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圧力の世界
 ヒトであれ、機械であれ、水中に潜る場合に最も問題となるのは圧力、すなわち水圧の問題です。例えば、私たちが水深2〜3m程度のところに潜ろうとすると、潜っていくにつれて鼓膜が痛くなりますが、これもその影響によるものです。また、潜水船に乗って何千mもの深海に潜る場合には、中の人間は、常に大気圧状態で潜るので、何百気圧もの水圧から身を守るために耐圧殻と呼ばれる頑丈な「容器」の中に入って潜らなければなりません。ここでは、このような水圧の問題に触れることにします。
 
(1)水圧の大きさ
 水中では、大気圧(1気圧)に加えて水圧が作用します。この大きさは、水深10m毎に約1気圧ずつ増加するので、水深10mでは2気圧、水深20mでは3気圧の圧力が作用することになり、水深6500mの深海では、実に651気圧*1という想像を絶する圧力が作用します。この651気圧という圧力は、1cm2あたり651kg*1もの垂直の力が作用することを指しますが、実際にこの圧力の影響を受けるのは、身体では、空気などが詰まっている肺や中耳腔(鼓膜の内側の空洞部分)などです。その他の部位は、周囲の圧力が体内に伝わり、外部の圧力との均衡が保たれるので、圧力の影響を感じることはありません。一方、潜水船の場合は、人間が乗り込む場所を水圧から守るために、それに耐え得る特殊な金属を使用しているほか、その他の部分には、水圧の影響を防ぐための工夫がされています。
 
 
(2)圧力と気体の容積
 
 
 圧力の増加に反比例して気体の容積は小さくなります。例えば、風船やテニスボールは、水深30mでは、容積が1/4になってしまいます。より深い水深では、空の状態で蓋をしたステンレスの魔法瓶やドラム缶などもつぶれてしまいます。ただし、水や油を満たしてあれば、これらの物でも決してつぶれることはありません。「高圧環境体験」では、30m(4気圧)の圧力下で、『ボールがヘコんだり』、『空気が重くなったり』、『お酒に酔ったような楽しい気分になる』のを体験して下さい。
 
●高圧実験水槽
 この装置は、水深15,600m相当の圧力環境を再現でき、各種の深海用機器や材料の耐圧試験を行う装置です。「しんかい2000」や「しんかい6500」に使用する耐圧殻の圧壊試験もこの装置で行いました。破壊された金属球をご覧になって圧力の驚異を実感して下さい。また、おみやげとして差し上げる「カップヌードルの容器」もこの装置で潰したものです。
 
 

*1 深度と水圧の関係については、一般的には「10m毎に約1気圧ずつ増加する」といわれますが、これは便宜上の値で、水深6500mもの深海では多少異なってきます。それは、圧力表示で使用する「小数点以下の数字」と「水の圧縮」という問題が無視できなくなるからです。すなわち、前者の問題だけを取り上げてみても、651(気圧)×1.0332≒672(kg/cm2)となり、さらに「水の圧縮」という問題が加わると、それ以上となります。
 
(1)潜水の方法
 人間が水中に潜っていく方法には、大きく分けて2つあります。その1つは、「素潜り」や「スクーバ*1潜水」などのように、身体(生体)が直に水圧の影響を受けて潜る方法(環境圧潜水)です。このような方法で潜水を行うと、10m毎に1気圧ずつの水圧がかかるために、深く潜れば潜るほど、生体にはさまざまな変化が生じます。
 もう1つの方法は、「しんかい6500」のような有人潜水船や潜水艦などに乗り込み、耐圧殻で保護されながら大気圧の状態で潜る方法(大気圧潜水)です。
 
環境圧潜水
 
大気圧潜水
 
(2)潜水による身体の変化(潜水医学)
 上記の潜水法のうち大気圧潜水は、耐圧殻に保護されて常に1気圧の状態で潜るので、生体には何ら圧力等の影響は起こりません。ところが環境圧潜水では、生体が常に水圧の影響を受けるので、そこにはさまざまな変化が起こります。このような特殊環境(高圧、水)が及ぼす生体への影響を知り、その潜水法の安全性を確認すると共に、各種障害の予知・予防に役立てるのが、「潜水医学」または「高圧医学」と呼ばれる分野の研究です。
 

*1 SCUBAは、自給気式潜水器の英語(self-contained underwater breathing apparatus)の頭文字をとったもので、スキューバ[sk(j)ú:be]ともいわれます。スクーバとスキューバの違いは、発音記号の読み方の相違によるものです。







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