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〈弱い人が力を寄せ合っていく文化を〉
 
 それでは、そんな活動をやっている中で私達が文化を作りたい、弱い人の立場を沿った中で本当にこういろんなこうお互いに違いはあるんだけれども弱い立場に立った人達に沿えるような文化を作っていきたいな、ということでずっと活動してきたことが、私達がなんとかそのことを伝えよう伝えようと思ってやってきたんですけれども、とうとう去年十五年経ったものですから、その思いを心の病気をしたのだけれど、とっても元気に生きているんですよという思いを伝えたくって、去年「十五周年記念のコンサート」をやったんですね。
 お蔭様で五百席が満席になって、チケットも六百枚以上売れまして、すばらしいコンサートとシンポジウムをやれたんですが、その時に今日話してくれた真貴子さんも登場していて、当事者としての誇りということ語ってくれてくれたんですね。
 それは多分全国でも珍しい事だったんじゃないかなと思っています。
 今まで心の病気をした当事者達が堂々とみなさんの前で語るという事は考えられないことでした。しかも当事者が誇りを持って生きていますという事を語るということはなかなかなかったと思うんですね。
 でも私達は、そのことを語ろうよと、心の病気をした当事者であるという事を世間に隠したり、あるいは自分から後ろに引いてしまったりするんではなくって、もう堂々と『私は当事者です。でも誇りを持って生きているんです』ということを語りたいねという事でシンポジウムをやったんですけれども。
 その時はさっきご挨拶してくれた紅茶の時間の水野スウさんも金沢から出てきてくださったんですが、本当にいい会が出来たんですね。その時、私達は自分達の思いを歌にもしたいね、ということで歌を作ったんですね。
 一年がかりで自分達の思いを一生懸命歌にしようということで歌を作りまして、CDブックス「へいなよ」というのを作りました。
 今日は会場の奥に見本で置いてありますけどね。サブタイトルは「We are not alone」っていう「私達は一人ぼっちじゃないんだよ」という時自分たちの歌も入れて、思いも書いた本を作ったんですね。
 その時に、八丈島という島があるのをご存知ですかね?その島で、元気に八丈太鼓という太鼓を叩きながら生きている、奥山熊雄さんというおじいちゃんがおりましてね。そのおじいちゃんがすごく貧しい島の暮らしの中で歌が人と人との輪を結ぶから歌を歌いながら太鼓を叩きながら元気に生きて行こうね、という事で本当に素晴らしい八丈島の太鼓と歌を聞かせてくれるおじいちゃんなんですけどね。
 そのおじいちゃん今東京都の無形文化財になっているんですけれどね。
 このおじいちゃんと一緒に私たちは歌を作ったんですね。
 ですから八丈島の海岸でみんなで歌を歌って太鼓を叩いてもらって、そして八丈島の海の音とか鳥の声とか風の動きとかそんなものも入ったようなCDブックスが出来たんですね。
 何故こんなものを作ったかと言いますと、私達は心の病気をしたという事を誰にも分かってもらえないとか、分かってくれないのは世間が悪いからだとか、ついつい言ってしまいますよね、すごく偏見が強いからとかね。
 そして自分が上手く生きれないことを周りの人のせいにしがちなんですけれど、そうではなくって、「私達が本当はこうして欲しいんだ」とか「ここが辛いんだ」とか「こんな風に一緒に生きていきたいんだ」っていうことを自分達の思いで伝えなきゃいけないんじゃないかと。
 ですからそんな思いを伝える為には歌もいいんじゃないかと思ったんです。
 歌って結構人の心に直接入ってきますよね。
 是非みなさんに聞いて欲しいんですけれど、客観的な現実という目で見るととっても大変な状況の中で生きている人達なんだけれど、でもこんなに元気に生きていますよ、ということを伝えたくて。そして全国各地でもしかして自分だけが不幸なんだとか、自分はこんなに孤独なんだっていう思いで、自分の世界を狭くして生きている人たちに思いが届けられたらいいなということで歌を作りました。
 もちろん歌を作ったことなんてないですから、笠木透さんという「フォークシンガー」の方に歌作りの方法を教えてもらいまして、まず詩を書くことから、それから曲を作ることから、教えてもらいまして、みんなで詩を書いてきましてね、そして曲も一節浮かぶと留守番電話に吹き込んだりしましてね、ちょっと閃くととにかくそれを声にだして録音しておいたりしまして、そしてその曲を寄せ集めて作ったんですね。ですから寄せ鍋のような歌になったかなっていう風に思うんですけれど。
 その中の一つを私みなさんにちょっと下手なんですが歌いたいと思っていますが。
 それのひとつは、今日は一緒に来れませんでしたが、吉岡豊さんの作った歌です。
 彼は大学生の頃病気になってしまってね、そして七年くらい苦しくって苦しくって自分の部屋に閉じこもってきて、外に出る事が怖くて怖くてね、なかなか外にでることができないでいた青年がいました。
 その彼がね、クッキングハウスに出会って、少しずつ自分の心の扉を開いていくんですけれども、そしてクッキングハウスで同じ体験をした仲間と出会う訳なんですね。そして彼はその仲間達とようやく自分の将来の希望とかを語り合えるようになっていくんですが、その吉岡豊くんがクッキングハウスで出会った青年が自ら自分の命を絶ってしまったんです。それは私にとっても非常に悲しいことでした。
 その青年は仕事に行くようになって、でもだんだん対人関係が辛くて仕事に行かれなくなってしまってね、そしてその仕事に行かれなくなってしまった自分を責めてしまって、とうとう鬱状態になってしまって、私達が訪ねた時には既に命がなかったという青年だったんですね。」
 その青年のことを吉岡豊くんが歌に作ったんですね。その詩に私達が皆曲を付けていったんです。
 それで出来上がった歌が「君は一人ぼっちじゃない」っていう歌なんです。君は逝ってしまったんだけれども、でも君のことをこんなに心配していた仲間がいるんだから、その仲間を忘れないでねっていう。
 もしかしてこれは、私達が今まで出会った色々な人達との思い出を思い出してみる歌にもなるんじゃないかなっていう風に思いまして、出来た歌です。
 みんなの思いが詰まった歌で、もしかしてこの歌が全国でね、一人で死にたいほどの辛さでいる青年達に届けばいいなと言う思いで作りましたので、ちょっと聴いて下さい。(下記参照)
 
〜「君は一人ぼっちじゃない」を歌います〜
 
♪ 人を責めたり、裏切ったりしない
君は本当に良い奴だった 弟のようだと思っていたのに、君は先に逝ってしまった
〜泣いたり笑ったり、飯食ったり君と過した
クッキングハウスまたいつか天国で会えたなら
バカ話の続きをしようよ〜
♪♪ 言いたい事があったなら、八つ当たりでも
言ってくれたらどんなによかったか
友だちじゃないか君は黙っていってしまった
〜泣いたり笑ったり、飯食ったり君と過した
クッキングハウスまたいつか天国で会えたなら
バカ話の続きをしようよ〜
♪♪♪ いつかはきっといいことがあるから
頑張ろうと君は言っていた
君の言葉を頼りにしながら僕は
今日まで生きてきたのに
〜泣いたり笑ったり飯くったり君と過した
クッキングハウスまたいつか天国で会えたなら
バカ話の続きをしようよ〜
 
 こんな歌をみんなで作ったんですね。私はこれが出来てから悲しい時にこの歌を歌うんですね。
 そうするとなんか元気になってきて色々な自分と出会って別れた人、その人達のことを思い出したりして、あの人と出会えて本当によかったなとか、そんな思いが沸いてきてすごく心が暖かくなる、悲しい歌なんだけれども、心が暖かくなるんですね。そんな歌を皆で録音しましてそのCD-ブックスの裏にこのCDが付いているんですけれども、七十八分って長いんですけどね。
 私達が作った歌や、八丈島のくまちゃん、奥山熊雄さんって言うおじいちゃまの太鼓や、それから私達に歌を教えてくれた笠木透さんの歌や、それからクッキングハウスのすごい賑やかな笑い声とかね。そんなのが入ったのです。「へいなよ」って書いてありますけれどね、これは八丈島の江戸時代から伝わる言葉で「泣くなよ」って言う意味なんですね。泣くなよって言うのがなんか私達の今の心に響く言葉なのかななんて思いまして。「へいなよ」っていうタイトルにしたんです。そして下をね、私達は一人ぼっちじゃない、皆一緒に生きていくんだよ、って言うことを伝えたくって「We are not alone」にしたんですね。ですから、江戸時代の日本語と国際的に通用する英語と両方入ったタイトルになっています。本当に小さい場所から、「こんなお互いの違いを認め合って」そして「気持ちのいいコミュニケーションをしながら一緒に生きて行けたらいいね」と言う思いを届けようとしているのがクッキングハウスの現在の活動です。
 
〈心の病気のつらさとは〉
 
 それじゃ、後半ちょっとね、皆さんでちょっと勉強したいなっていう風に思っているんですけれども、まずここからですけれどね。私が二十年前にソーシャルワーカーになった時は三十五万人の人達が入院しているっていう風に伝えましたが、じゃあ、現在入院している人の数は減っていると思いますか、それとも増えていると思いますか?もっと増えているんじゃないかと思う人手をちょっと上げてください。
(会場からたくさん手が挙がりました)
 あーすごいそう思う。
 じゃあね、その数よりもずっと減ったんじゃないかと思う人。あー少ないですね。そうなんですよね。私達の実感としてはあっちもこっちも心が辛い人が結構いて増えているんじゃないかなって思いますよね。
 あの実際ね、心の病気で今現在ね、とっても大変な状況にいるという方たちの数字がだいたい二一七万人くらいと言われています。で、現在入院している人の数は約、約ですが三十三万四干人くらい。
 これは発表する厚生労働省とそれから精神病院協会とあと私達民間で発表する数字がちょっと違うんですけれどね。だいたいこの位の数の方達がまだ入院しています。しかもね、この半数の方達が社会的入院と言われていましてね、半分以上の方達は社会的入院と言われていまして、クッキングハウスのような、そういう「居場所」が地域にあれは退院できる人達、だけどもそう言う居場所やあるいは「サポートしてくれる人」やあるいは「一緒に付き合ってくれる人」がいないが為に退院できないでまだ病院にいる人たちです。
 大変な数字ですよね。この数字は国連の人権委員会からもかなり批判を受けていましてね、日本はこんなに経済的にも進んでいる、ハイレベルの国なのになんでこんなに長いこと病院にいる人達がいるの?と言う事でね、ようやく最近、「障害者プラン」っていうのが出ましてね、入院している人達を減らそうと言うことで取り組んでは居るんですけれど、それもとっても非常に矛盾した話なんですね。
 というのは病院に例えば二十年とか居た人がなんのリハビリの練習もなしに、「はい病院から出て行きなさい」と言っても出て行く場所もない訳ですよね。ですから、本当にね、全国各地にクッキングハウスのような居場所がたくさん出来て欲しいなぁという風に思っております。
 この間もね、こんな相談があったんですけどね。もう五十代になる、もう二十年以上入院してしまった本人をお姉さんがなんとか退院させてあげたいと今頑張っているんだけれども、それは大変な事なんですね。なぜかと言うと二十年間病院にいて、「お小遣いを自分で管理する事」とかね、「煙草とかそういう飲み物を自分でコントロールする事」とか何にも習ってきてないんですよね。
 だからいきなり地域に出るということは、それはすごくエネルギーがいる事でね。「退院をさせて上げたいんだけれども、どうしたらいいんだろう」とすごく悩んでらっしゃる。そういう悩みを抱えてらっしゃる方が今とっても全国に多いということなんですね。
 でも、私はやっぱり大変だけれどもやってほしいと思っています。私自身も一番最初に言いましたように長期入院している人と付き合って外泊をしてくる事を私が約束して待ち合わせをしてホームスティをしたりしながら退院を実現してきたんですけれども。
 是非そういうことを一緒にやってくれる、そういうサポートしてくれる方達が地域に出てくれたら嬉しいなっていう風に思っています。
 そうでないと、その人の一生はなんだったんだなと思いますよね。
 みなさんももし、この部屋が全然ドアが自由に開かなくって、ここにトイレもあります、ここで寝起きをしてください、ここに給食を運びますとか言われたらどんなですかね。それは耐えられないですよね。
 でも人間って言うのはどんな教養があってもどんな社会的地位があっても、そういう閉鎖的な環境を用意されてしまうと、ホスピタリズムがでてその施設に適応するような人間になってしまうんですね。
 例えば、給食だよってずらーと黙って並んで給食を貰うような人になってしまうということがあります。ですから私達はできる限り人間らしく生きていける環境を用意しなくてはならないと思っています。
 で、私自身は日本の精神医療、日本の精神科の病院が変わることが日本の文化の水準が上がることだと思っています。
 ですからみなさんにも是非理解して欲しいなと思いながらこんな思いを伝えているという訳なんですが。
 
〜今回参加されたきっかけをお聞かせください。また、今後、もっと知りたいと思うことは何ですか?〜
 
■町内の回覧
■まだまだ、勉強不足です。
■職場に「不思議なレストラン」の本があり、すすめられて読ませていただき、松浦さんの事を知りました。又、家族会より、この講演の事を知り、興味があったので参加しました。
■作業所にいて情報を得たのですが、このような模様しには時々出向くようにしています。外国の人はどんな様子か知りたい。
■水野さんの講演を聞いた事が有りまして、主催者の名前に水野さんの名前があったから。自分の知らない事がわかってよかったです。
■親も子も病気をとおして、学び、気づきを与えてくれていると思います。私は親としての未熟故、不安定だと子供もすぐ表れるので??的に、いろいろ勉強していきたいです。子供の自立、それに対しての職場等、その情報を求めています。
■中日新聞を見ての参加(作業所、ボランティア、経験あり)精神障害のある方で、石川県下ガイドヘルパーの需要ありますか?ガイドヘルパー(精神障害者対象)の研修を石川県は行政として施行してますか?一人暮らし、グループホームの方々への自立支援は?
■自分の事、家族の絆(きずな)がうすい事で悩んでいる事や同世代の友達を学生時代に作れなかったので、気軽に話せる友達がほしいと思っているので、これからの課題として、講演をききたかった。
■ためんなる話が聞けるから、もっとためんなる話をしてほしい。どんな時に再発しやすいかなど。
■チラシを見ました。県内に、郡内に、町内に、こんなことをしてる方がおられることが驚きで、チラシと中身を確かめたかった。
■中日新聞を見て。「昼食サービス」ボランティアについて、地域生活支援センターってどこにあるの?
■チラシを見て、クッキングハウス?心の病気?とどういう関係が?と思い参加しました。
■学校でもらったパンフレット。
■病院家族会の方からの情報として頂きました。
■「どんなお話だろう・・・?」と「ふしぎ」に誘われて・・・
■中日新聞を見て心の病気で苦しんでいる私達にとても必要な事と思いまいりました。
■地域生活支援センターに通っている娘(29才)が関心があり、一緒に参加する予定でしたが、残念ながら本人は調子が悪くなり(そううつ病が持病です)先週より入院しており、母親のみの参加となりました。調布のレストランのことは前より、一度訪ねてみたいと本人は申しています。金沢のクラブも活動が遠くなければ参加してみたいと思うでしょう。今日のことは報告します。
■ひきこもりの中から、ぬけ出して、人とのかかわりを持ちたいと思うきっかけ。どうゆう気持ちになった時に人と話したいと思うのか?
■より具体的な対策を知りたいです。
■勤務HPの家族会より。
■より具体的な対策を知りたいです。
■新たに何か得るものがあればと思い。
■私の周りにも心の病の方がいらっしゃることがありますが、どのように応対したら・・・と思っていたので参加しました。
■作業所の所長として何か求めていたのでした。松浦様の笑顔で話される姿勢に感動しました。これからも多様化するメンバーの接し方について学びたいと思います。
■自分自身、精神的にまいっていて、落ち込んでいたし、何もする元気がないので、何とか自分が元気になるきっかけになればと思い参加しました。
■「ほんだの森」で食事をした時、パンフをいただいた。
■私は昨年今年と特別支援学級の担任をしています。こんなにすてきな感性をもちながら、将来作業所でしか生きる、働く場所がないということを残念に思います。12月湯桶で松浦さんのお話を聞き、本を読んで、その思いを強くしています。
■水野スウさんの、いのみら通信をみました。
■心に病を持つ仲間のサークルで今後の活動等のもとになるかも知れないと思ったため。さまざまな経験を持った仲間で協力して、何かできないかといった話し合いの参考にしたいと思う。
■カモンミール倶楽部について知りたい。
■家族会で知りましたが、正直まよっていたのですが、お友達や訪問看護の方に強くすすめられました。出席して本当によかったです。
■作業所へ送られてきたお知らせをみました。
■以前より、松浦さんの生き方に、又、レストランに関心をもっていたから。
■中3になる娘が、心の病で2月から入院しています。突然のことで戸惑っています。本を読んだり、担当医と面談し、病気の説明、経過等を聞いてはいるものの「思春期の発病は事後がおもわしくない」という担当医の言葉がひっかかってしまいましたが、今日の講演を聞いて、あきらめず、ゆっくり娘と付き合っていきたいと思いました。
■新聞の記事「心の病気に負けないで」で知り参加しました。この様な精神病として心の病にかかっている本人の為にも親がしっかり??しなければならないと思い、色々又御指導下さい。
■友人から。時々こんな講演に参加したいと思う。
■松浦さんの活動を以前より知っていたため。
■本の著者の出版物を読んだため。
■自分や家族にも起こるかも知れないことなのでお話聞きたかった。自律神経失調と言うのも同じようなことなのか?社会的入院と言われたのは、なぜ家に戻れないのか?
■長男(36歳)が統合失調症で現在2回目の入院中。退院後の行き場が欲しいと思って参加しました。今までの彼に対する接し方を考えなおしたい(1共感的反応→5のお話とても参考になりました)
■家族にいるので、どの様に接したら良いのか知りたいと思います。
■松浦さんの本を、読んでいたとき家族会の方からこのような機会を教えてもらって。
 
【講演会のスタッフ感想】<良かったこと>
 
■ピンクの花が良かった。講演会というよりレセプションという感じだった。柔らかくて、お招きした講師が女性だったのでとても合っていた。日本の国際会議場より良かった。いろんな人が、それぞれ自分の立場で参加してよかった。その場に合った臨機応変の態度がよかった。
■この場所が新聞に載った時、どんな所か見に来た。のんびりできる所が増えて友達とか誘ってまた来たい。
■当日のみの協力ということで(紅茶の時間より)参加いたしました。初めてのことでしたが、カモンミール倶楽部の方々にお会いできて嬉しかったです。
■スタッフになっていたけれどほんの少ししか手伝っていませんので申し訳なかったです。皆様、役割分担がうまくこなせていたようです。
■当日より、打ち合わせをしている時より人数が沢山きてよかった。
■当日、体調が悪く、お手伝いするつもりが、時間ギリギリにしか来ることができなくて、ただのお客さんになってしまいました。スイマセン。
 駐車場の案内してくださる方がたくさんいらっしゃったので、とても分かりやすかったです。
■駐車場係りをした矢野と申します。駐車場所の案内でまごついていた時に水野さんに助けられ、ようやく出来ました。一台ずつ止めて講演会だけで帰るか、その後のお話までいるか聞くのは大変でした。(無視して行ってしまう方もいたので・・・)
■駐車場は、早く帰る人と交流会に残る人と分けて駐車してもらったことが良かった。皆さんもスムーズに動いてくれたから良かった。
■当日の講演内容・交流会は充実していて素晴らしかった。







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