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ご挨拶
 近年,日本海側では大型エチゼンクラゲ,太平洋側ではハリセンボンが沿岸の定置網に大量に入るなど,特異な現象が報道され,海洋環境の変化に対する関心は漁業者の方だけでなく,一般の方々にも高まっています。また,大衆魚といわれてきたマイワシの漁獲量が極端に減少し,高級魚に仲間入りする一方,カタクチイワシなどの漁獲量が増加しています。これら多くの水産資源は産卵する親魚の量だけでなく,海洋環境が資源量の変動に大きく影響することが知られていますが,そのメカニズムについてはまだまだ多くのなぞが残されています。このような水産資源をより良く管理し,利用するためには,水産資源そのものの調査研究だけでなく,海洋環境の変動の理解が不可欠です。
 独立行政法人水産総合研究センターでは,水産庁からの委託事業として各地方自治体の水産業試験研究機関のご協力を得ながら,水産資源の調査研究とともに海洋環境の調査研究を継続してきました。人工衛星からの広域情報が利用できる近年においても,調査船による洋上での海洋観測は衛星情報の補正だけではなく,水温や塩分などの鉛直分布,さらに動・植物プランクトンなどの生物情報など多くの情報を提供しています。しかしながら,調査範囲には限りがあり,特に世界最大級の流量を誇る黒潮に沿った観測には大型の船舶が不可欠です。その意味からも黒潮に沿って運航されている商船フェリーは格好の海洋観測プラットホームであり,その有効利用が望まれていました。また,これらの海洋環境調査データを組み合わせたリアルタイムの情報提供を可能にし,漁業者の方だけでなく,海に関心を持たれる一般の方々により良いデータ提供のできるシステム開発が必要とされてきました。
 この度,日本財団の助成事業として「沖合海洋情報流通システムの開発」を実施し,ここにその成果を報告書として提出することができました。この研究は,独立行政法人化した元国立研究機関の中で初めて日本財団の助成事業として実施された記念すべき事業でもあります。本事業を実施するに当たり,助成をしていただいた日本財団と同財団の皆様はもちろんのこと,ご尽力,ご指導いただいた多くの方々に深く感謝申し上げます。
 
平成16年2月
独立行政法人水産総合研究センター 理事
中央水産研究所 所長(事務取扱) 松里寿彦
 
1. 事業の目的
 近年,日本沿岸域では豊後水道におけるアコヤ貝の大量斃死や有明海における養殖ノリの不作等の社会的に緊急を要する漁場環境問題が発生している。国や地方自治体では長年にわたり浅海・沿岸・沖合定線調査を実施してきている(図1参照)が,上記の緊急研究に対応できるような系統的な漁場環境のリアルタイムモニタリング調査は未だ十分にはなされていない。
 さらに,日本南岸沖を流れる黒潮は時間変動と空間変動に富んだ特性を有していて,沿岸漁業者にとってはその挙動を把握することが非常に難しい。また,地先沿岸域を重点的に調査・研究する地方自治体の水産業試験研究機関にとっても,沖合黒潮域の海洋情報はなかなか継続的には入手できにくいものである。
 最近,物流輸送のモーダルシフト化に伴い,商船フェリーが日本近海の輸送手段として注目をあびるようになってきた。日本南岸の黒潮域でも多くの商船フェリーが人・物流輸送を担っていて,東京−沖縄間(図1)を中心に複数のフェリー航路が設けられている。沖合黒潮域の海洋情報(水温,流向・流速等)をほぼ同一航路で,定期的に,かつ継続的に取得することができる観測方法として商船フェリーは非常に有効なプラットフォームである。
 
図1 
中央ブロックの定線調査網
(●,※印)と商船フェリー航路
 
 本事業では,黒潮水域の都県がそれぞれ独自に整備してきた「海況情報収集システム」に関する一連の調査・研究基盤を基に,商船フェリー(図1参照)等を活用した黒潮水域全域にわたる海洋環境のリアルタイム・モニタリング・システムの開発とデータ流通システムの構築からなる「沖合海洋情報流通システム」を開発し,それを活用して海洋環境の変動特性の実態を把握し,沿岸漁業への影響を明らかにすることを目的とする。
 
(1)沖合海洋情報流通システムの開発
 中央水産研究所は商船フェリー等を活用した黒潮水域全域にわたる海洋環境のリアルタイム・モニタリング・システムの開発とデータ流通システムの構築からなる「沖合海洋情報流通システム」を開発し,自動運用するとともに,本事業の研究統括を行う。また,本事業で取得した沖合海洋情報はデータベースとして編集し,広範囲にわたる日本南岸黒潮域の海洋環境変動の実態や特性を把握し,沿岸漁業への影響を明らかにするための研究資料とする。
 
(2)地方自治体との連携
 黒潮水域に面した地方自治体(鹿児島県,宮崎県,大分県,愛媛県,高知県,徳島県,和歌山県,三重県,愛知県,静岡県,神奈川県,東京都,千葉県)の水産業試験研究機関と連携し,海洋情報の提供および地先沿岸域の海洋構造に関する情報提供を受ける。特に,大型浮魚礁ブイ(テレメータ方式自動気象海象観測ブイ)を運用している宮崎県や高知県等と連携を図るとともに,その他の都県とは地先定置水温観測情報を中心に情報提供していただく予定である(図2)。そして,共同研究機関の連携で海洋情報の総合管理を目指し,水温等の海洋情報を活用した黒潮沿岸域における海況変動の予測技術の開発に着手する(図3参照)。
 
図2 
中央ブロック都県が定点観測を行っている測点(*印)
 
図3 
黒潮水域におけるリアルタイム海況モニタリング網の構想
(○印を付けた定点の水温変動の位相差で黒潮沿岸域の擾乱の移動を追跡する。)
 
(3)地域研究集会
 また,沿岸漁業者と研究者との交流の場として地域研究集会を開催し,黒潮水域における海洋構造変動と水産資源変動との関係について,いろいろと情報交換を行う。







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