日本財団 図書館


都道府県予防計画策定に際して
 国が基本指針を作り, それに呼応して都道府県が独自の計画を作って地域独自の問題に対応するという点は目新しいことですね。その中で地域の結核対策の拠点である保健所の役割が重要ですが・・・。
阿彦 「都道府県結核予防計画は感染症予防計画と一体のものとして策定してもいい」という条文があるので, 多くの都道府県は, 感染症予防計画の焼き直しのような形で結核予防計画も作るのではないかと想像するのですけれども, 結核予防計画と感染症予防計画とは性格がかなり異なるということを強く提案したいと思います。最も異なるのは, 結核は地域ごとのサーベイランス情報が豊富であるということ。まん延状況の地域格差だけではなくて, 予防対策, 患者発見やハイリスク集団の特徴, 治療成績などの各地域の問題点や特徴が明らかになっていますので, それを計画の中に明記して, 県民や県内の医療関係者の方々に周知を図ることが, 非常に重要だと思います。一方, 感染症の予防計画はどちらかと言うと各都道府県で金太郎飴ですので, お手本の言葉を少し直せば作れたはずです。
 それから, 達成目標とそのための戦略を具体的にイメージするという面で, 結核予防計画を今の感染症予防計画にそのまま入れ込むのは, 実際は難しいのではないかと思いますね。別立てにしなければ, 期待するような計画にはならないんじゃないかと思います。
 保健所については, DOTS戦略を地域で進めるための人材育成や環境整備が1番大きい役割だと思います。それから, 地域の結核情報センターということで, 登録漏れをなくす, 発生動向調査の精度を上げる, 各保健所単位で対策をきちんと評価して公表する機能は, これからも強化しなければいけないと思います。結核対策の質の保証的な機能は, 例えばBCG接種なども市町村支援という中で, 直接接種下での接種率や, 接種技術の確保に向けた対策など, 保健所が強化をしなければいけないと思います。最後に, 集団感染対策などの危機管理は, 結核以外の感染症でも今重要になっていますし, 国も将来は, 保健所を安全安心の拠点ということで再構築・機能強化をしようという方針もあるようですので, やらないといけないと思います。
牛尾 法律に感染症の予防計画との統合規定を設けた趣旨は, 感染症対策と一体で計画し, 推進するためであり, 統合するしないは最終的には都道府県の判断ですが, 当局としては基本的には, 統合を勧めるスタンスです。
 現在, 感染症法とは別に, 結核予防法と狂犬病予防法という2つの法律が, 厳然として残っています。個人的には10年, 20年先だと思いますが, 結核も狂犬病も感染症法へ統合されることを視野に入れて, 都道府県の予防計画は一体のものとして作成することが望ましいという含みを残しております。
 一体のものという中に, 第1部感染症編, 第2部結核編という形は。
牛尾 ええ, 結構でございます。つけ加えさせて頂きますと, 計画自体よりも, 策定の段階において, 多くの関係者がその都道府県の現状をよく理解し, それを改善するにはどうすればいいか考えるプロセスの方が, むしろ重要ではないかと思っています。その時に, 目標や戦略をできるだけ明示することは不可欠であろうと思っております。
 東京都は1番大きい地方公共団体ですけども, 予防計画策定の準備は, どういうふうになっていますか。
 当初は感染症予防計画に準じて作成できるのではないかという考えもありました。しかし, 実際には結核予防計画として, 基本から考えなければ策定できないと分かり, まず現状分析を行い, いわゆる大都市の問題が東京都においては具体的にどのような状況なのかなどを検討しているところです。
 
椚 時子氏
 
 東京都は複雑な行政体系になっており, 特別区は各区で, 多摩地域は都の保健所と市町村で分担するなど地域により異なり, それぞれが対策を行うという状況でした。計画を策定することで, 役割分担も明確になります。
 計画策定には, 区, 都, 市町村それぞれからも策定委員にと考えています。計画の中に市町村への技術的支援について, どのように表していくか, 非常に難しいところです。
加藤 結核研究所では都道府県予防計画策定に関する「手引き」の検討を始めています(結核研究所ホームページwww.jata.or.jp参照)。ある程度データを入力したら解析して計算結果が出てくるというような, より容易にその地域の結核問題の特徴が明らかになるツールを早急に開発していきたいと思っています。予防計画策定に当たっても, 都道府県からご要望があれば, 技術的な支援をしたいと思っております。
 
加藤 誠也氏
 
●市町村への支援が鍵
 新しい制度では市町村の裁量が非常に大きいですね。これは地方分権の尊重ということが土台にあると思うんですけども, 市町村に相当しっかりして頂かないと, 骨抜きになる部分がたくさん出てきますよね。
阿彦 例えばBCG接種が1歳まで*になるということで, 早速管内の市町村に集団接種のところは来年の3月31日までに何回接種機会があるか聞いていくと, 1回しかないというところもありますので, 現状で4歳未満の未接種者の人数などを把握して, 1回では無理であれば, 回数を増やす必要がある。あるいは個別接種の市もあるんですが, 小学校1年生の問診票の申し出の評価をしてみたところ, 個別接種の市では接種率が低く, 小学校1年生でBCG接種歴がない子が多いんです。そこで, 個別を基本にしているところは, 休日等に集団接種日の設定を試みてはどうか。そういったことで, 来年の3月までに何とか接種漏れ対策を保健所から支援したい。予防接種については法律の中にも, 「市町村長は保健所長の指示を受けて・・・」というような条文があり, 市町村の方でも的確な指示を待っているわけです。きちんとした指示を行えない保健所は, あてにならない保健所だと言われてしまうということを, 保健所長会でも言っていますので, そういった支援をまず年度内にはきちんとしたいと思います。
 健診についても, 例えば, ホームレスは住所がもともとないわけだから, 市町村が決めると言っても, なかなか難しい問題ですね。広域的な見地から, 都道府県がこういった方は対象者だということを予防計画に示すということも, 市町村支援になるのではないかと思います。
 65歳以上の健診, ホームレスや中小零細企業の健診などの実施に対して, 市町村長の判断を保健所が支援することは可能ですか。
阿彦 可能だと思います。山形県の高齢者の患者の割合の高さは, 全国でもトップレベルで, 80歳以上の患者が新登録者の30〜35%です。介護老人保健施設, あるいは介護支援センターなどの職員の方々に研修を行えば, 患者発見などのキーパーソンになってもらえる場合が多いと思います。従来の結核健診は, 市町村の健康課といったところとの関係が強かったんですけども, これからは高齢者福祉の関係部署との連携がより重要になってくると思っています。
 加藤先生, 結核研究所の研修, あるいは対策支援一般というのは, 保健所がお客さんで, 市町村にはなかなか直接届かないんですけども, そこら辺何かお考えがありますか。
加藤 今後, 結核まん延度が低下する一方で対応が技術的に難しくなっていくという傾向は変わらないと思います。その中で技術的水準を保障するのは保健所です。しかし, 現実には優秀な保健所だけではない, という懸念は残ります。例えば集団発生の技術的援助などでも結核研究所がより一層きちっと対応しなければいけない部分があります。
 ロンドンの結核対策の視察(スタディツアー)に行ってきましたが, 英国ではhealth protection agencyという国の機関があり, 集団感染のような大きな問題には, 中央からかなり介入して支援を行っています。日本では事の重大さによっては, このようなかなり強力な支援の方式を作るべき部分があると思います。実質的に市町村や保健所が困ったケースについては, 結核研究所がかなり技術的支援をしていますが, 必ずしも常に相談して下さるわけではない。
 都内の保健所間でも罹患率が大きく異なり, 活動も異なります。市町村への支援がしっかりとできるように, 保健所が支援すべき部分を予防計画の中で明確にして, 技術向上を図るほかないと思います。
 今のところ市町村では法改正についての認識が薄いような気がします。BCG直接接種についてはある程度周知されていますが, 健診対象者について, 市町村が検討して決める部分については, 十分に周知されていませんし, 難しいと思います。保健所の支援がないと混乱すると思います。
 
医療従事者への普及啓発を
 新しい体制の実施に関して, あるいは広く結核全般について, 第一線の医療関係者に啓発することの重要性ですが・・・。
豊田 これまで医療現場の人たちにとって, とくに若い人ほど, 結核という病気自体が理解しがたいものでした。結核予防法となるとさらに理解できなかった。その点, 今回の改正に際して, 一般の方々や医療従事者に対して, もっと啓発・広報のキャンペーンがあってもいいかなと思います。私たちも若い先生たちに教育をしなくてはならず, 今回教材を組み直そうと思っていますので、いいチャンスではあると思っております。
 
豊田 恵美子氏
 
 保健所による医療施設の監視の中で院内感染対策はどのように扱われていますか。
阿彦 医療法第25条に基づく立ち入り検査は, 病院は年1回, 診療所は3年から5年に1回行われています。院内感染対策については, 全国保健所長会の研究班が提案した自主管理票というチェックリストがあります。院内感染対策は365日の対応が必要で, しかも院内感染対策委員会が各病院にありますので, 委員会で定期的にその自主管理票を用いて点検することを保健所から要望しておき, 立ち入り検査に先立ちそれに記入したものを頂きます。立ち入り検査当日は, 自己評価結果を見ながら現場を確認するということを, 全国のかなり多くの保健所がやっていると思います。そしてその中に結核の院内感染対策も盛り込まれています。例えば職員に2段階法のツベルクリン反応検査をやっているかどうか, 咳がひどい患者さんをきちんとトリアージできるような環境になっているかどうかなど, 結核の院内感染対策マニュアルに載っているような重要ポイントは, きちっと入るような形のチェックリストになっています。
 
人材育成はどこが中心となるか
加藤 結核研究所では, 医師, 保健師・看護師, 放射線技師, 検査技師, 行政担当者に対し, 職種に応じた研修をやっています。研修修了者がこれまでに8万数千人おりますが, その方々がその内容をずっとキープできるか、あるいは日々状況が変わっている中で, 知識を新たにして頂く機会があるかという問題があり, 技術水準確保のための仕組みが, やはり必要であろうと思います。
 特に, 研修の多くが補助金(特対費)で行われていますので, 今後特対がなくなると参加が困難になると思います。財政面を含め, 人材育成・技術レベルの確保に誰が本当に責任を持つかということが大事な問題じゃないかと思っています。
 研修の必要性に関しては, 基本指針に随分詳しく繰り返し出ていますね。
牛尾 基本指針は, 多くの先生方のご意見を取り入れる形で作った面がございます。そういう意味では研修なり普及啓発, あるいはどこが責任を持つかを明確にしてほしいという声が, それだけ強かったことの反映であろうと思っております。
 普及啓発について言えば, 行政主体がメインの責任を有する。院内感染となると, 医療機関が責任主体でしょうし, 行政担当者などの結核対策従事者の問題は, 従事者本人と同時に雇用している行政主体の責任になるのかなと思います。都道府県予防計画のなかで, 各対策を実践するのは誰であるかということを明確にしていくことが必要ではないかと思っております。
 対策の中で市町村の裁量が大きくなっているとき, 市町村職員の資質の向上も重要ですが, 結核研究所の研修に市町村からの参加を奨励するような方法があるでしょうか。
牛尾 合併が進められている中で, 市町村は今後10年ぐらいでだいぶ変わる可能性があると思いますが, 今の段階では市町村よりは保健所が中心となって, 技術的な担保を行ってもらうのが, 1番スムーズではないかと思います。もちろん, 市町村からの研修参加は排除するものではありませんが, 全市町村まで一定のレベルを維持するというのは難しい。市町村の担当者は数も少ないし, 結核以外にもいろんなことを担当している現状を考えると, やっぱり都道府県, 保健所が中核になるべきではないかと思っております。
加藤 結核予防会は今後とも普及啓発を最も大事な仕事の1つとして続けなければならない。特に政策決定の裁量が都道府県や市町村に移るとすれば, その意義や内容をそこに分かりやすく伝えることがますます求められていくと思います。
 

*平成17年4月から施行される結核予防法施行令における予防接種の定期:生後6月(地理的条件, 交通事情, 災害の発生その他の特別の事情によりやむを得ないと認められる場合においては, 1歳に達するまでの期間)







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION