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第3分科会 初動72時間の協働
課題提起者 松沢秀俊
1949年 名古屋市生れ 53歳 愛知学院経営卒業、30歳まで会社員、30に会社設立し現在に至る、12歳から22歳まで通院生活、18歳よりボランティアを始める。
1973年 伊勢湾、三河湾のボートクラブに所属して海洋救難活動をする。
1976年 岐阜県安八水害で救助活動、以後 警察 消防よりの要請により河川で捜査活動。
1980年 誘拐殺人事件、戸谷さゆり事件に於て、長良川での河川捜査協力をする。
1995年 阪神大震災で救助活動、長田区内に於て飲料水、食料、寝具の配布活動。
1998年 長野パラリンピピックのボランティアセンターをボランティアする。
2000年 東海豪雨、2001年高知県西部水害、2002年岐阜県大垣水害、の救援活動。
ファシリテーター 小村隆史
1963年千葉市生まれ。国際基督教大学教養学部、同大学院行政学研究科修士課程修了。防衛庁防衛研究所助手・主任研究官を経て、2000年4月より、日本初の防災学部である富士常葉(とこは)大学環境防災学部専任講師。ナホトカ号重油流出事故(1997年)、東海豪雨災害(2000年)ではボランティア本部の設立にも携わる。
2001年、国際協力事業団「カトマンズ盆地地震防災計画立案プロジェクト」、内閣府「大人のボランティア・プロジェクト」等に従事。2002年、総務省消防庁「自治体職員向け地震防災マニュアル立案プロジェクト」、静岡県「東海地震に関する医療救護マニュアル改訂プロジェクト」、国立病院東京災害医療センター「医療救護マニュアル改訂プロジェクト」、内闇情報調査室「危機管理に関するアドバイザリー・ボードに関する研究会」等に従事。消防庁消防大学校、人と防災未来センター、市町村アカデミー他、多くの自治体等で講演・講義。災害図上訓練DIG(Disaster Imagination Game)の生みの親の一人。
パネリスト 田中保三
震災では6棟の社屋・倉庫のうち5棟が全焼、1億余りの部品と合わせて約2億円の被害を受けつつも、被災当日、約40名の社員を一人も解雇しないことを宣言し、その日より再建に走り回る。ボランティア活動や地元協議会役員としても奔走。第7回防災まちづくり大賞 総務大臣賞を”ボランティアと地域住民の連携による神戸・御蔵地区の震災対応と復興へのとりくみ”で受賞。昭和15年生まれ。
パネリスト 黒野正裕
1983年4月 名古屋市役所就職
2001年4月 名古屋市消防局防災部防災室防災計画係長
現在に至る
パネリスト 村井雅清
1950年神戸生まれ。高校卒業後、港湾、ケミカル業界に従事。
震災後、「ちびくろ救援ぐるぅぷ」(現「ぐるぅぷ“えん”」)代表として救援活動に取り組む一方、「阪神・淡路大震災『仮設』支援NGO連絡会」(現「被災地NGO協働センター」)の代表となり現在に至る。
海外の災害救援にも取り組み、過去26回にわたってコーディネーター役を務める。「震災がつなぐ全国ネットワーク」代表。「海外災害援助市民センター(CODE)」運営委員。「しみん基金・KOBE」副理事長。
課題提起者 天野竹行
特定非営利活動法人NPO愛知ネット 理事長 2000年1月に認証
災害Vネットあいち・全国災害救援ネットワーク・震災がつなぐ全国ネットワークに所属。
災害救援を情報面から支援活動をするNPO団体。
平時は社会教育・まちづくり・NPO支援など愛知県安城市を中心に活動展開中。
NPO愛知ネットとしての主な活動実績 有珠山噴火災害・東海水害・大垣水害
ファシリテーター 中川和之
時事通信社Web編集部次長(前神戸総局次長)。記者としてではなく、市民の立場から災害救援のあるべき姿を模索し、厚生労働省大規模災害救助研究会専門分科会委員や、海外災害援助市民センター(CODE)監事を務める。長年の気象庁担当を通じて地震・火山を学び、(社)日本地震学会の広報委員や、地震・火山子どもサマースクールの実行委員としても活動している。
パネリスト 阿部好一
NPO法人災害ボランティアネットワーク鈴鹿顧問。前ケーブルネット鈴鹿社長。
元全国災害救援ネットワーク準備会代表世話人。
足元の防災、防災マップ作り、CATV災害報道、子供の防災教育などをテーマに活動をしてきた。産官学民の協働による市民防災力の向上を主張してきた。
パネリスト 塚本高士
静岡県総務部防災局 防災政策室 主幹静岡県では、切迫性が指摘される東海地震対策に四半世紀取り組んできました。しかし、大規模な災害の前には行政のできることは限界があります。「産官学民の協働」の重要性はますます高まっていると感じています。
パネリスト 市川啓一
1964年7月25日マレーシア生まれ。幼少時はチェコスロバキアで過ごす。
成蹊大学経済学部を卒業後、1987年4月 日本IBM株式会社に入社
金融機関担当営業を経験の後、アウトソーシング・サービス、ビジネスリカバリーサービス、マルチメディア・コンテンツ・プロデュースなどの新事業立上げに参画。
2000年4月 株式会社レスキューナウ・ドット・ネットを設立。
設立と同時に有珠山が噴火。現地に入り、災害情報のノウハウを蓄積。
今に至る。
災害Vネットあいち 情報部会
1. はじめに
災害Vネットあいち情報部会は、これまで災害時の情報伝達の方法や仕組み、そして協働のあり方を考えてきた。今回は、その1つの仕組みを提案することで、被災地からの情報でどんな仕組みが必要か?そして、その仕組みを使っていまわれわれがしておかなければいけないことは何かを考えたい。
1-1. 災害Vネットあいち とは
災害Vネットあいちは、2001年9月ごろから活動をはじめ、2002年4月から「ボランティアのための防災計画」を目指して、各部会に分かれてそれぞれのテーマに基づきメンバーが検討し始めた。情報部会は、災害時の情報のあり方を検討し、防災計画の表現の仕方をひとつの「仕組み」として提案することにした。
1-2. メンバー
メンバーは、愛知県内のボランティア団体・NPO関係者などで構成され、特に災害時の情報について以前から考えていたメンバーが集まった。情報部会メンバーは以下の通り。天野竹行、石田亮、薮本誠、森本真紀子、岡本龍児、橋本芳宏、松岡保良、河津
2. これまでのディスカッション内容
災害Vネットあいち情報部会は、情報というキーワードに基づいてこれまでさまざまな議論を重ねた。その内容を以下に示す。
2-1. 災害時情報の重要性
災害時の情報はこれまでさまざまな形で議論されてきた。主な流れとして、情報を出したい者に提供することで被災者支援とする方法と、情報を被災地外のボランティア団体やマスコミに提供することでヒト・モノ・カネなど流通をスムーズにしようという方法の2つに分かれる。双方ともこれまで実際の被災地支援の中でさまざま取り組が行われてきたが、「東海地震」を踏まえてその事前準備として情報の流れの仕組みづくりをすることと、その仕組みを協働のプラットホームにすることが重要であると考えた。
2-2. 時間の経過によって移り変わる情報
これまでの被災地情報の内容の経過を見ているとある1つの傾向があることがわかる。それは発災から時間を追うごとに情報の内容やその発信対象が徐々に変化していくことである。この事に注目して、いつどんな情報がだれに対して発信されているのかを整理してみた。( 別紙参照)
2-3. 今までの災害時の情報の例
例えば、愛知県で最近起こった災害として「東海豪雨災害」がある。この災害は愛知県西枇杷島町・新川町・名古屋市を中心とした都市部の水害だったが、水害が発生する前後から列車の遅れ、帰宅困難者の発生、避難の勧告などさまざまな問題が起こり、後にこの発災時点での情報提供のあり方が問題となった。また発災後1ヶ月あまりについて被災地の清掃活動などを中心としたボランティア活動が行われたためボランティア活動の情報がおもに発信された。この時問題になったのは被災地に多くのボランティアセンター(活動拠点)が設置され、活動に向かうボランティアの量に地域の偏りが出たことが指摘されている。このため、ボランティア活動における情報提供は当時ホームページで主に行われたが、その役割は被災地内に流入するボランティアの量を制御するものとして重要な活動となった。また、清掃活動のボランティアニーズが徐々に下がっていくにつれて、被災地が復興に向かうためのイベントやキャンペーンが行われたが、これに対してのボランティア情報や被災者に対しての生活情報を中心とした情報提供活動は大きな課題となった。
2-4. 地図による情報表現
これまで、発災直後の救援活動、その後もボランティア活動、それに続く被災者への生活情報提供は多く行われてきたが、その表現は文字による情報内容が非常に多く被災者・活動者にとって重要な情報である「どこ」という内容がわかりにくいものであった。最近の情報技術が進歩している中、この「どこ」という内容の表現に仕組みを導入して分かりやすくする必要があると考えた。具体的には地図検索ホームページのような地理情報システムを導入したいと考えた。
2-5. 安否確認
「知らせる、伝える」という役割において一方で重要なのが被災地外にいる人が被災地内にいる人の無事を確認する安否確認の方法である。これに対する方法は、現在主に2つの方法があり、ひとつはインターネットを使って入力と検索ができるIAA(I am alive)システムと、電話を利用して安否の確認ができる「災害用伝言ダイヤル(171)」がある。先に挙げた地図の表現を使ってこの安否確認についても新しい方式の提案をしたいと考えた。
2-6. 平時の活用が災害時に活きる
災害用のものごとにおいて特に重要なのが、災害が起こっていないときにどのようにするのかという平時の利用の問題がある。これから提案する仕組みは災害時に一般市民に多く活用してもらうことを考えている。そのために、平時から一般市民に常に使ってもらえる仕組みを提案する必要があると考えた。
例えば、街にある店舗(飲食店など)情報を普段から収集配信して、よく利用され親しまれるホームページの構築なども考えた。また利用するユーザーもボランティア活動や災害について特に習熟しているわけではないが生活者として自分の住んでいる町をよく活用している主婦・若者などの層に設定し、普段から生活に密着した市民の情報を収集し、活用したいと考えた。平時に利用しているものが災害用に切り替わることで同じように災害情報を提供できるような環境作りができるのではないか。
2-7. 協働のあり方
今回のテーマである協働についていえば、この1つの「仕組み」を災害時・平時における情報プラットホームにすることで具体的な協働の形も構築していくことを提案したい。例えばボランティア団体や一般市民については普段からボランティア情報や街の情報などを提供する情報提供者として参加する。また企業や学校・研究機関においてはこの仕組みの重要な部分であるインターネット回線やサーバー管理などの部分で参加する。また行政機関においてはこの中に行政からの情報を提供することや市民の情報を収集するためのひとつの方法として利用していく。など多くの参加協働の可能性があることがわかる。
3. しくみの提案
上記のようなことを踏まえて、具体的な形としてどのような仕組みが構築できるかを考えた。情報提供されたものが集約され、分かりやすく整理分類され、煩わしくない方法で情報が配信される仕組みを以下のように考えた。( 別紙参照:「しくみの全体イメージ」)
3-1. ホームページ
地図を中心とした情報表現として、どこで何が起こっているのか、どこに何が必要なのか、その地域は全体的に見てどのような状況になっているのかを1面で見ることができる地域ポータル型であること。
3-2. 携帯電話の利用
パソコンのみで見るホームページは見ることのできる人口が限られている。また災害時に特に避難所などに避難してきた場合、そこにインターネットの利用できるパソコンが設置されているという状況は考えにくい。そこでインターネットのホームページを閲覧することができる携帯電話への対応を考えた。また近年の携帯電話は位置情報を送信できるものもあり、これと先に挙げた地理情報システムを組み合わせることにより「私は何日何時何分にここにいました」という情報を載せることができ、これまでの安否確認の情報システムよりも分かりやすく具体的な内容になる。
3-3. プッシュ型情報配信
また、入力した情報を参照する方法として、ホームページにアクセスして何回かの操作を行い、情報を入手するタイプの「プル型」よりも情報が自分の手元に送信されてくる「プッシュ型」の方が、利便性がよく、平時の利用も多くできるのではないかと考えた。この情報が自分の手元に自動的に送信されてくる方法に以下のような具体的な手法を考えている。
(1)スクリーンセーバーへの表示
(2)壁紙への表示
(3)専用ソフトなどによる「おしらせ」機能
またこのような仕組みに対して運用を担う役割として、ハード面では企業や学校・研究機関などと協力してNPOなどがその運用に当たる。掲載される情報内容についてはネットコミュニティボランティアで管理・啓蒙を行ったり、自己責任において情報提供・情報検索を行うことの表示をする。このようなものの場合、よく公序良俗に反する可能性があるので「情報提供をやらない」と言うことがあるが、今回のしくみではそうではなく、平時からさまざまな役に立つ使い方(例えば学校教育・地域活動での利用の仕方)をしめすことである程度の情報の質を保っていきたい。
3-4. 平時の活用方法
平時の活用方法は協働において重要な役割を果たす。例えば安否確認の機能をつかって待ち合わせに活用したり、地域コミュニティコンテンツの掲載(○○を直します・コンビニ・お店情報・ボランティア情報・物々交換)も行うことでその町の活性化やユーザーが使っていて楽しい内容にしていく必要がある。
4. 問題提起
以上のような災害Vネットあいち情報部会で議論された、仕組みの構築を踏まえて、主に「協働」というキーワードにおいて、以下のような問題提起をしたい。
(1)被災地からの情報はどんな仕組みが必要か
(2)被災地となりうるわれわれが今しておかなければならない仕組みとは
(3)全国の人たちとどのように協働していくのか
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