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国後島沿岸における海鳥の海上分布
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国後島における海鳥の繁殖分布
  種名/区域/営巣数(巣数) A C F G H J M Total
1 オオセグロカモメLarus schistisagus   + 145 11+ 205 4 43 408
2 ウミウPhalacrocorax capillatus 111   19   37 84   251
3 ウトウCerorhinca monocerata   +           +
4 ケイマフリCepphus carbo   + +         +
5 エトピリカLunda cirrhata   + +         +
 
白木彩子
 
 オジロワシHaliaeetus albicillaは、海岸や内水域の生態系における最高次捕食者である。本種は北半球に広く分布するが、その分布は局所的で個体数は少なく、絶滅危惧Ib種に指定されている。Hoyo et al.(1994)によれば、オジロワシは世界で約5000-7000つがいが生息すると推定されているが、アジア地域における調査例は少なく、極東地域における生息数は不明である。また、北方四島においては、国後島で約10つがいの生息が報告されている(Nechaev & Kurenkov 1986)が、詳細な調査は行われていない。
 オジロワシは、海岸を餌場にして森林で営巣・休息することから両方の環境を利用するという意味で、あるいは主要な餌である海産性動物由来の海の栄養分を陸に運搬しているという意味でも、北方四島の生態系の中で海と陸をつなぐ大きな役割を果たしていると考えられ、先ずはその生息状況を明らかにすることが重要である。
 以上のことをふまえ本報告書では、現地調査結果に基づき、国後島におけるオジロワシの生息状況の概要および推定した繁殖つがい数について主に記述する。
 
調査方法と調査地
 
1. 海上からのワシ類の分布調査
 小型船舶ロサルゴサIIで沿岸部を運航しながらセンサスを行い、海岸、岩礁上、海岸部斜面、および上空で観察されたワシ類(オジロワシ・オオワシ)の確認位置、齢、行動、巣などについて記録した。観察には10倍の双眼鏡と20倍のフィールドスコープを用いた。オジロワシの確認位置は、1/50,000の地形図に直接記録するか、観察時間とGPSデータロガーとの対応によって特定した。調査時間は気象条件等により一定しなかったが、日の出前後から日の入りまでの間に行った。センサスは原則的に運航速度5-7ノット、陸地からの距離1km以内で行うものとし、さらに沿岸の陸部が十分に見える視界が確保できたとき、これを良好な調査条件とした。
 良好な条件のもとで全体の7割以上の範囲をセンサスできたルート(KI〜KV)を、連続的なセンサス施行ルート(CCR)として図1に示した。同様に、水深が浅く海岸から1km以上はなれて運航した場合や、霧やしけなどの悪天候のために視界が悪いなどの理由から、良好な条件でセンサスできたのが全範囲の3割から7割程度だったルートを、断続的なセンサス施行ルート(ICR)とした(図1)。
 
2. 陸上における調査
 国後島東部の西ビロク湖近くにキャンプサイトを設置し、陸上の調査を行った。オジロワシ調査では、東はキャンプサイトの東側の2つめの川(以後2の川とする)の河口から、西は西ビロク湖河口部に至る海岸線および西ビロク湖を調査範囲とした。この調査地で、高台からの行動観察(早朝および午後の随時)、海岸線における痕跡調査、成鳥の行動観察結果に基づく営巣可能林内の踏査を行った。
 
3. 目撃情報の収集
 海上・陸上班を問わず、他の調査員から猛禽類に関する目撃情報を収集した。
 
4. オジロワシつがい数の推定
 今回の調査時期は、オジロワシの育雛期後期にあたり、繁殖つがいは営巣地周辺にいる可能性が高い。ここでは、確認されたオジロワシの成鳥が繁殖個体であり、つがいを形成しているという前提に基づいて、つがい数の推定を試みた。具体的には、調査方法1-3によって得たオジロワシ成鳥の分布データから、図2の方法によって調査範囲内における推定を試みた。
 
結果および考察
 
I 確認した猛禽類種およびオジロワシの生息状況と繁殖つがい数の推定
 すべての調査方法から確認された猛禽類は、オジロワシ、オオワシ、ミサゴ、ハヤブサ、ノスリ、トビであった。オジロワシの確認数は他種に卓越して多く、観察から明らかに同一個体であると思われる重複記録を除き、成鳥105羽、若鳥31羽が確認された。オオワシは若鳥が1羽確認された。
 オジロワシの成鳥は、島のほぼ全域の海岸線で観察された。また、船舶からのセンサスと陸上踏査によって、合計4ヶ所でオジロワシの巣が発見された。そのうち2巣では巣内ヒナを、1巣では巣立ち直後のヒナを確認した。択捉島では樹上に架けられた巣のほか、岩塔上の巣もあった(白木 未発表)が、国後島では樹上の巣のみが確認された。また、国後島中部の太平洋側にある荒島とその周辺、および島北部太平洋側のフユシマ岬周辺などには、オジロワシ成鳥、若鳥、オオワシ若鳥を含み10数羽の海ワシ類が集まっていた。これらの場所は優れた採餌場であると考えられるが、その概観から1)海鳥の繁殖コロニーがある、2)岩礁帯がある、ことが特徴としてあげられる。
 オジロワシ以外の猛禽類についてみると、北海道と比較してトビが非常に少なかった。国後島では、トビも魚類あるいは海岸に打ち上げられた海産生物の死体などを食していることが考えられる。またニキショロから東沸湖にかけての海岸線では、オジロワシと同じ魚食性のミサゴの出現が多かった。国後島や択捉島においてともに海岸生態系の上位捕食者であるオジロワシ、トビ、ミサゴについては、今後それぞれの食性や種間関係について調べ、これらの分布に関わる要因の特定を試みたい。
 図2の方法により、観察されたオジロワシ成鳥の分布からつがい数の推定を試みた結果、約60つがいとなった。ただし、今回全く調査のできなかった海岸部や、内陸の湖周辺などにも繁殖個体の生息する可能性は高いことから、国後島におけるオジロワシのつがいは、60つがい以上であると考えられる。また、国後島におけるオジロワシ成鳥、若鳥、および推定つがい数の密度について、CCRごとにみたところ、成鳥は0.3〜1.29羽/km 若鳥は0〜0.79羽/km、推定つがいは0.15〜0.79羽/kmとなり、とくにK-Vルートで成鳥、若鳥ともに高密度であることがわかった(表1)。また、各ルートごとのこれらの値を、2002年に択捉島において調査した値(白木 未発表)と比較したところ、いずれも有意な差はなかった(p>0.05)(Mann-Whitney test)。
 ここでは、確認したオジロワシ成鳥をすベて繁殖つがいの個体として取り扱ったが、今後この前提や推定方法の正確性について、検証を行う必要がある。
 
II 陸上調査による島東部におけるオジロワシの繁殖状況と餌場および餌資源
 高台からの行動観察では、キャンプサイトの東側にある1つめの河川(1の川とする)河口部および2の川の河口部では、巣立ち後のヒナを連れたつがいが観察された。観察時の状況から、それぞれ異なるつがいである可能性が高いと考えられた。また、西ビロク湖ではさらに別のつがいが営巣していると考えられ、巣立ちヒナも確認した。したがって、今回の上陸調査範囲では、少なくとも3つがいのオジロワシが生息、繁殖活動を行っている可能性がある。陸上調査を行った範囲の海岸線は、小型船舶からのセンサスにおいて比較的良い条件で調査されたが、確認されたのはひとつがいと考えられる成鳥2羽のみであった。したがって、船舶からの一回のセンサスでは、良好な条件であっても個体数を過小評価している可能性が示唆された。
 1の川河口部を利用したつがいのとまり行動や人間に対する警戒声などから、この川の流域の林での営巣可能性が高いと考えられた。そこで、河川左岸側の林内で営巣木の探索を行ったところ、このつがいのものと思われるトドマツに架けられた古巣と思われる巣を発見した。しかし、今期利用した営巣木を発見することはできなかった。
 キャンプサイト東側海岸部の2つがいの成鳥および巣立ち後のヒナが、河川の河口部の波打ち際に留まっているのが数回観察された。そのうち、波打ち際海水面への飛び込み行動が一回観察された。魚類を狙ったと思われるが、ハンティングに失敗したため餌種の特定はできなかった。また、踏査の際に河口部の海岸でオジロワシの糞が多数確認された。さらに船舶によるセンサスでも、島のあちこちの河口部で成鳥を観察しており、この時期は河口部が良い餌場になっていると考えられた。この時期の河口部における魚類に関する情報の収集が望まれる。そのほか、海岸砂浜ではサメ(種不明)の死体を採餌しているつがいと巣立ち後のヒナが観察された。
 
まとめ
 択捉島と同様に、国後島では高密度にオジロワシが繁殖している可能性が示唆された。今後は推定数の正確性についての検証を行うとともに、ワシ類およびその他の魚食性猛禽類の分布や生息密度と、環境および餌資源との対応関係について検討したい。また、餌種である魚類や海鳥やデータとリンクさせ、生態系研究としての意義を深める必要があるだろう。







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