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1989/08/05 読売新聞朝刊
[社説]世界に伝えた「平成流」皇室
 
 天皇陛下が即位されて七か月、速いテンポで変化する世相の中で、皇室と国民の間は相変わらず安定した関係が続いている。天皇制に関する本紙など各種の世論調査でも「今の象徴天皇のままでよい」とする回答が、八割を超えている。
 その中で両陛下は四日、即位後初めて内外記者団と会見され「現代にふさわしい皇室のあり方を求めていく」「これからも広く人々と接していきたい」と、常に国民とともにある皇室を強調された。
 五十歳代の両陛下は即位後、ご公務にも昭和天皇とは違った、平成流とも言うべき新しいスタイルを取り入れておられる。国会開会式、植樹祭などの公式のあいさつでは、国民や国会議員に「皆さん」と呼びかけられ、初めて地方にお出かけの植樹祭でも、見送りや警備を簡素化、広い道路では対向車も通された。
 日ごろ「国民との間に距離があってはならない」と話されている両陛下は、私生活でもご一家で食事や散歩をともにし、側近を「さん」づけで呼ばれる。健康診断のためのドック入りや、皇太子時代から続ける献血は即位後も実行された。いずれも天皇としては前代未聞のことという。
 即位後の儀式で「皆さんとともに日本国憲法を守り」と述べられた陛下は、この日の会見でも改めてその立場を強調された。その上で「憲法に定められた天皇のあり方を念頭に置き、務めを果たしていきたい」との決意を述べられた。
 さらに、昨秋から続いている天皇制、昭和天皇の戦争責任をめぐる論議に関連して「言論の自由が保たれることは、民主主義の基礎であり大変大切なこと」「現在の世界は、あらゆる国々が国際社会の一員という立場に立たなければ人類の幸福は得られない」との基本認識も示された。
 いずれも皇太子時代に述べられた見解を出るものではないが、天皇として改めて内外に宣言されたことに意義がある。戦争責任などの微妙な問題については、やや硬さも見られたが、その堅実な平和志向は世界の人々に強い印象を与え、誠実で温かいお人柄は、テレビを通じて多くの国民の共感と親しみを集めたことだろう。
 側近の中には、お二人の新しい皇室像への模索を「皇太子時代のスタイルをそのまま持ち込まれただけ」と、ことさらに変化を打ち消す声もある。だが皇室が一方で日本古来の伝統を維持しながら、時代とともに変化していくのは当然だ。
 むしろ皇室と国民との関係で注目すべきは、世論調査で「関心がない」との回答が毎回二、三〇%を占める事実だ。お二人の努力もこうした傾向を念頭に置かれてのことだろう。双方を菊のカーテンで隔てるような動きは厳に慎むべきだ。
 これから皇室は、即位の礼や皇太子のご結婚など重要な行事が続く。その儀式は、多くの国民が心からお祝いできる形でありたい。それが長い目で見て、国民の支持を集めることにつながるだろう。
 皇室と国民の関係は、人と空気のように自然な間柄が理想だ。
 
 
 
 
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