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2003/07/28 産経新聞朝刊
【国連再考】(1)第1部(1)無効論 国民に強まる反発や不信
 
 「米国よ、国際連合から脱退せよ!」
 こんな文句を大書きしたプラカードを長身の男性が高く掲げ、左右に激しく振っていた。米国の首都ワシントンのポトマック河畔、かの有名なウォーターゲートのビル群の前、交通量の多い公園道路の交差点脇だった。六月下旬の土曜日午後のことである。
 「国連はアメリカの国のあり方とは異質の価値観を強引に押しつけてくる。平和を求めると称しながら、実は戦争の原因をつくっているのだ」
 地元の自動車整備士で六十四歳、ジョン・コリンズ氏と名乗る男性は、個人の意思での街頭アピールだといい、反国連論を熱っぽく語った。元海軍軍人の彼はブッシュ政権の対イラク戦争には反対だったが、国連にはもっと強い反感を抱くのだという。
 ニューヨークの国連本部から八十キロほどのコネティカット州ウェストポートという海岸の町の出来事も一般市民の国連への反発をみせつけた。人口二万五千ほどのこの町で長年、国連友好委員会を主宰し、毎年六月には国連本部の各国職員を町に招いていた民間の女性活動家ルース・コーエンさんが八十一歳で亡くなり、町の一部の人たちがちょうど完工した地元の橋に彼女の名をつけようと州議会に請願した。
 ところが町民の多数から激しい反対の声が出た。「そうした命名はコーエンさんの国連支持への顕彰となり、いまや反米の演台となった国連への礼賛ととられる」(町民のジュディス・スターさん)ため、絶対反対だというのだった。請願は宙に浮いてしまった。
 同じ六月、ニューヨーク市内に住む有名な映画スターのジェリー・ルイス氏がFOXテレビに出て、一気に語った。
 「国連をなくせば世界のトラブルはずっと減る。世界各国から代表がここにきて、外交特権をよいことに違法駐車をして、劇場でショーをみて、高級ホテルに住む。ボスニアで虐殺が起きても、インドとパキスタンが核爆弾を破裂させても、彼らはなにもしない」
 ルイス氏といえばコメディー俳優の長老だが、この日は真剣な語調で国連無用論を説くのだった。
 「国連の連中は自分の存在の正当化のためにトラブルを絶やさないようにする。いつも他人のカネを使うその活動というのはジョークだ。国連なんて不要だと、私は二十年前から思ってきた」
 米国でのこのたぐいの反国連の大衆感情は新しくはない。一九四五年に国連が正式に誕生した当初から米国内には孤立主義の志向やアメリカン・ウェー・オブ・ライフの保持とからんで国連への反発は存在してきた。国連の結成を最大に主導した国で国連への反発が最強だという錯綜(さくそう)した構図だった。
 だが歴代の米国政府は国連と共存してきた。大衆レベルでの反国連の情理を公式の政策にして、脱退や絶縁を宣言したこともない。その基本はいまも変わらない。イラク戦の過程で国連を徹底して批判してきたブッシュ政権も、イラクの復興や保安には国連の協力を求める姿勢までみせてきた。
 だがそれでもなにかが大きく変わったようだ。対テロ戦争からイラク攻撃にいたる世界のうねりは米国の対国連観の深奥を変質させてしまったようなのだ。米国内各地でみられる国連への反発や不信がこれまでになく激しく、広いのも、その例証としてみえる。
 マスコミでも「国連の不条理」として「国連はよい考えを悪く履行しているのではなく、悪い考えなのだ」(政治評論家ジョージ・ウィル氏)という主張が多くなった。「国連に戻るな」という題で「国連安保理の目的は独裁者ではなく米国を抑えることなのだ」(同チャールズ・クラウトハマー氏)というような意見も珍しくなくなった。
 国連をみる目が変わったというよりも、むしろ国連自体が従来の欠陥や偏向をかつてないほど明白にさらけ出した、という方が適切なようなのだ。こうした展開を映し出すように、米国の学界でも国連の実効性の終わりを率直に説く学説が発表されるようになった。
 ペンシルベニア州立大学の国際政治学者アレクサンダー・ジョフィ教授が七月に発表した「既知の世界の終わり」と題する論文もその一例だった。同論文は「二〇〇二年後半から二〇〇三年初めには国連を基盤とする国際社会のぞっとするような最終の崩壊が目撃された」と指摘し、以下のように結語していた。
 「国連はついにグローバルな統治の模範を実効的にも道義的にも提示しえないことを証明してしまったのだ」
(ワシントン 古森義久)
 
 
 
 
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