2003/07/16 読売新聞朝刊
[ディスカス・争点討論]岐路に立つ国連
森本敏氏ら3氏
◆安保は有志連合で/人道面は有益/是々非々で対応
イラク戦争をめぐり、国連安全保障理事会は、常任理事国の対応が割れ、機能不全に陥った。北朝鮮の核開発問題も、今日まで北朝鮮を非難する議長声明さえ出せない状態が続いている。安全保障における国連の限界が浮き彫りになる中で、日本は国連とどう向き合えばいいのか。国連と新たな国際秩序のあり方について議論した。
〈司会〉
大久保好男・政治部長
◆価値観共有の国と行動/森本氏 安保理改革、主張続けよ/佐藤氏 危機対応は多層、重層で/村田氏
――国連の現状をどう見ていますか。
森本敏氏 東西冷戦が終わった時、国連安保理への期待が少しだけ高まった。だが、実際には、イラク戦争の前後に見られるように、各国が国内政治や自国のエゴを国連に持ち込んだため、国連の集団安全保障機能は十分に発揮されなかった。いま国連が危機にひんしていることは誰もが認めることだ。問題は、これにどう対応するか。一つは、国連を改革し、本来の機能を取り戻す努力をすべきだ、という考え方だ。もう一つは、国連は国連として、安全保障では別の道を模索すべきだ、という考え方だ。日本は、このような国連に国家の安全を委ねるのではなく、米国を中心とした、価値観を共有できる国々と共同行動を取るべきだ。それが現実政治に合致した外交ではないか。
佐藤行雄氏 国連にはいろいろな側面がある。拒否権を持つ常任理事国が牛耳っている安保理の世界もあるが、アナン事務総長や緒方貞子(元国連難民高等弁務官)さんが代表しているような非常によいことをしている国連機関の活動もある。国連児童基金(ユニセフ)はアフガニスタンで学校教育の再建に取り組むなど、とてもよくやっている。国連は未完成だ。イラク問題で明らかになった安保理の問題だけをとらえて、もう国連はダメだ、と言ってしまうのは間違っている。
村田晃嗣氏 国連安保理は、既存の国際法では明確に解釈できないような事態に直面すると、なかなか合意に達することができず、効率の悪い組織だ。安保理が結束できるのは、脅威が顕在化してきた時だが、最近の脅威は、誰が見ても分かるほど明確になった時には、すでに手遅れになっている可能性が大きい。安保理は、そうした脅威に対応するタイミングを逸することが多い。ただ、国連か、それ以外の枠組みかと二者択一に考える必要はないと思う。既存の国連の枠組みで使えるものは使い、それでは迅速に対応できない事態については、有志連合的な枠組みで対応していく、という二段構えの考え方が、今後の主流になっていくのではないか。
◆浮き彫りになった問題点
――イラク戦争が浮き彫りにした国連の問題点を再確認しておきたい。
森本氏 安保理そのものがこれから機能するかどうかという問題を投げかけたと思う。常任理事国は、共同管理によって国際社会の安全保障を維持するという、本来の理想の姿を示すことが出来ず、分裂状態に陥った。仏独両国の行動は、結果として国連を分裂させただけで、歴史的な誤りだった。
村田氏 安保理には得意とする問題と、得意としない問題があることが明らかになった。常任理事国の利害が錯綜(さくそう)するようなケースも、安保理の意思決定に非常に時間がかかることを示した。安保理が明確に行動を統一できるケースは、湾岸戦争のような明確な侵略行為が行われた場合だ。
佐藤氏 イラク戦争で明白になったのは、やはり安保理の現実だ。常任理事国があれだけ明確に対立したのは珍しいことだが、決して初めて起きたことではない。冷戦時代も安保理の機能は停止状態だった。例えば、冷戦時代のソ連のグロムイコ外相は「ミスター・ニエット(ノー)」と言われた。コソボ紛争の時には、フランスも含めて北大西洋条約機構(NATO)は、安保理の同意を求めようとせず、爆撃に踏み切った。米国もロシアも、常任理事国はみな拒否権をポケットに入れて、議論を自分の思う方向に持っていこうとしている点では同罪だ。ただ、残念ながら、それは認められていることだ。
◆北朝鮮への有効対処は
――核兵器を開発したり、ミサイルを増強している北朝鮮の脅威に対して、国連は有効に対応できますか。日本はどう対処すべきでしょう。
森本氏 北朝鮮問題については、米国は、国家戦略的見地から優先順位をつけて対応している。国連でこの問題を取り上げ、北朝鮮に国際社会全体の圧力をかけようとしているが、米国の優先順位は、国連より(日米韓中朝の)多国間協議を通じた解決の方が高い。日本にとっても、北朝鮮問題が国連にすぐ上がっていくのは、日本外交のてこが十分にきかず、好ましくない。日本は来年、国連安保理非常任理事国に立候補し、もし当選できれば二〇〇五年以降、非常任理事国のメンバーとして国連を間接的に動かすことが出来る。だから、今後一年半くらいは米国に任せて、その間に態勢を整えればいい。
佐藤氏 一番大事なことは、日本の意見をどうやって反映させていくか、だ。それには、日米韓の協力が中心であるべきだ。北朝鮮問題が安保理にかかるということは、常任理事国、とくに中国とロシアの発言力が高まるということだ。しかし、日本も韓国も安保理に入っていない。非常任理事国のパキスタンは、北朝鮮のミサイル技術と引き換えにウラン濃縮技術を提供したのではないかという疑惑を持たれている国だ。そういう国がアジアから選出された非常任理事国であるということも、今の安保理の現実だ。そこに日本の国益にかかわる問題の判断を委ねる形になるのはいかがなものか。
村田氏 参加国の数でいうと、日米という二国間の協力関係、日米韓という三か国の協力関係、さらに中露を入れた五か国、そして安保理、もっと広い国際社会という階層がある。参加国数が増えれば増えるほど合意の正当性は高まる。ところが、参加国数が減った方が実効性は確保しやすい。当面は必要性に応じて正当性のために階段を上ったり、実効性のために階段を下りたり、という上下を繰り返していく柔軟な外交が必要になるだろう。
佐藤氏 日米韓にとっては、中国を味方につけ、北朝鮮をいかに説得するかが大事だ。その場合、中国は安保理常任理事国としての立場を大事にしているので、安保理での中国の立場をある程度認めるような行動をとっていくことも重要だ。
◆困難な国連改革の前途
――日本の国連分担金負担率(米国22.0%、日本19.5%、フランス6.5%、中国1.5%)は高すぎませんか。
佐藤氏 国内には「安保理改革が進まないなら、国連分担金を払うのをやめたらどうか」といった議論もある。でも、日本が分担金を払わなければ、国連機関の立派な活動は止まってしまい、日本のイメージを落とす宣伝に使われるだけだ。二〇〇〇年の交渉で分担金の計算方式を見直した結果、日本の分担金は適切に減る傾向にある。分担金支払制度を維持して、国連の取り組みを支援していくことが大事だ。それが日本の発言力の確保にもつながる。
森本氏 日本ほど国際社会の平和と安定が重要な国はない。にもかかわらず、日本が拠出している国連予算、国連の分担金のほとんどは安保理が所管する活動に使われず、経済社会理事会が所管する国連活動、国際機関の諸活動に使われている。日本は分担金のあり方に関する長期的な政策を示す時に来ていると思う。
――国連改革の課題と展望は。
佐藤氏 国連の目標の第一項目は平和の維持だ。やはり安保理は改革しないといけない。気の遠くなるほど時間がかかる話だとは思う。ただ、安保理改革をあきらめることは、第二次世界大戦の戦勝国が拒否権を持って安保理を牛耳っているという現状を認めることになる。だから、日本は安保理改革の旗を振り続けなければいけない。あと三年で日本は国連加盟五十周年を迎える。安保理改革に先行して、まず旧敵国条項の削除を求めるべきだ。
森本氏 イラク問題では、安保理の五か国でさえ分裂しているという状態だから、日本がそんな安保理に常任理事国として入っても、二分どころか三分、四分の分裂になり、事態を複雑にするだけではないか、という懸念がある。
村田氏 旧敵国条項については、国際社会も理不尽な条項ということで、総論では削除に賛成だろうが、どれだけ協力してくれるか分からない。安保理改革も同じだ。日本が自分の利害に直接結びついた問題だけを強調して、改革を主張しても、国際社会の中で理解を広げることは難しい。日本の利害と直接かかわらないような、例えば国連の事務機構の改革などについて日本は積極的に具体案を提示すべきだ。
――国連と有志連合との関係はどう考えればいいのでしょうか。
村田氏 国連が世界最大の国際機関であることは間違いないし、国連が持っている正当性や権威を無視することは出来ない。ただ、国連だけが国際的正当性や権威の源泉であると考えるのは日本人の悪い癖だ。国連か有志連合か、相互排他的に考える必要はないだろう。多層的、重層的に考えて、機能的に有志連合を使い、国連の権威が利用できるところでは国連を使えばいいと思う。
佐藤氏 日本にとって国益とは何か、という発想から始めるべきだ。日本の安全保障上の利益からいえば、日米同盟も大事だし、日本自身の努力も大事だし、国連も大事だ。具体例を挙げると、テロを禁止したり、防止するための国際条約はすべて国連総会で作られた。テロ対策で国連の果たした役割は大きい。国連も一つの手段として考えればいい。
森本氏 四十から五十か国に上ろうとする国が米国と価値観を共有し、共同行動を取る状況になりつつある。一方で、米国と価値観を共有しない国、その両方に属さない国がいて、世界は三分されつつある。日本は、米国と価値観を共有できる側に入らなければ、日本の安全を確保できないし、北朝鮮問題を含む北東アジアの問題も解決できない。その点に国益を見いだすべきだ。米国と共同歩調を取るための日本の国内法、国内体制の整備もいる。その一環として、自衛隊を海外に派遣するための一般法を作っておくことが必要だ。
◆国連美化よりも日米同盟に軸足
国連とどう向き合うのか、三氏の意見は異なっている。森本氏は、常任理事国の拒否権が存在する限り、国連が集団安全保障機能を発揮することは困難、との観点から、安全保障では「価値観を共有する国々との共同行動」を模索すべきだと主張した。
国連大使を務めた佐藤氏は「時間がかかっても日本は安保理改革の旗を振り続けるべきだ」と強調。村田氏は「二者択一ではなく、国連の枠組みが使える時は使い、それで対応できない場合は、有志連合的な枠組みで対応していくべきだ」と語った。
濃淡の違いはあれ、イラク戦争で機能不全が明白になった国連安保理に、日本の安全保障はゆだねられない、という基本認識は共通していた。
「国連重視」は「日米同盟」「アジア重視」と並ぶ戦後の日本外交の柱だが、一方で、国連を美化し理想化する風潮が、現実的であるべき外交・安全保障政策をゆがめた側面も否めない。北朝鮮の脅威と国連の実態を直視すれば、国連より日米同盟に軸足を置くべきなのは自明の理のように思える。
(大久保好男)
〈国連安保理改革〉
米、英、仏、露、中の常任理事国五か国と選挙で選ばれる十か国の非常任理事国で構成される国連安全保障理事会を、国際社会の現状を反映したものにするための取り組み。ポイントは〈1〉理事国の数をどうするか〈2〉新しい常任理事国をどこにするか〈3〉常任理事国が持つ拒否権の取り扱い――など。理事国の数は、日本は二十四、米国は二十一以上、アフリカ諸国は二十六を主張している。これを定める国連憲章改正には、加盟国(現在百九十一)の三分の二の批准が必要となる。
常任理事国に意欲を示している国は日本、ドイツ、インドなど。それぞれの地域事情からドイツにはイタリアが反対、インドにはパキスタンが反対している。イタリア、パキスタンなどは「コーヒークラブ」と呼ばれるグループを作り、安保理改革反対運動を展開している。
〈旧敵国条項〉
第二次世界大戦中に連合国と敵対した国を敵国と言及している国連憲章第五三条、第七七条、第一〇七条。敵国は、日本、ドイツ、イタリア、ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、フィンランドを対象としている。五三条は、敵国が再び、侵略行為を行った場合、連合国側は安保理の許可なしに武力行使できると規定している。国連総会は一九九五年に、条項削除のための憲章改正手続きに入ることを決議したが、その後動きはない。
◇森本敏(もりもと さとし)
1941年生まれ。 防衛大学校卒業。 外務省・安全保障政策室長、野村総合研究所主任研究員を経て、現在、拓殖大学教授。
◇佐藤行雄(さとう ゆきお)
1939年生まれ。 東京大学法学部中退。 外務省入省。情報調査局長、北米局長、駐オランダ大使、駐オーストラリア大使、国連日本政府代表部大使を歴任。 現在、日本国際問題研究所理事長。
◇村田晃嗣(むらた こうじ)
1964年生まれ。 同志社大学法学部卒業。神戸大学大学院修了。 広島大学助教授を経て、現在、同志社大学法学部助教授。
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