2004/10/26 読売新聞夕刊
[遠望細見]獲得賞金4000万円 競艇トップ女性選手、支えるのは主夫
◆授乳、弁当作り、送迎・・・得意料理「がめ煮」
最高時速八十キロ、体感速度は百二十キロを超えるといわれる競艇。福岡市の日高逸子選手(43)(宮崎県出身)は昨年、獲得賞金約4244万円で女性選手のトップに立った。スピードと勝負に生きるこのママさんレーサーを、家事・育児を全面的に引き受けた主夫、邦博さん(43)が支えていた。
競艇選手の数は約千五百人。事故と隣り合わせ、性別や年齢の壁もない実力主義の世界で、約百三十人の女性選手、うち四十人のママさん選手が活躍している。
「もうお仕事? 今度はいついくの?」。七歳と五歳の娘たちが、日高選手の顔をのぞき込む。
全国を転戦、年間二百五十レース近くに出場する。月に一週間ほどしか家族と過ごせないこともある。しかも、公営ギャンブルでもある競艇の選手は、レース期間中、不正防止のため外部との接触を一切断たれる。子どもが熱発しても、けがをしても、すぐに駆けつけることはできない。
競技歴二十年の日高選手はそれでも、不安はないと言い切る。「私はプロ。集中力を欠くと事故につながる。それに娘が熱を出すと、夫は五分ごとに熱を測るんです。私よりよっぽどマメだから・・・」
全幅の信頼を置く邦博さんと結婚したのは一九九六年。すでに賞金3000万円を超える選手に成長していた。まもなく妊娠。それでも競艇をやめようとは思わなかった。
夫婦で話し合い、東京の企画会社に勤めていた邦博さんが退社を決意した。「将来に不安はあったが、自然の流れでした」と邦博さんは振り返る。
外食ばかりで、洗濯はコインランドリーという独身生活から一転、娘たちの授乳、弁当作り、習い事の送迎まで、すべてをこなさねばならない主夫生活へと入っていった。
家事・育児のプロになるための修業の毎日。「はじめは手探り。インターネットや本で、何でもずいぶん研究しました。得意料理? 評判がいいのは『がめ煮』かなぁ」
家族の協力でレースに集中できる日高選手だが、一度だけ、母親としての姿勢を邦博さんからしかられたことがある。遠征先から帰るのを娘たちが心待ちにしているのに、選手仲間と飲みに行った時だ。
「二人の気持ちを傷つけるようなことだけはするな」。それ以来、「気をつけるようにしています」と苦笑する。
家族で過ごせる時は、必ず日高選手が手料理を振る舞う。娘たちの好物はグラタン。「ママが作るグラタンが一番おいしい、と言われるとうれしいですね」と日高選手。
邦博さんも「家族が生活できるのは彼女のおかげ。尊敬するし、自慢の妻です」。家族のきずなは強い。
日高選手は、二十六日から福岡競艇場(福岡市)で始まった全日本選手権に、トップレーサー五十二人の一人として出場している。「地元なので、出るからには気合を入れます」。母親から、勝負師の顔になった。
(向井由布子)
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