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ワーディー・アットゥール修道院遺跡の形質人類学的調査(2003年度)
ムハンマド・ファウズィー・ガーブ・アッラー
ザイザフーン・フサイン・バダウィー
(武田摩耶子訳)
 
 2003年のワーディー・アットゥール修道院遺跡における形質人類学的調査では、約16基の墓を精査し、48体の人骨を検出した。その上、多数の個体の人骨(部分)が混在した状態で検出された。これらの人骨の年齢は成人から乳幼児で、性別は男女両方である。また、全体の50%強は小児のものである。今期の調査でワーディー・アットゥール修道院内主教会床面下の最上層部にある墓の発掘は完了した。下層の埋葬遺体の調査は2004年に行われる予定である。
 撹乱されていない完全な人骨の埋葬法は、同墓地の他の場所で発見された埋葬遺体と同様で、頭部を西に、足を東にそして両手は胸の上に交差して置くという形であった。
 注目されることは、墓の壁は修道院の壁と同材質の割れた石で作られており、人骨が納められていた棺は完全に壊れていること、数基の墓に数本の鉄釘と木の残骸が残っていたことである。墓には様々なタイプがある。1体用のもの、複数の埋葬遺体を含むもの、そして、3番目のタイプは多数の別個体の人骨を特別な処置をせずに入り混じった状態で埋葬したものである。今期は墓地の南壁、北壁の近くに配置された3基の合葬用の墓を精査した。墓の構造から見てこれらは修道院が取り壊された後に作られたものであることは明白である。数基の墓が、主教会の壁の基礎部に部分的に切り込んでいるからである。
 発掘された人骨資料の計測、考察は発掘現場で行われ、その後、布で覆って再び元の場所に埋められたことを明記しておかなければならない。発掘された骨の考察結果は下記の通りである。
 
1)46号墓
 2個体を含む(33-56号人骨、33-56号A号人骨)
(1)33-56号人骨
 ほぼ完形で12ヶ月前後の乳児である。
*頭蓋
・蝶形骨:蝶形骨体に両側の小翼と右大翼が癒合したものだけが残存。
・側頭骨:鱗状部と岩様部が癒合しており、未完成の鼓室輪と未発達の乳様突起が共に残存している。
・前頭骨:前頭縫合はまだ完全に癒合していない。
・上顎骨:中、側切歯が萌出している。
*下顎骨:左右の下顎体が癒合している。中切歯が萌出しているが、側切歯は萌出中である。
*上肢(表7)
・左右の肩甲骨、鎖骨、上腕骨、橈骨、尺骨
・手骨:中手骨と指骨の一部
*下肢(表8)
・寛骨:左右の腸骨、坐骨、恥骨
・左右の大腿骨、脛骨、腓骨
・足骨:右距骨、中足骨、指骨
*肋骨:左右の肋骨が部分的に残存。
*椎骨:左右の椎弓は癒合し、棘突起を形成しているが、まだ椎体とは癒合していない。
(2)33-56A号人骨
 死亡推定年齢6ヶ月の新生児。
*頭蓋:後頭骨の底部が部分的にある。
*下顎:癒合前の左下顎体のみ残存。萌出している歯はない。
*上肢(表7)
・左肩甲骨、右鎖骨、左上腕骨と左尺骨
*下肢(表8)
・右腸骨と右大腿骨
*右第一肋骨
*椎骨:癒合していない椎弓が25個残存している。
 
2)47号墓
 この墓は36-59号人骨を含む。
(1)36-59号人骨
 ほぼ完形で8ヶ月ほどの新生児である。
*頭蓋
・蝶形骨:蝶形骨前部と小翼が癒合している。
・側頭骨:岩様部と鱗状部は癒合しており、乳様突起は未発達である。
・後頭骨:全ての部分が未癒合である。
・上顎骨:両側の上顎骨は未癒合である。中切歯は萌出している。
*下顎骨:両側の下顎骨は未癒合で、中切歯は萌出している。側切歯は萌出途中である。
*上肢(表7)
・左右の肩甲骨、鎖骨、上腕骨、橈骨、尺骨
*下肢(表8)
・寛骨:左右の腸骨、坐骨、恥骨
・左右の大腿骨、腓骨
・足骨:左右の踵骨と距骨
*肋骨:全て残存
*椎骨:椎弓は癒合しておらず、椎体も分離している。
 
3)48号墓
 この墓は3個体を含む(37-60A号人骨、37-60B号人骨、37-60C号人骨)。
(1)37-60A号人骨
 残存状態が不良。40歳前後の男性個体である。
*頭蓋(表2)、下顎(表3)
*甲状腺軟骨は部分的に骨化している。
*上肢(表4)
・左右の肩甲骨、鎖骨、上腕骨
・手骨:6つの手根骨と中手骨
*下肢(表6)
・左右の脛骨、腓骨と左膝蓋骨
・足骨:左右の足根骨、8つの中足骨、12個の指骨
*胸骨:胸骨柄と胸骨体
*肋骨:ほとんど全ての肋骨が残存しているが、残存状況は不良である。
*椎骨:第2頸椎以外の頸椎と胸椎は残存しているが、腰椎は一つしかなく、完形でない。
(2)37-60B号人骨
部分的に残存している10〜15歳の未成人である。残存している骨に骨端癒合はみられなかった。
*下肢
・残存不良の坐骨
・足骨:右距骨と4つの指骨
*椎骨:骨端のない胸椎が一つ残存している。
(3)37-60C号人骨
 一部のみが残存している新生児。
*頬骨の一部
*胸骨分節の一つ
*椎骨:4つ未癒合の椎弓
 
4)49号墓
 38-61号人骨を含む。
(1)38-61号人骨
 ほぼ完形の未成人骨で、推定年齢6ヶ月の個体である。
*頭蓋
・蝶形骨:蝶形骨前部は両側の小翼と片方の大翼と癒合している。
・側頭骨:岩様部と鱗部は癒合しているが、鼓室輪は不完全である。
・後頭骨:4つのパーツは未癒合である。
・上顎骨:両側の上顎骨は未癒合で、いずれの歯牙も萌出していない。
*下顎骨:両側の下顎骨は未癒合で、いずれの歯牙も萌出していない。
*上肢(表7):左右の全ての骨が残存
*下肢(表8):左右の全ての骨が残存
*椎骨:椎弓は癒合しているものとしていないものがあり、全ての椎弓は椎体と癒合していない。
 
5)50号墓
 50号墓は14個体の人骨が混ざって含まれていた(43号、43-66号、43-84A号、43-84B号、68A号、68B号、68C号、70A号、70B号、70C号、70D号、71A号、71B号、71C号人骨)。
(1)43号人骨
 残存状態の悪い、2歳程度の乳児である。
*頭蓋
・頭頂骨:外表面に脈管溝や脈管孔がみられ、それらは頭頂結節から伸びている。
・眼窩上面にはクリビア・オリビタリアがみられた。
*下顎骨:左右の下顎骨は癒合しており、全ての乳歯が萌出されている。
*上肢(表7):左右の鎖骨のみが残存していた。
*下肢(表8)
・寛骨:左右の坐骨と左右の恥骨
・左右の大腿骨、脛骨、腓骨
(2)43-66号人骨
 骨格の幾つかの部分が破損した30歳代の女性人骨。
*頭蓋と下顎の破片(表3)
*舌骨
*上肢:全ての骨が破損して、不完全であった。
*下肢(表5、6):ほとんどの骨が破損していた。
・足骨:左右の距骨、踵骨、立方骨
*肋骨:ほとんどの骨は残存していたが、その状態は不良である。
*椎骨
・全ての頸椎、胸椎、腰椎が残存
・仙骨
(3)43-84A号人骨
 この個体の骨は著しく破損しており、60歳以上の老成人男性である。
*頭蓋の破片と破損した下顎骨
*上肢:破損している。
・鎖骨:左右が残存。右の鎖骨の胸骨端に骨折の治癒痕がみられ、でこぼこの骨性のたこがある(図1)。
*下肢:破損している。
*肋骨:破損している。
*椎骨
・頸椎:全てが残存しており、ほとんどに骨増殖がみられる。
・腰椎:全てが残存しており、椎体は潰れている。
(4)43-84B号人骨
 16歳の女性未成人骨である。
*頭蓋(表2):蝶形後頭縫合はまだ癒合していない。
*下顎骨(表3):わずかにエナメル減形成が認められる。
*上肢(表4):破損している。
*下肢(表6):破損している。
*肋骨:破片が残存しているのみである。
*椎骨:全ての頸椎、胸椎、腰椎が残存している。
・第5腰椎は二分脊椎がみられる(図2)。
(5)68A号人骨
 40歳以上の成人男性の骨が数個残存している。
*下肢(表5、6)
・左右の大腿骨、脛骨、腓骨、膝蓋骨
・足骨:左右の踵骨、左距骨、4つの中足骨と2つの指骨が残存している。
(6)68B号人骨
 ほぼ完形の新生児で、生後8ヶ月42ヶ月と推定される。
*破損した下顎骨
*上肢(表7):左右の上腕骨、尺骨、橈骨が残存。
*下肢(表8)
・寛骨:左右の腸骨、坐骨、恥骨
・右の大腿骨と左右の脛骨と腓骨
*肋骨:全て残存している。
*椎骨
・頸椎:左右の椎弓は癒合していない。
・胸椎と腰椎は後方で椎弓の癒合がみられる。
・椎体と椎弓は癒合していない。
(7)68C号人骨
 6ヶ月の新生児で、ほぼ完形である。
*下顎骨は半分残存しており、萌出している乳歯はない。
*上肢(表7):左右の上腕骨、尺骨、橈骨
*下肢(表8)
・寛骨:左右の坐骨と恥骨
・左右の大腿骨と脛骨
*椎骨:左右の椎体は癒合しておらず、また椎体との癒合もない。
(8)70A号人骨
 50代の成人女性で、残存状態はあまり良くない。残存している骨も骨粗鬆症を示す。
*上肢(表4)
・左右の肩甲骨、鎖骨、尺骨、橈骨、破損した左上腕骨が残存。
・手骨はほとんど残存している。
*下肢(表5、6)
・左右の寛骨、大腿骨、脛骨、腓骨、膝蓋骨
・足骨はほとんど残存している。
*胸骨:胸骨柄と胸骨体が分離している。
*肋骨はほとんど残存している。
*椎骨
・全ての頸椎、胸椎、腰椎が残存している。
・仙骨:尾椎は6つ残っており、第一尾椎は仙骨と癒合している。
(9)70B号人骨
 22歳の若い成人女性であり、残存状態があまり良くない。
*頭蓋:破損した上顎骨のみ残存。
*下顎骨(表3)
*上肢(表4):骨端の癒合途中である。左右の上腕骨のみ残存。
*下肢(表5、6)
・破損した右寛骨、左右の大腿骨、脛骨、腓骨
・足骨:左踵骨、左距骨
(10)70C号人骨
 45歳の成人女性で、残存状態はあまり良くない。
*頭蓋:側頭骨、頬骨、上顎骨、鼻骨の破片
*下顎骨(表3):厚いカルシウムの堆積物が歯根の周りにみられる(図3)。
*上肢:破損した左右の肩甲骨
*下肢(表6):左右の寛骨、大腿骨、脛骨
(11)70D号人骨
 45歳の成人男性で、残存している骨はあまり多くない。
*頭蓋(表2):頭蓋は完形で残存しており、平らで丸い後頭部がみられる(図4)。
*下顎骨(表3)
(12)71A号人骨
 30歳代の成人女性で、残存している骨は多くない。
*上肢(表4):左右の上腕骨と右橈骨と破損している右尺骨
*下肢(表5、6):右大腿骨、左脛骨
(13)71B号人骨
 7歳の女児人骨で、残存している骨は極わずかである。
*上肢
・右肩甲骨、破損した左右の上腕骨と破損した左尺骨
・手骨:中手骨、指骨
*下肢
・破損した左寛骨と右大腿骨
・足骨:中足骨、指骨
(14)71C号人骨
 18歳の未成人骨で、残存状態はあまり良くない。
*破損している頭蓋
*下顎骨:左右の下顎骨は癒合しており、切歯、犬歯、第一乳臼歯は萌出している。
*上肢(表7):左右の鎖骨、上腕骨、左橈骨と尺骨
*下肢(表8)
・左右の大腿骨、腓骨、右の脛骨は残存している。
・足骨:左右の距骨と踵骨
*少数の肋骨
*椎骨:椎体の一部
(15)混合した骨群
 成人骨と未成人骨が混合している。
A. 成人骨
*頭蓋:完形の頭蓋、破損した頭蓋、分離した頭頂骨と前頭骨
*上肢:手根骨、中手骨、指骨
*下肢:左大腿骨、足根骨の一部、中足骨、指骨
B. 未成人骨
*頭蓋の破片
*下顎骨:4つの癒合していない下顎骨片
*上肢(表7)
・肩甲骨(右2つ、左3つ)、右鎖骨、上腕骨(右3つ、左3つ)、橈骨(右4つ、左5つ)、尺骨(右3つ、左4つ)
・手骨:中手骨、指骨
*下肢(表8)
・寛骨:腸骨(右3つ、左3つ)、右坐骨、右恥骨
・大腿骨(右3つ、左2つ)、脛骨(右3つ、左3つ)、破損した腓骨が3つ残存している。
・足骨:中足骨、指骨
・肋骨の大部分
・椎骨:癒合していない椎体と椎弓







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