策案をまとめる必要がある。
 

参考文献
1)沖ノ鳥島災害復旧工事誌編集委員会[編](1994);沖ノ鳥島災害復旧工事誌、建設省関東地方建設局京浜工事事務所







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