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3)岩礁海岸
 岩礁海岸(平磯、転石含む)は国後島の海岸線の大部分を占める主要な底質であった。岩礁海岸では多くの海藻が繁茂しており、潮間帯から水深2〜3mにかけての植物相は緑藻、紅藻、褐藻、大型褐藻類、海草類が入り混じった複雑なモザイク構造をとっており、3m以深では大型褐藻類と海草類が優占していた。但し国後島の太平洋沿岸とオホーツク海沿岸で明瞭な植物相の違いが見られた(図1)。
 
図1. 太平洋側とオホーツク海側での海藻被度の比較.グラフは平均値で表してある.
 
 まず、太平洋岸とオホーツク海岸で単位面積(100m2)あたりの海藻全体の被度に有意な違いがあり、海域間で優占する海藻タイプ(直立型vs被覆型)にも有意に違いがあった(Two-way ANOVA、海域:F=4.838、P=0.0398、海藻タイプ:F=13.536、P=0.0015、海域×海藻タイプ:F=156.675、P<0.0001)。ここで直立型とは付着器から葉状部を伸ばし、葉状部全体で栄養塩吸収を行うタイプで、一般に栄養塩要求の高いものが多い。一方で被覆(匍匐)型とは付着基質を水平に被覆していくタイプで、葉状部を持たないか非常に小さく、相対的に鉛直よりも水平方向に成長するものを指す。太平洋岸では緑藻、褐藻、紅藻のすべての分類群で直立型の海藻が大部分を占め、特に大型褐藻のコンブ類が最も優占していた。一方でオホーツク海沿岸では無節石灰藻などの匍匐型の海藻が優占し、少ない直立型の海藻はスガモやホンダワラ類などでコンブ類は殆ど生育していなかった。
 次に動物相では、海藻被度と海藻タイプの違いを反映した明瞭な植食動物相の違いが海域間で確認された(図2)。
 
図2. 太平洋側とオホーツク海側での植食者の種組成の比較.
グラフは平均値で表してあり、図上部のnは各海域の最大種数を表している.
 
 まず、太平洋岸とオホーツク海岸で単位面積(1m2)当たりの植食者種数に有意な違いがあり、海域間で優占する採食型(直立型海藻採食型vs被覆型海藻採食型)が逆転していた(Two-way ANOVA、海域:F=10.593, P=0.004,採食タイプ:F=18.458, P=0.0004, 海域×採食タイプ:F=20.763, P=0.0002)。太平洋沿岸で直立型の海藻を利用する小型甲殻類、巻貝類が多く出現したのに対し、オホーツク海岸では被覆型の海藻類のみを利用するヒザラガイ類やカサガイ類が優占し、直立型海藻を利用する植食者でもウニ類のように被覆型の採食も可能なものが多かった。
 一般に直立型海藻は植食動物の摂食には弱く、一方で匍匐型海藻は植食動物の摂食に強いことが知られている(Lubchenco and Cubit 1980, Slocum 1980, Hawkins and Hartnoll 1983)。今回の結果では示せなかったが、植食者種数・採食タイプのみならず現存量も海域間で大きな違いがあり、太平洋側で圧倒的に現存量が多くなる傾向が観察されている(Hori, personal observation)。従って海域間での植食動物種組成の違いは海域間での植物相の違いを強く反映していると推察される。また、一般的に直立型の海藻はより早く成長するために栄養塩要求が高い種が多く、匍匐型の海藻は成長が遅いため栄養塩濃度が低い場所であっても生存することが出来るといわれる(Raffaelli and Hawkins 1996)。従ってこれら植物相と動物相の違いは、海域間での栄養塩濃度の違いを反映している可能性がある。本年度の海洋環境班の観測データから、栄養塩濃度の潜在的指標となりうるクロロフィル濃度が太平洋側でより高くなっていると報告されているので(武村、本報告書)、栄養塩の影響は少なからず存在すると考えられる。
 
おわりに
 これらの結果より、国後島沿岸の海底環境の特徴は本調査の目的に対応させて次のようにまとめることが出来るだろう;1)国後島の海底の景観は太平洋側、オホーツク海側共に岩礁が優占し、南端でのみ海草藻場が優占する、2)少なくとも岩礁海岸の底生生物群集はオホーツク海側と太平洋側で明瞭な違いが見られ、太平洋側で種数、現存量共に多くなる傾向がある。そしてこの海域間での生物相の違いはおそらく海域間で生産性に差があることを示唆していると思われる。生産性の違いは高次の動物の現存量や分布に影響を及ぼすと言われているので、海上班の海鳥、哺乳類チームや海洋観測班のデータと比較して、国後島沿岸の生産性の空間パターンを推察することが必要である。現に、今回海洋観測班が測定したクロロフィル濃度データも類似したパターンを取っており、太平洋側でクロロフィル濃度が圧倒的に高い(武村、本報告書)。また海底環境班の魚類調査においても太平洋側で現存量・平均個体サイズが大きい傾向が見られている(宗原、本報告書)。さらに、沿岸性海鳥(福田、本報告書)や海棲哺乳類(磯野と藤井、本報告書)の分布も太平洋側に偏る傾向があったことからも、太平洋側とオホーツク海側で生産性の違い(太平洋側の生産性〉オホーツク海側の生産性)を反映している可能性を類推できる。ただし、生物相や生産性は季節によって非常に大きく変動するので、継続調査をする機会があるならば季節変化パターンを考慮した生物相と生産性の調査を行う必要がある。これらのデータを集約、統合することによって、北方四島の浅海域生物群集構造と生産性の住空間変動パターンや海鳥・哺乳類の分布パターンを説明できる要因が明らかになるかもしれない。
 
引用文献
Dexter, D. M. 1983. Commnunity structure of intertidal sandy beaches in New South Wales, Australia. In Sandy beaches as ecosystems (eds. A. McLachlan and T. Erasmus), 461-472.
W. Junk, The Hague.
Hawkins, S. J. and R. G. Hartnoll. 1983. Grazing of intertidal algae by marine invertebrate. Oceanogr. Mar. Biol. Ann. Rev. 21: 195-282.
Hori, M. and N. Hasegawa. Unpublished data. Dynamics of nutrient cycling and food webs in Lake Akkeshi.
Lubchenco, J. and J. Cubit. 1980. Heteromorphic life histories of certain marine algae as adaptations to variations in herbivory. Ecology 61: 676-687.
向井 宏.2001.厚岸湾、厚岸湖の生物相.北海道大学厚岸臨海実験所.
Slocum, C. J. 1980. Differental susceptibility to grazers in two phases of an intertidal alga: advantages of heteromorphic generations. J. exp. Mar. Biol. Ecol. 46: 99-110.
Raffaelli, D. and S. J. Hawkins. 1996. Intertidal Ecology, Kluwer Academic Publishers, London, UK.







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