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世界初「層流櫓(そうりゅうろ)」の紹介
2003/07/24
「GLラボ」代表:土井 厚
東京都渋谷区広尾4-1-13・402
1)【始めに】
 今大会にエントリーしている「GLラボ」チームの人力ボートは、驚くべきことに「手漕ぎ」です。
 21世紀にもなって、どうして古臭い「手漕ぎ」が亡霊のごとく現れるのか、いぶかしく感じられることと思いますので、なぜ私たちのチームが「手漕ぎ」を採用したかを最初に述べます。
 
2)【手漕ぎについて考える】
 手漕ぎはフネの推進方法として最も古く、現代でも広く普及しています。その特徴は「シンプル」という一言に尽きます。手漕ぎでは船の舷側を乗り越えるような形でオールやパドルを水中に入れるので、船底の水密の問題とか、壊れやすいという構造上の無理がなく、信頼性が高いです。また漕ぎ手の力が直接的にフネを押し進めることになり、機械仕掛けでスクリュー・プロペラを回すのと比べるとはるかに効率が高いのです。
 脚力でスクリュー・プロペラを回す方法は、この大会での主流でありスマートに感じられますが、途中の力の伝達部分での数々のロスを積み重ねて目減りし、最後に残った力でフネを押し進めていると言うことができます。
 ただし・・・腕力は脚力に頼るのと比べると非常に小さいので、単純に効率が高いと言うだけでは「人力ボート」としての勝ち目がありません。
 
 そこで「GLラボ」チームは日本古来の「櫓(ろ)」に注目したのです。
 
3)【櫓(ろ)の考察】
 ほとんどの手漕ぎが板状のパドル(やオールなど)に生ずる水の抵抗力を利用して船を推進するのに対して、櫓(ろ)は水の抵抗力ではなく、揚力を利用するところがユニークで、優れています。理想的な条件では櫓(ろ)に発生する揚力は抵抗力の20倍にもなるからです。ここでは揚力の理論を詳しく述べることは避けますが、理想的な櫓(ろ)は抵抗力に頼る他の手漕ぎ方法よりも格段に優れて推進力を発揮できる潜在能力を持っているはずである、とまず認識していただきたいです。
 ところが(和船など)現実の櫓漕ぎ船は決して走行性能が優れているとは思われません、潜在能力を秘めた櫓(ろ)がなぜこれまで実力を発揮できないで来たのか?これが「GLラボ」チームの研究テーマでした。
 
 そこで小型の櫓を幾つか造って、実験を繰り返しました。
 その結果・・・
●櫓(ろ)の静止推力(フネが止まっているときの推力)は他の手漕ぎと比べて顕著に大きい
●ところがフネのスピードが上がると櫓の推力が急減する
 ・・・という不思議な結論に達し、戸惑ってしまいました。
 優れた静止推力を発揮しながら、スピードが出るに従って推力が急減する原因が解決されれば、すでに過去のものと考えられる櫓(ろ)が再び脚光を浴びるのも可能であろう、と戸惑いと供に期待に胸が膨らむ思いでした。
 
4)【ターンオーバーを検証する】
 わたしたちは櫓(ろ)がストロークを終えて反対方向に戻ろうとする折り返しの瞬間の運動に注目しました。そして「驚くべき事実」に気付いたのです。
 櫓(ろ)が横向きの動きを終えて、往復運動に移る部分を船頭さんたちは「返し」と呼んでいますが、ここでは「ターンオーバー」と表現します。
 櫓の研究は多くの大学の研究室などで長い期間続けられているようですが、この「ターンオーバー」を研究した論文にはお目にかかりません。ほとんどの研究が櫓(ろ)が水を斜めに掻いている時点のみに注目して解析しています。
 
 わたしたちが発見した「驚くべき事実」とは・・・
 ここで、たぶん世界で初めての「櫓(ろ)のターンオーバーの流体力学」講座を以下に展開します。
 
 ターンオーバーはまず櫓(ろ)の横方向の速度が減速することから始まります、できることなら減速は避けたいのですが、反復運動するには減速するしかありません。そして速度がゼロになるのです。櫓の減速による推進力低下を避けるには、減速に伴って櫓のピッチを増大すれば良いのですが、そのような操作は熟練した漕ぎ手にとっても不可能に近いです。
 つまりストロークの速度が減少し始めた時点から推進力は減り始め、やがてゼロになり、ストロークが止まって向きを替えるところでは完全に抵抗になってしまいます。
 
 このへんの水の流れをもう少し詳しく観察して図に描いてみました。
 
伝統櫓の運動
 船の進行方向は図の下方である。
3〜4及び6〜7は「櫓の返し」操作
 高速ほど返しの量が大きくなる
 
1〜2)ストロークの中盤、もっとも効率よく揚力(フネにとっては推進力)を発生している。
2〜3)ストロークの後段:スピードが下がり迎え角(水流との角度)が減るので、揚力を発生しない。
3〜4)ターンオーバー前後:減速の途中以降は抵抗を生じ初め、ストロークが止まってターンオーバーの中間点で最大の抵抗が生じる。そして次のストロークが開始されるまで抵抗を生じ続ける。
 
 ここで生じる抵抗は、フネが低速である間はあまり問題になりません、返しの角度の変化も少ないので、低速では櫓(ろ)は世界一の働き者なのです。
 しかし船の速度が大きくなると、それに伴う櫓の返しの操作(ピッチ角の変更)量が増大するため、反復点で非常に大きな渦を発生し推進効率が低下してしまいます。船の速度の増大に伴って渦はますます過激に発生するので、櫓による推進では高速の航行ができないということになります。
 
この問題の解決には・・・
 返しの操作のとき過大な抵抗となる渦を生じさせないことである!
そのためにはどうすれば良いか?以下のように幾つかの方法が考えられます。
 
例1 櫓の返し操作を水中で行わないようにする。
例えば、櫓を水面上まで振り上げて漕ぎ、水面を出たところで返す。
派手な操作になりそうですね。
 
例2 返し操作そのものを行わないようにする。??
例えば、櫓を同一方向だけに、回転させるように漕ぐ!
超派手な操作になります。
 
 お解りと思いますが、これらの解決例は理論上は可能ですが、実際には無理な話です。
 そこでわたしたちは、やはり、真面目に櫓の返しの際に生ずる渦による抵抗を減らすしかない・・・と方針を固めたのです。
 
 そして今回、世界に先駆けて浜名湖で発表するのが、この「層流櫓(そうりゅうろ)」です。







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