日本財団 図書館


(7)国後島シマフクロウ調査報告
竹中健
 
I はじめに
 シマフクロウ(Ketupa blakistoni)は魚食性で樹洞営巣性の世界最大級のフクロウである。ユーラシア大陸極東沿岸と北海道周辺にのみ分布し、大陸に分布するものをK. b. doerriesi、北海道、サハリン、国後の島嶼に分布するものをK. b. blakistoniと2亜種に分類している。シマフクロウは自然度の高い環境を生息に必要とし、大陸亜種は生息数数千のオーダーで推定されているが(Surmach 未発表)、本邦亜種は危機的状況にある。日本では環境悪化が原因で20世紀に入って生息域と生息数が激減し、現在確認されている生息地は北海道東部を中心にわずかに約50地点で、成鳥の個体数は130羽程度と推定されており(竹中 未発表)、RDB絶滅危倶種IAに指定されている。また、サハリンでは生息情報が薄く生息数は少ないと考えられている。絶滅に瀕するシマフクロウの今後の保護のためには生息環境の保全が最も重要であるが、個体数の減少と環境改変が進んでしまった結果、今では保護の目標となるべき本来の生態や生息環境がはっきりしていない。
 いっぽう、国後島のシマフクロウに関する調査はロシア科学アカデミーおよびクリリスキー自然保護区により情報の蓄積が進んでおり、広範囲にシマフクロウが分布することが知られている(Nechaev 1969, Dykhan & Kisleiko 1988, Voronov & Zdorikov 1988, ロシア国立クリリスキー保護区 1999)。戦後の日露間の緊張関係により結果的に自然開発を免れた国後島には、シマフクロウの生息を保障する豊かな自然が維持されてきたためである。近年になって北方四島とのビザなし研究交流が実施されるようになり、2000年にはチャチャ岳南麓のオンネベツ川周辺で、クリリスキー保護区と日本の研究者のシマフクロウ合同調査が北海道新聞(以下道新)の後援により行われ(北海道新聞 未発表)、また南部トウフツ湖周辺で日本野鳥の会、北の海の動物センターおよびクリリスキー保護区合同調査の一環としてシマフクロウの調査が行われた(川那部ほか2002)。筆者はこの中の道新の調査に参加し、多数のシマフクロウの生息を確認した。道新の調査では日本のシマフクロウ保護で実績のある人工巣箱の設置も行い、その後その巣箱で繁殖成功したとの情報がある。
 
シマフクロウの分布
 
II 調査地域および調査方法
 シマフクロウの生息調査は島南部のトウフツ湖地域(2003年7月11日、13-14日)、島中央部のフルカマップ北部地域(7月12日)、島北部のチャチャ岳南麓オンネベツ川地域(7月16-19日)、島東北部チャチャ岳北東麓オンコツ地域(7月22-24日)の4地域で11日間の踏査調査を行った。フルカマップ北部地域以外は国立クリリスキー自然保護区に含まれる地域である。調査地域の選定は、本調査隊の性格上、他の調査グループ(クマ班、魚類斑、植物班)との協議の上に決定したため、必ずしもシマフクロウの生息に好適ではない地域も含まれたが、シマフクロウの生息情報はロシア側の知見をもとにすると広範囲に分布している。
 調査地域内での調査地点は基本的にロシア側の生息情報に基づいた。現地調査はシマフクロウの主要な生息域である河畔林を中心に、川べりの足跡や羽根、採餌痕跡などの観察、目視観察、夕方から夜間にかけての鳴き声の聞き取りを行った。また、ロシア側の確認している営巣木や人工巣箱周辺の観察も行った。さらに、生息地周辺の環境記載を行った。調査条件は、繁殖最盛期を過ぎていることや、行動上の制約、樹木の繁茂による見通しの悪さ、大雨による増水などから必ずしも良好ではなかった。また、トウフツ湖地域とフルカマップ周辺では夜間の調査は実施していない。
 痕跡などの地点はGPS(GARMIN 社製 eTrex)により正確な位置情報を得ることとしたが、調査前半はロシア行政府との調整が難航しGPSを使用できなかった。また、後半の調査でも林内でのGPS精度は低かったため、基本的に現地での位置のプロットは周辺の地形による読図で行った。なお、日本の国土地理院で発行されている地形図の座標系はTOKYO系であり、現在順次WGS84系に変更されている。国後島の地形図は現在TOKYO系であり、GPS装置の一般的座標系(WGS84)とズレを生じるため、資料整理には座標系を統一して行うことが重要である。座標系が一致しない場合、約500mの誤差が生じる。また使用機材の誤差は受信状況の良い場合で約15mとされている。羽毛などは基本的に全て採取した。ただしロシア行政府との取り決めでワシントン条約により日本へのサンプル持ち帰りは行わず、保護区に引き渡した。また、シマフクロウの音声は取材同行した北海道テレビ放送HBCクルーに依頼して採集した。地名については地形図および資料(榊原1994)により日露併記したが、地点によりいずれかの地名が不明な場合もあった。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION