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海上調査
 調査日程および調査場所
 調査日程および調査地域の概要は以下の図2の通り。
 
図2 海上調査の日程と調査場所
 
調査内容:船舶による鯨類・海獣類・海鳥・海洋環境調査
(1)母船ロサ・ルゴサによる鯨類・海鳥類の観察
(1)鯨類と海鳥は、母船を用いて調査海域をジグザグに航行して密度・生体重量などの観測。
(2)特にシャチ、大型鯨類(ナガスクジラ、ザトウクジラ、セミクジラなど)については、大きさ、紋様やヒレの型などによる個体識別、群れ構成などについて詳細に観察。
(2)小型船ロサ・ルゴサIIによる鰭脚類・ラッコの観察
(1)鰭脚類(トド、アザラシ類)およびラッコは、小型船で沿岸に沿って航行して個体数を確認。
(2)必要に応じて磯船により沿岸により近づいて観察。
(3)環境調査
(1)母船ロサ・ルゴサが進路を変更する変曲点で鉛直水温および塩分濃度を計測。
(2)ロサ・ルゴサが停泊する直前に、船の速度を2ノットにして10分間プランクトンネットを引く。
 
陸上調査
(1)国後島ヒグマ調査報告
山中正実・間野勉
 
■生息環境の概観
 十分な上陸日数が確保でき、幅広く島内各地のヒグマの生息環境を踏査・観察することができた。
環境概観地域:
太平洋側
・南部の東沸湖周辺(7/11、13)
・中部のウェンナイ・チクニ周辺(7/12)
・中北部のセオイ川・音根別川周辺(7/16、17、18、19)
・北部ビロク湖周辺(7/23、24)
オホーツク海側
・南部の島登周辺(7/14)
・北部ビロク湖周辺(7/22、23、24、25)
 春期から夏期のヒグマの主要な食物となるアキタブキ・セリ科草本などは、島の全域の海岸・沢沿い・湿原の周辺・森林内のギャップに豊富に分布していた。特に、海岸草原におけるヒグマの餌種の草本類の資源量は非常に大きいと推察された。
 太平洋側は南部から北部まで夏期の冷涼な気候を反映して、根室地方太平洋岸の森林に類似した針葉樹を中心とする亜高山帯的な森林が広がっていた。オホーツク海側では南部の島登周辺だけしか観察することができなかったが、北海道東部でも一般的に見られる各種広葉樹が混交する針広混交林がみられ、知床半島の森林に類似していた。北海道において秋期にヒグマに多量のエサを供給しているミズナラなどの広葉樹、サルナシなどの蔓茎類は、オホーツク海側や南部の森林を除いて少ないと推察される。
 ほとんど全ての河川は、堰堤などの工作物のない自然河川であり、カラフトマス・シロザケを中心とするサケ科魚類が遡上産卵する。これら夏期から秋期にかけて大量に遡上するサケ・マスが、当地域の森林の各種果実類の生産性の低さを補う食物資源をヒグマに供給していると考えられる。
■確認された痕跡
 12日間の踏査で、食痕121箇所、足跡72箇所、爪痕75箇所、糞65個を発見した。これらの痕跡のうち爪痕は、サケ・マスの遡上が見られる河川沿いの森林やヒグマが頻繁に活動している海岸段丘縁のいわゆる「クマ道」付近で集中的に発見され、このような地域をヒグマが高密度に利用することが裏付けられた。また、爪痕はその多くは木に登った跡ではなく、立ち上がって樹皮に爪を立てたり、樹皮を剥いだものであり、それらの爪痕や樹皮剥ぎ跡に背擦りによると考えられる体毛が残っていた。これらの爪痕は、樹木の果実などを採食するための「木登り」痕ではないと考えられ、ヒグマが高密度に集中することに関連した何らかの社会的行動の結果であると思われた。
■食性と環境利用様式について
 確認された食物種は表1のとおり。エゾシカの激増で植生が影響を受ける前の北海道東部地域におけるヒグマの食性と類似。食痕から植物種16種の利用を確認した。特にアキタブキ、オオハナウド、ミズバショウの利用頻度が高く、三箇所の調査地域全てで確認された。また、ミズバショウの堀跡は森林の林縁に近い湿地で集中して発見された。
 エトロフ島では頻繁にヒグマに利用されていたオオカサモチとオニシモツケは、資源量は多いにもかかわらず、利用されていなかった。エトロフ島と比較して、オオハナウドやアキタブキなど利用可能な植物種の相対的資源量が多いことが要因の一つと思われる。
 北部のビロク湖周辺は草丈の低い自然草原が広がるオープンな環境が優占していた。これらの草原における餌となる草本の現存量は中南部よりは低いが少ないわけではないが、ヒグマによる利用頻度は低かった。林縁部から離れた開けた環境には積極的には出てこない傾向があることが推察され、保護区の中とはいえ、捕獲圧などの何らかの人為的な圧力が存在することが予想される。
 陸上調査でのヒグマの目視は調査期間全体を通じのべ6回のみであり、これらのうち3回はヒグマが人間に気付いており、3回全てで人を回避する行動が見られたことも、前記の予想を支持している。
 
表1. 国後島で確認された食物種リスト
 
■最低確認頭数
 足跡のサイズによる識別から、確認できたヒグマの最少個体数は以下の通り。
南部の東沸湖周辺 3 (♂ad.1)
南部の島登周辺 1
中部のウェンナイ・チクニ周辺 1 (♂ad.1)
中北部のセオイ川・音根別川周辺 6 (♂ad.3)
北部ビロク湖周辺 7 (♂ad.4)
親子連れと確認できる足跡は発見されなかった。
■海洋生態系由来栄養塩類調査
 陸上生態系と海洋生態系との間のエネルギー循環への河川と遡上するサケマス類の貢献度を把握するために、ヤナギの葉の採取、成長錐による広葉樹のコアサンプル調査を実施した。今後ロシア側と共同で分析を進める予定。ヒグマの生態研究と組み合わせることにより、ヒグマによるサケ・マスの補食が、陸上生態系への栄養塩類の散布に果たす役割について検討する予定である。
■形態学的・系統学的比較検討
 クリリスキー国立自然保護区の事務所にて9個体の頭骨標本を計測。今後、形態学的検討やロシア側と共同でDNAの分析による系統学的比較検討を進める予定。







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