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1993/01/08 毎日新聞朝刊
[記者の目]皇太子妃内定 新たなお妃像切り開く
 
 皇太子さまのご結婚相手は、書類かばんとトレンチコートがよく似合う、さっそうとしたキャリアウーマンだった。「徹夜で仕事をこなすスーパーレディー」「初の女性駐米大使も夢ではなかった」。熱心な仕事ぶりから、将来を嘱望されていた外交官、小和田雅子さん。だが、皇族の一員になるという道を選んだ。「お妃(きさき)候補者探し」の取材にかかわった記者として、雅子さんは新しいお妃像を生んだと感じている。
 その朝を、私は忘れられない。今から五年前のことだ。出勤途中の雅子さんから話を聞こうと、早朝から同僚記者と二人で東京・目黒の自宅前で待っていた。普段通り、玄関に姿を見せた雅子さんはショートカットにトレンチコート。黒い書類かばんはふくらんで重そうだった。二人にちらりと視線を投げた後、軽く会釈をして歩き出した。私たちは社名を告げ、単刀直入に切り出した。
 「皇太子妃の最有力候補として名前が挙がっていますが・・・」。その時、背後から、二人の男性が走ってきた。見たことのある週刊誌の記者とカメラマンだった。雅子さんの真正面で、そのカメラマンはシャッターを切り始めた。フラッシュもたかれた。カメラは雅子さんの顔から二十センチと離れていなかった。だが、最寄り駅までの十数分、雅子さんは、全く目をそらそうとしなかった。あごを上げ、胸を張り、歩調さえも自宅の玄関を出てから少しも変わらなかった。
 当時、雅子さんは二十四歳。揺るぎない、凛(りん)とした態度に、私は質問の言葉をのみ込んでしまった。「(お妃になることなんて)ありえません」。このひとことだけがその日の収穫だった。
 それから数日たって、雅子さんは積もり積もった怒りを爆発させた。名乗らずに強引に取材しようとした別の社の記者に向かって「どこの社なの。名前を言いなさい」と言ったのだ。この“事件”は、スポーツ紙などに大きく取り上げられた。
 この記事を読んで、私は心ひそかに拍手を送っていた。そうだそうだ、怒るのは当然よ、ルールを守らない記者が悪いんだから。自分のやっていることを棚に上げて、そう思っていた。ある皇室関係者は、この“事件”を知って「気のお強い方はどうも(お妃には好ましくない)」などと言っていたが、雅子さんのはっきりした態度は、私にはさわやかに映った。一方で、これまでの「お妃候補」のイメージと違う女性だな、と感じた。
 皇太子さまについての取材では、こんな体験もした。一九九〇年夏、群馬県内の登山に同行取材した時のこと。どうにか頂上に登って、しばらくすると皇太子さまが近づいてこられた。「大丈夫でしたか、つらかったのではないですか」と話しかけられた。さりげない思いやりに、皇太子さまの存在を身近に感じた一瞬だった。魅力あるお二人だが、当時、結婚することになるとは思わなかった。
 毎日新聞社会部の皇室取材班は独自に「お妃候補」をリストアップしてきた。過去の皇族の妃選びを分析し、さまざまな「条件」をクリアしているとみなされた女性たちだった。条件とは、家柄、容姿、財産など。就職はしていないほうがよかった。親類に事件にかかわったような人がいてもリストから外した。お妃候補イコール深窓の令嬢。そんなイメージだった。そこにはバリバリのキャリアウーマン像はほとんどなかった。
 お妃取材。自分と同世代の女性に容姿や家柄でランクをつけ、追いかけ回すことがつらかった。雅子さん自身についても「おじいさんがチッソの元会長ではまずい」「外国生活が長いという経歴はいかがなものか」「仕事に燃えるような人は向かないのでは」という関係者からの声も聞かれた。一体、国民がお妃に求めているものは何なのだろう。いつもこの疑問がつきまとっていた。
 今、雅子さんが皇太子妃となることが内定し、皇室をはじめとする日本社会が、マスコミも含めて作りあげてきたともいえるお妃像に、新たなページを切り開いたのではないかと思う。皇后さまが皇太子妃に決まった時は、「初の民間出身」と騒がれたが、雅子さんのような「キャリアウーマン」のお妃が誕生したことで、時代の流れとともに、求められるお妃像も変わってきていることに気づく。
 外交官としての雅子さんには、「皇室外交」のけん引車として期待する声も少なくない。しかし象徴天皇制は皇室が親善以上の外交を行うことを許してはいない。その意味で、実際に雅子さんが外交面でその経験を発揮できる場が多いとは思われない。
 皇太子さまは、結婚の条件として、「出会いやプロセスを大事にしたい」とあくまで自然な交際にこだわり続けた。特異な「皇室」という場で、精いっぱい“普通の若者”になろうとされているようにも映る。しかし、皇太子妃の座が、一般の花嫁と掛け離れたものであることはいうまでもない。
 お二人が国民に与える印象と、置かれている現実との落差。その溝は埋まるものなのか。「皇室」を考える時の永遠の課題なのかもしれない。
<大倉美香・社会部>
 
 
 
 
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