2004/02/13 毎日新聞朝刊
[平和立国の試練]識者に聞く/1
国際協力機構理事長、緒方貞子さん
自衛隊が派遣されたイラクでは爆弾事件などが相次ぎ、国際情勢は極めて不安定な様相を呈している。今の世界と日本の状況をどう見るか。第3部「転機の自衛隊」の番外編として、内外の識者の意見を聞いた。
◇変容進む現代の脅威
◇自衛隊派遣が一切いけないとは思わない。援助だけでは済まないことも
――自衛隊のイラク派遣と復興支援について。
日本が文民国家として歩んできたのは正しかったと思うが、自衛隊が一切外国へ出てはいけないとは思わない。(物質的な)援助だけでは物事が進まないこともある。難民高等弁務官事務所の要請により自衛隊がゴマ(現コンゴ民主共和国)でPKO(国連平和維持活動)協力法に基づく活動を展開した時、非常にしっかりした役割を果たした。といって、あらゆる時に自衛隊が出て行ってほしくはない、というのが基本的な態度だ。
1月のダボス会議に出席した際、イラクの外相や中央銀行総裁と同席した。イラク側には「早く復興を支援してほしい」という気持ちが強いようだ。JICA(国際協力機構)も2カ月ほど前、ヨルダンのオフィスにイラク班をつくり、復興援助の関係者とコンタクトしている。状況さえ収まれば出て行って、お役に立ちたい。
戦後復興の中心は国連機関であり、イラクもそうなっていくのではないか。(昨年8月19日のテロで死んだ)デメロ事務総長特別代表もそのつもりでイラクに行っていた。国連の関係者は「9・11が米国にとってショックだったように、8月19日は国連にとってショックだった」と言っていた。
――国連改革について。また超大国・米国と国連の関係は?
イラク問題に限らず国連安保理の議論が割れたり、きちんとした方針が出ないこともある。それは加盟国の政治的立場が異なるためだ。国連がしっかりしていないから対立をまとめられなかったという意見もあるが、加盟国間の問題もひとまとめにして「国連が機能しない」と言われても困る。
国連創設期は、国家間の戦争を前提に平和と安全を考えてきた。その後、脅威の在りようが変わり、国内紛争やテロの問題が出てきた。国連有識者ハイレベル委員会の委員として、国連が平和と安全で責任を果たすために何をしなければならないか。第一に現代の脅威とは何か、というところから解明していきたい。
国連に対する米国の関与にはアラカルト的なところがあり、自国に役立つと思う機関にだけ拠出金を出す傾向もある。米国は国連を利用しないわけにはいかない。超大国だから自分の思ったように利用したい。その辺が難しい。
――「人間の安全保障」を推進しておられます。
国の安全を図るだけでは、人々の安全に十分貢献できないのではないか、という観点から「人間の安全保障」という概念が出てきた。世界はグローバル化の時代に入り、国境や中央政府の軍事力だけでは、あらゆる安全は保障できない。もっと人々というものに焦点を当てて、彼らをどう守るか、彼らが自分をどう守るかを考える必要がある。軍事力による安全とは別に、人々が十分な教育や社会保障などを受けることによって(社会基盤を安定させ)政府の力を補完する。広い意味での安全への脅威に、より効果的に対応できるのではないか。
【聞き手・構成・布施広】=つづく
◇緒方貞子(おがた さだこ)
1927年生まれ。 聖心女子大学卒業。米カリフォルニア大学大学院修了。 上智大学教授、国連難民高等弁務官、アフガニスタン支援日本政府特別代表等を歴任。 現在、国際協力機構(JICA)理事長。
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