生物生産特性とその有効利用
(株)水圏科学コンサルタント 企画開発室 吉田勝美、カサレト エステラ
1. 序論・目的
沖ノ鳥島は、熱帯域に位置する我が国唯一の領土である。また、絶海の孤島でもあり、人間社会の直接的な影響を全く受けない世界でも極めて希なサンゴ礁(環礁)である。このようなサンゴ礁自体が、非常に貴重で魅力ある研究対象であることは言うまでもない。サンゴ礁を形成する主役はサンゴであるが、他にも多くのサンゴ礁生態系を形成している生物がいる。今回は、その内、生態系を構成する主要な生物であるサンゴ礁内外の海水中の生物数等を調べ、沖ノ鳥島の生物生産力のポテンシャルを推定した。そして、推定した生物生産特性を用いて有効利用方策と調査・研究の提案を行った。今後の各種施策検討の参考になれば幸いである。また、貴重な体験をさせて頂いた日本財団に御礼を申し上げる。
2. 方法
調査・研究項目は、海水中の生物組成および分布数とした。分析項目は、次の2である。
(1)動植物プランクトン数・組成
(2)微小プランクトン数
(微小藍藻,従属栄養細菌,独立栄養微小鞭毛虫,従属栄養微小鞭毛虫)
注)微小プランクトン:大きさが1μm前後と非常に小さく、通常の生物顕微鏡では検出が困難なプランクトン。Picoplanktonともいう。
サンプルの採集は、基本的に海表面の海水を採水法で採取し、採集後直ちにホルマリンあるいはグルタールアルデヒドで固定した。なお、動植物プランクトンの採集は、開口径20umのプランクトンネットによる鉛直曳きでも行った。各サンプルは、実験室に持ち帰り、生物顕微鏡あるいは落射蛍光顕微鏡を用いて種類の同定や分布数の計数および写真撮影を行った。
採集時期は、平成16年11月26日14:30〜15:00の間である。採集地点は、東小島と母船だいとうの停泊地(沖ノ鳥島の南側、礁縁から約200mの沖合)である。
3. 結果(生物生産特性)
(1)動植物プランクトン
表3-1には、礁池内の東小島および沖合の動植物プランクトン組成と分布数を示した。
東小島および沖合共に最も多く分布していたのは、Cyanobacteria(filament)糸状藍藻である(写真3-1・2参照)。これら藍藻類は、本来岩礁等の表面に付着生活をしているものであり、海水中に分布しているものは、それらが波浪等によって剥離したものである。また、これら糸状藍藻類は、海水中の栄養塩類が少ない場合には、大気中の窒素を栄養源として光合成を行う特異な生態を持つことが知られている。このような特性を持つ藍藻類が東小島のみならず沖合にも外洋種(写真3-3・4参照)に混じって多く分布していることは、海水中の栄養塩類が乏しい本海域において、岩礁等に付着する糸状藍藻類が礁池内の生態系の一次生産生物として重要な役割を担っていると共に、礁池内の生物生産は、少なくとも沖合(礁外)数百mの範囲における重要な物質供給源になっていることを示している。
なお、今回観測された礁池内の分布プランクトン数10 3個/Lと沖合の10 2個/Lは、日本沿岸各地の平均的な分布数 1)、東京湾湾奥部:10 6個/L、駿河湾中央部:10 4個/L、佐賀県伊万里湾奥部:10 5個/L、沖縄県宮古島サンゴ礁:10 3個/L、北海道太平洋沖合150mile:10 3個/Lに比べて、富栄養化している湾奥部よりは少ないものの、同じサンゴ礁で陸域からの栄養塩類多い宮古島サンゴ礁、および黒潮と親潮がぶつかり高生産・好漁場海域となっている北海道太平洋沖合と同レベルであった。つまり、人間の影響を受けず絶海の孤島であり海水中の栄養塩類レベルが非常に低いと考えられる沖ノ鳥島の生物生産ポテンシャルは、大気中の窒素固定を行う藍藻類の一次生産力を基礎に、日本沿岸の栄養塩類が豊富なサンゴ礁および好漁場海域と匹敵する高いものである可能性がある。
表3-1 動植物プランクトンの組成と分布数
|
綱 |
種名 |
東小島 |
沖合 |
植物プランクトン |
Cyanophyceae |
Cyanobacteria (filament) |
908 |
494 |
Dinophyceae |
Ceratium fusus |
|
2 |
Ceratium teres |
2 |
2 |
Gymnodinoum sp. |
6 |
2 |
Ornithocercus thumi |
|
1 |
Palaeophalacroma unicinctum |
6 |
2 |
Peridiniales |
4 |
|
Podolampas bipes |
|
2 |
Prorocentrum sp. |
|
2 |
Protoperidinium pellucidum |
2 |
|
Pseudophalacroma nasutum |
|
2 |
Haptophyceae |
Coccolithophrids |
|
4 |
Bacillariophyceae |
Amphora sp. |
2 |
|
Chaetoceros coarctatum |
|
4 |
Cylindrotheca closterium |
8 |
2 |
Hemiaulus hauckii |
|
12 |
Licmophora sp. |
20 |
|
Navicula sp. |
52 |
|
Rhizosolenia calcar avis |
|
4 |
Rhizosolenia setigera |
2 |
|
Striatella unipunctata |
10 |
4 |
計 |
1022 |
539 |
動物プランクトン |
Rhizopodea |
Sticholonche zanclea |
2 |
|
Polyhymenophorea |
Oligotrichida |
2 |
4 |
Parudella sp. |
|
2 |
Maxillopoda |
Oncaea sp. |
|
2 |
copepodite of Oithona |
|
|
nauplius of Copepoda |
|
2 |
計 |
4 |
10 |
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写真3-1 主要植物プランクトン糸状藍藻1
写真3-2 主要植物プランクトン糸状藍藻2
Ornithocercus thumi(渦鞭毛藻)
Podolampas bipes(渦鞭毛藻)
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