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日本版DOTSと病院・保健所連携
 今まで実施体制に関して議論してきましたが, ここで具体的な話に移ります。まず日本版DOTSについて, 現場に1番近い立場にいる椚さんから。
 日本版DOTSについて, 平成15年度末に都内の保健所と結核病床を持つ医療機関にアンケートを行いました。まだ法的根拠はありませんでしたが, 何らかの形でDOTSを実施している保健所は約7割, 事業としては4区が実施していました。
 今回法改正に伴い, 保健所でDOTSを事業として実施したいという問い合わせが複数の区からあり, 保健所としてのスタンスは, ある程度は整ってきていると感じています。東京都はこの10月から東京都版21世紀型DOTSとして, 事業を開始することになりました。マニュアルを整備し, アセスメント票やDOTSノートを作成して多摩地域にある東京都保健所が実施します。
 医療機関については, DOTSに対する認識にばらつきがあり, アンケートでは23病院中12病院で何らかの形で院内DOTSを実施している, という回答が得られましたが, 院内DOTSの必要性を感じないという回答の病院も3病院あり, 訪問調査をしてもその回答は変わりませんでした。「直接服薬確認をするのは患者さんに失礼ではないか」, 「DOTSをやらなければならないのであれば, 結核病床はもう持てない」, という病院もありました。逆に, DOTSへの取り組みが進んでいる病院ではDOTSカンファレンスで地域との連携を行い, DOTSノートも独自に作っています。結核病床を有する病院の間にさえ, これだけ格差があります。DOTSへの認識にばらつきある病院と, これから事業に取り組む保健所でどのように連携していくかが非常に大きな課題です。
 医療機関と保健所は1対1に対応していませんが, 連携の取り方は。
豊田 私どもの病院では院内DOTSは全患者に実施しており, 全然問題は生じていませんし, 結核医療全体がDOTSによってうまくいっていると私は思っているので, 都のアンケート結果にはびっくりしました。患者の治療の完遂が最優先事項で, DOTS戦略は国際的な常識だと思っています。入院中は患者さんがその場にいるので, 何ら問題なく事は運ぶのですが, 外来に移られてからは, やはり保健所の力を借りなければ難しい。最近, 都から何らかのDOTSはやるべしということを通知して頂いたので, 私たちも保健所に対して「退院後の患者さんに外来で何らかのDOTSをやらなければいけないことになっているので―」とお願いできるんです。
 DOTS会議では月に1回外来・入院患者全員の治療状況などについて話し合っています。私どもの病院がある新宿区は患者数が多く, 都全体からの, 時には他県からの患者さんもいたりして, すべての保健所の保健師さんなどにその場に来て頂いて話し合いに参加してもらうのは難しいんですが, 患者さんの個別の面接で来院された時には必ず担当者が患者さんと一緒にお話しているようです。
 それから, プライバシーの問題に注意しながらも, 保健所とは電話などで密接に連絡を取り合うようにしており, 「この患者さんはそろそろ退院しますので, どういうDOTSをやってくれますか」と保健所に電話したり, 来院して頂いて相談したりしています。
阿彦 山形は患者さんが少ないので, 結核病床を有する病院は県内1カ所のみで, 病床数は50床です。これに対して保健所は4カ所あって, 四半期に度は必ず保健所の担当者とそれから県庁の担当者が病院へ出向き, 合同の連絡会議を持っています。患者が一番多いのは私どもの保健所で, 担当保健師が院内のDOTSカンファレンスがある時に出席しています。
 保健師が患者面接をすると, 院内DOTSを受けている方も看護師さんに言えなかった不満などを保健師に言って, そこで調整することもあるなど, 保健師がカンファレンスに加わる利点もあるようですね。
 このごろ結核研究所の研修に看護師さんが結構参加していて, 保健師さんと机を並べて同じ勉強をしています。非常にいいことだと思っています。
加藤 最近の保健師・看護師研修の参加者の3割以上は看護師さんですね。
阿彦 病院のDOTSは, 国立療養所の看護師さんを結核研究所の研修に派遣して頂けるようになってかなり変わったと思います。ですから, 全国の結核病床を有する病院の看護師さんなどリーダー的な人に参加して頂くというのは非常に効果的だと思います。
 DOTSが突破口になって, 保健師と看護師が一緒にものを考え, 言えるようになったという, 結核以外の医療の分野でもモデルになりそうな話ですね。
 医療に関して, DOTSに失敗して多剤耐性などの重症結核など, 難しい状況に陥った人たちのマネージメントでのご苦労について・・・。
豊田 ここ10年の間に, ホームレスの方であるとか, 健診を非常に受け難いような社会経済的弱者に関しては, 最近なぜかとてもよい進展が見られていると思います。DOTSを始めたのは, ホームレスからだったということもあるのですけど, 並行して健診も実施して頂いているので, 10年前ほど前には多かったホームレスの重症者は, 私どもの病院ではほとんど見られなくなってきています。
 私どもの病院では多剤耐性結核で長く入院している方はいませんが, 国立病院機構のネットワークでは, 多剤耐性結核はやはり大問題で, 対応はまだ研究段階だと思いますので, それに期待するところ大です。
 先生の病院は, 政策的に短期入院を行っていますね。
豊田 医療センターでは国際的な退院基準に合わせて昨年退院基準を変更しました。確かに短くなって, 1〜2カ月間で退院して行かれる人たちも多い。ただやっぱり以前と変わらず長い人もいらっしゃる。退院の根拠を培養から塗抹へ変えただけではなかなか全体的には短くはなりません。結果的には平均入院期間は70何日ですが。
 
健康管理の機会に恵まれない人々への対策
阿彦 結核発病のハイリスク者として, 全国的に多いのは高齢で基礎疾患を有する人だと思います。その患者発見方法や背景を山形県の新登録者を対象にこの1年分析しているのですが, 発見方法としては基礎疾患で受診している「かかりつけ医」のもとで, 年1回レントゲンを撮ったら見つかったという人も, 市町村の定期健診による発見患者と同じくらいいるんですね。80歳以上の方ですと9割方「かかりつけ医」にかかっていますので, そこで年1回胸部レントゲンを撮る方が比較読影もできますし, 市町村の健診にこだわらなくても, そういうやり方をむしろ推奨した方がいいんじゃないかと思っています。
 また, 医療機関受診ということであれば, 糖尿病や悪性腫瘍(がん)の患者に偏在化しているというデータをきちっと示して, そういう患者が長引く咳を訴えている場合などは, とにかく結核を疑えといった啓発を医療機関向けに行うことによって, 早期発見が促進されるのではないかと思います。
 同じようなことから, 基本指針には, 老健施設や精神病院とか, 本来医療の管理の下にあると考えられる人たちに関しても, 結核に十分配慮した健康チェックをするようにと書かれていますね。社会経済的弱者のるつぼを抱えている東京都は・・・。
 都のハイリスク集団としては若年層, 住所不定者, 在日外国人が問題になっています。昨年の統計では, 15歳から29歳まででは罹患率が全国の約2倍です。集団発生の状況を見てみると, 学校関係など若年層の集団で多く起こっています。フリーターや学生の数が多く, 接触者健診を計画しても実施できず, また, その人がほかで感染源になってしまうなどということも問題になっています。
 住所不定者は「山谷」地区に多く, 受診の遅れや治療中断による重症化, 再発が多い。山谷地区を主に管轄している区では罹患率が100を超えており, 対策に苦労しています。昭和38年から山谷地区の健康相談室で結核の健診を実施し, 平成9年から特対事業でDOTSを実施しております。9年から15年度までに84人が対象になり, 67人が治療完了しています。今後はいかに患者発見を早期に行い, DOTSにのせていくかが課題です。
 在日外国人対策としては, 日本語学校健診及び外国人検診を行っています。日本語学校は健診を希望した学校のうち, 受診を希望した在学生に対して行っており, 昨年は0.28%という発見率でした。外国人検診は, 外国人が多い地域に検診車を出し, 昨年は3回実施しました。241人に実施し, 有症状者7人が出ています。ただ, その後治療に結びつけて治療完了までいくのが非常に難しく, 転居や帰国を理由に行き先が分からなくなることが多い。排菌したまま脱落し, 別の場所で感染源となる可能性が非常に高いと思います。
 法改正では, このあたりに実効性ある規定, その運用が考えられているでしょうか。
牛尾 まず, 法制上, 一律に外国人を規制することが適切かどうかが非常に問題で, すべての外国人が問題でもありませんし, また, 年齢で区切ることもできないだろうということで, 市町村において, 対象者の捉え方は, かなり柔軟にできるような書きぶりにしておるつもりです。
 これは主に東京なり大阪なりの大都市の問題で, 全国的に考えればそんなに大きな課題にはなっていないのかもしれませんが, むしろ, 最近は地方にもそういった方々が移動されているというような話も聞きますから, 近い将来そういう問題が地方でも出てくるかもしれませんですね。
 
 
国際協力―日本が果たすべき貢献―
加藤 日本の感染症対策全体に対する貢献は, 沖縄サミット以来, エイズ・結核・マラリア基金の設立に至った経緯からしても, 海外からも高く評価されていますし, その中で結核対策には特に大きな貢献をしていると思っています。専門機関の中でも, 結核研究所はWHO, IUATLD, 米国CDCなどと共に貢献した機関として認識されています。私が長期専門家として派遣されていたフィリピンのJICAプロジェクトのように, また結核予防会独自のミャンマープロジェクトのように現場での活動もありますし, いわゆる後方支援も多くしています。関わっているJICAの結核対策プロジェクトは, ほかにもカンボジア, ネパール, イエメン, アフガニスタン, パキスタン, ザンビアなどがあります。
 世界的には先進国だけの結核の根絶は無理, 自国のためにも途上国の結核を減らさなければ, という認識になりつつありますが, この国際協力に対して日本政府としてどうかかわるべきとお考えでしょうか。
牛尾 そもそも私が厚生労働省へ入ったのは, 学生時代の難民医療活動, 国際保健に携わりたいという気持ちを原点としております。また約15年ぐらい前には自身もWHO西太平洋地域事務局に2年間, APOとして勤務いたしました。日本が特に結核予防会を中心として, とりわけアジア地域において大きな貢献をされているということが, 世界的に大きな評価を受けているにもかかわらず, 日本国内であまり知られてないのは非常に残念なことです。現在も結核予防会がさまざまな活動を世界において展開されており, 国際研修を通じて各国のリーダーが育っているということを非常に喜んでおります。結核に限らず, 感染症全般はわが国だけで防止できることではありませんが, 特にアジア地域においてはやはり日本が大きなリーダーシップをとっていくということがますます求められる。国としてもそういった方面について, まず啓発, あるいは関心を呼び起こすとともに, できる限りのことをやるべきだと思っております。
 
研究の推進と応用
加藤 結核研究所は一昨年機構改革をし, 基礎研究については, それを応用して対策に役立てるような研究をすべく抗酸菌リファレンスセンターを立ち上げました。私どもの対策支援部は, その研究を現場に還元できるようにという活動をしています。研究所は基礎研究を応用につなげる調整という大きな役割を持っており, 今後とも果たさなければならないと思っております。
豊田 研究成果の臨床への応用といった面では, やはり薬がもっと欲しいと考えます。現存の薬では, リファマイシン誘導体, 現に広く使われているのに承認されていないニューキノロン製剤等を, 正規に使えるようにして頂きたい。それから, 米国にはあるが日本では使えない静注用リファンピシンとか, リファブチンも欲しい。診断の面では, クウォンティフェロンなどが早く使えるといいなと思います。
 日本の結核の臨床研究は, 今まで療研や国療化研という優れた共同研究の組織があり成果を上げてきた。そういう組織を今後も大事にしていかなければいけませんね。例えば, 有力な抗結核薬が日本で開発され, 治験をやる場合, 日本でできるでしょうか。
豊田 日本で治験をする場合, 二重盲検というようなところが, やはり苦手ですね。他の治験も実際, 私たちも治験管理室というようなところにお願いしたりして, やりやすくはなっているんですけど, 実際患者さんを選ぶところで躊躇することもあります。しかし今後は積極的にすべきだと思っています。
 
結核予防会へのメッセージ
 最後に, 私どもの結核予防会, 種々難しい問題があります。公益法人に対する補助の見直しということで, 結核研究所の補助金が削られ, このまま2, 3年しますと, 今の枠組みが保てない状況になっています。一方結核対策の変換期でやることは山積している。そういう問題を抱えた結核予防会ですが・・・。
豊田 結核予防会はリーダーシップをとって頂く意味で, 大変重要な存在だと思っていますが, 結核の専門家の先生方はみんな紳士的で遠慮深いところがあるのか, もっと遠慮せずに大きな声で号令をかけて頂ければ, 治験等に, 医療機関としてはもっと積極的に参加させて頂けるんではないかと思います。
 結核予防会は様々な研究をされていて, それが行政の事業に反映されますので, ぜひこれからも研究や研修において先駆的な分野に取り組んで頂きたい。また, 結核予防会東京都支部には様々な事業で協力を頂いていますので, 専門の知識を持った医師や保健師が支部にもいらっしゃると, さらに連携が図りやすくなると思います。
阿彦 これからも人材育成や研究のリーダーシップを発揮して頂きたいと思います。地方にいると, 例えば我々保健所が1ランク上の検査を必要とする場合, 感染症だと地元の衛生研究所に頼めば大体ほぼ完結できる。しかし結核になると, 衛生研究所に頼んでも対応できない場合が多いので, 結核研究所を本当に頼りにしています。そこで結核研究所については, 国立感染症研究所と同じぐらいの研究施設として位置づけるよう工夫して頂きたいと思うのが1つです。
 支部については, 山形県も結核予防会山形県支部に普及啓発部分は大部分おんぶしてもらっています。歴史の中でどこの支部の事業も定期健診中心になっていますが, 今回健診が大幅に間引きされる状況ですので, 支部のあり方を各県の保健所なり, 関係者と一緒に考える時期に来ているのではないかと思います。
 支部が都道府県結核予防計画の策定に参画できるといいですね。
牛尾 結核研究所及び結核予防会のあり方について, 2つを区分した方が話しやすいと思うんですけども, 結核研究所については, 本来国の責任で結核に関する研究を行うべきところを, 歴史的な背景から研究所にお願いしているということで, 人件費などの補助を行っていますが, 国の財政も厳しくなっているところから, 現在いろんな問題が生じているんです。しかし, それをまた, 国の機関とするのが是か非かは, 今の研究所・予防会をあわせた形態を考えますと, むしろ民間団体のままの方がフレキシブルな対応も可能ではないかと思っております。
 ただ, もう一方の支部も含めた予防会を考えますと, 地方自治体と手と手を取り合ってこれまでずっと進んできましたが, 結核全体の罹患率の低下と共に, そのあり方も変遷をしてきています。その中で, やはり公益法人としての活動のほか, 収益も念頭に置きながらさまざまな事業展開をされるということが, さらに求められているのではないかなと思っております。
加藤 皆様から, 結核予防会, 研究所に大きな期待を頂いたことを, 非常にありがたく思います。地方に行ってお話をさせて頂くと, 例えば難病を担当している保健師さんが, 結核は困ったら研究所があるからうらやましいと。これは非常にありがたい言葉だと思っていますし, それに応え続ける必要がございます。結核が減れば減るほど, 技術レベルの維持については役割が決して減ることはない, むしろより大事な役割を持って, 場合によってはもっと機動性を持ってトラブルシューティングに行かなければならないと考えています。期待にそぐわないように, 今後とも努力したいと思います。
 本日はどうもありがとうございました。







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