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’終末期ケアリーダーナース研修
<終末期のケアのあり方>
〜看護における補助的療法〜
 
 
<コンプレメンタリーセラピー>
 病いはその人固有の調節機能のリズムを乱れさせ、身体バランスの崩れに影響を及ぼすことになる。特にがんなど不治の病と共に歩んでいる人々は、再発や予後への不安、死にゆくことへの不安など、マイナスイメージに捕われ、自由になれずに苦悩している状況がある。このような人々に対し心理的な領域まで深く作用する癒しの効果を利用し、QOLを高め最後まで精一杯生き抜くための支援として適切なセラピーを提供することは重要な看護ケアのポイントとなる。
 
I. リラクセーション(Relaxation)
1. リラクセーションとは:意図的に副交感神経を活性化させることで、体の筋肉の力をリラックスさせ、心身に休息と安らぎをもたらせ、体系的に安楽と健康を促進することに大変有効である。リラクセーションは、療養者自身が自らの意思によって行える方法であり定期的に継続することができる。外から働きかける方法として、催眠、段階的筋弛緩法、セラピューティックタッチ・セラピー、内面のリラクセーションとして瞑想などがある。
 
2. リラクセーションの効果:
1)精神面:不安など慢性的な交換神経緊張状態による身体症状に対して意図的に行うことで不安を軽減することに繋がる。
2)痛み:薬物療法を補う目的で段階的筋弛法は療養者の痛みを知覚する仕方に役立つ。イメージ療法は痛みを他に置き換える事で痛みを新しく認知することに役立つ。
3)呼吸の調整:呼吸困難は生命への脅かしになるため、予想される呼吸困難時に備え発作のない時に練習を重ねて指導し、自分でできる方法を身につける。
4)不眠:思考過程や身体の変調により心身の相関がアンバランスをきたしている場合、音楽を聴く、好きな香りを嗅ぐなど。
5)嘔吐と嘔気:消化管の収縮を減らし交感神経の興奮を抑える、不安が軽減することで嘔吐を抑える、気分を他に向けることで効果が得られる。
 
3. リラクセーションの実際
時と空間(体験的世界):2人ペアで実施。自分のこころと体に問いかけ、自分を感じること、自らのエネルギーについて知るを目的とする。
*療養者の持つ生命エネルギー力を最大限に発揮させQOLの向上を図るよう、‘今’療養者自身ができることを探り、無理なく行う方法を取り入れることから始める。
1)深呼吸法:呼吸法は呼気を意識した腹式呼吸とともに気持ちを集中させ身体の力を抜いていく方法。通常の呼吸は呼気よりも吸気が長いが、深呼吸法は吸気よりも呼気を意識して長く行う。
(1)静かに、自分の呼吸に意識を集中する
(2)まず、体の中の空気を全部吐ききって〜(意識的に呼気を大きく行う)
(3)体の中に新鮮な空気を一気に取り入れるように吸い、続けて吸気を大きく行う
(4)ゆっくり繰り返す
*腹式呼吸法(吸気時=鼻からゆっくりと息を吸う、呼気時=下腹部を窪ませながら、口をすぼめて息を吐く)呼吸を整えることで自然に気持ちを落ちつかせる。
*適切な呼吸は血液循環を改善し、筋肉の緊張をほぐし、思考を明確にする。
*調息(吐く息を重要視した腹式呼吸)。調身(正しい姿勢と動き方)調心(精神の安定と意識の統一)を図ることで雑念を払い心の落ちつきを得る。
2)自分の体を感じる:体の一つ一つの動きは身体と環境のコミュニケーションである。体の動きを感じ、感情を放出させることで自己の意識を高めるのに役立つ。
(1)体の力を抜いて、リラックスする
(2)まず、自分自身の顔を感じる
(3)顔をやさしく目、鼻、頬、口元とやさしくマッサージする
(4)次に頭を首〜肩へ
(5)そして腕へ撫でるようやさしくマッサージし、手の指一本一本を優しくマッサージをする
3)全身リラックス法:体を動かすことは、すべての人間行動の中心であり、存在する身体の関連を見い出す事につながる。
(1)仰臥位となり目を閉じ、全身の筋肉の力をリラックスさせる
(2)まず、足の筋肉に力を入れる
(3)次に、胴体、腹部、背中、胸の筋肉に力を入れる
(4)両手を握りしめて、腕に力を入れる
(5)頭の筋肉に力を入れる(顔をしかめるように)
(6)最期に、全身の筋肉に力を入れる
(7)今度は、逆に今と反対方向に力を抜いていく
顔―腕―胸―腹―背中、最期に足の力を抜き全身の筋肉をリラックスさせる。
(8)次に、これらのことを一呼吸で練習をする。息をゆっくり吸いながら足から上に力を入れる。その後全身に力が入ったところで力いっばい息を吸いきり、次いで頭から足の方向へ力を抜きながら息を静かに吐きだしていく。息を吐きった時に、全身の力が抜けているという状態。一回吸って吐く間に力を入れて、また抜くようにする。これらの動きが筋肉をリラックスさせた状態となる。
4)セラピューティックタッチ:(治療者は専門のトレーニングを受けた者が実施)
 セラピューティックタッチのプロセスは、エネルギーレべルが欠如している療養者のエネルギーレベルに刺激を加えて作用させ、エネルギーを受け取るという意図的な関わりのプロセスである。意図的とは、エネルギー移行の媒介として援助や治療する意志であり生命力の活性化につながる。セラピューティックタッチは、奇跡的な治癒や構造的損傷の回復をもたらすものでも医学的治療の代わりをするものでもなく、補足するものである。セラピューティックタッチで生じる緊張緩和には、ストレスや不安のある人の効果があり、疼痛緩和にも一躍を担っている。治療者のエネルギーが受けとる人にどのようにその人の自己治癒プロセスに関わり促進することになるかは科学的には証明されていないが、癒そうとするナースのエネルギーの場と療養者のエネルギーの場との間に意図的に特定の相互作用を生じさせることで、エネルギーのパターンの調和を健全な状態に戻す癒す(ヒーリング)ことにある。共感と意図性がセラビューティックタッチの過程に伴う2原則である。
(1)セラピューティックタッチの効果:エネルギー交換を通して治療者のエネルギーが受けとる人の自己治癒プロセスに関わり促進することである。
・刺激の伝達の中断(エネルギーがうっ積した場所)
・エンドルフィンとエンケファリンの生成
・ヘモグロビンレベルの増加
・疼痛の緩和/浮腫の軽減
・免疫システムへの影響
(2)介入方法:ヒーリングの伝達者のヒーリングパワーを生かし‘癒そう’と意識し、集中した環境からエネルギーを取り込み、療養者との双方による相互作用が成り立つ。
・精神を統一する(分散している意識を療養者に集中させ専心する)
・エネルギーの場の質をアセスメントする(両手を使ってエネルギーの流れの差と質を見極める)
・エネルギーの場の明確化を行い治療者から手を通して療養者に移行することで流動化する。(療養者のエネルギーの場が流れないことで流れを起こさせる)
・エネルギーの場の誘導と活性化(療養者に手を通してエネルギーを注ぐ)
・エネルギーの場のバランス
(3)セラピューティック・タッチの実際:
・肩の上に軽く手をのせ心を静め、場を沈める
・療養者にリラックスしてもらうよう深呼吸をしてもらう
・頭から首・肩、背中から腰部にかけてエネルギーを流す
・エネルギーは療養者が与えられている領域に、熱や暖かさを感じる
(4)セラピューティック・タッチをする時のポイント
・治療者は集中していること
・療養者が回復するように援助する意思を持っていること
・療養者に共感することと共に公平な態度を保つこと
・治療に集中できること
・色や思考メッセージを心の中に描き出す能力があること
・落ち着いて精神的に健康な状態であること
 
II. マッサージ:Massage
1. マッサージとは:手掌と手指を用い摩るという身体接触の手技療法を通して、提供者と受け手が、共有する共感的伝達方法の相互作用であり、パワーフルなコミュニケーションの手段である。マッサージは、人間同士の原始的な関わりから、安心感や一体感が得られるなど心理面に及ぼす影響が大きい。このような点からマッサージは、死に直面したショックや緊張の中にある療養者、別れや悲しみから残していく家族への悲哀、家族との許しや関係性の修復、家族との絆を強めるなどの効果が得られる。マッサージの適用は、病状の進行に伴う心身の緊張の緩和、疼痛の緩和、リンパ浮腫の軽減、皮膚機能の改善、睡眠の誘導、コミュニケーションの形成に有効である。看護場面の中でタッチセラピーの一種として、手を握る・体をさする・清拭(手・足浴)・体位交換(背腰骨の圧迫)などに活用することで信頼性の構築につながる。
 
2. マッサージの効果:
 皮膚と筋肉のメカニズムには、知覚神経の末端につらなる触覚、痛覚、温度覚などを感じる各種の受容器がある。揉んだり、叩いたり、押したりすることにより受容器で感知された信号が中枢神経に伝達され、筋肉の緊張を緩和させて心身をリラックスさせることに繋がる。
*軽いマッサージやリズミカルに優しくなでるスキンシップにより、療養者と看護師双方間の思いが伝えやすくなり、療養者のコーピイングにも繋がる。
1)身体面:マッサージは、皮膚、筋・骨格系、心臓血管系、リンパ系、神経系など多方面に影響を及ぼし、以下のような生理的な変化をもたらす。
 
部位 身体面への効果 部位 身体面への効果
循環系 ・心臓への還流量の増加
・末梢の動脈血流の増大によりHbを増加させ、免疫力を高める
・リンパ液流量の増加と流れをよくしリンパ浮腫が改善
・循環の促進による浮腫の軽減
・安らかな心地により心拍数と呼吸の安定
筋・骨格系 ・老廃物、有害物質の排除による筋の疲労回復
・関節が動かしやすくなり、関節の拘縮の予防
・萎縮した腱をゆるめたり、のばしたり、筋の運動能力を拡大させ可動域の改善
神経系 ・鎮痛効果
・鎮静効果
皮膚系 ・発汗、皮膚排泄が促進し、新陳代謝をよくする
・血行をよくすることで皮膚温を上げ、皮膚が柔らかく滑らかとなり皮膚の状態の改善
・褥創の予防
*リンパ浮腫:物理的な圧力が加わった時に静脈やリンパ管にうっ帯した血液やリンパ液が押し出され、次に圧力が緩んだ時に血液やリンパ液が流入する。これらのくり返しにより、局所の循環が改善され、さらに全身の循環状態もよくなる。
*痛みを軽減させる(ゲート・コントロール説:太い神経線維のインパルスが増加し、その結果痛みに対するゲートが閉ざされるためと考えられている)。
*腹部マッサージをすることで、腸蠕動をよくする。(‘の’の字を描く)
2)精神面:心地よくなることを通し、安楽な気持ちになる。
・心配事からの解放や療養者の孤独感を癒すなど人間関係の形成の手段となる。
・不安や不眠、ネガティブな感情から自由になることにつながる。
・安らかな睡眠への誘導など。
・不安や不確実性、悲しみや抑うつ、疲労感などが和らぐ。
・マッサージを通して家族との関わりが広がる。
3)スピリチュアル:安らかな心地が得られることで、存在する意味や喜び、生きる希望などが見出され、信頼関係につながる。
・人間としての尊厳と価値観が育まれることでコーピングにつながる。
 
4. マッサージの禁忌:
・患者が望まない時(体に触れることを望まない時)
・強度の倦怠感
・骨転移(状況により)
・皮膚の状態が悪化している場合:創傷・出血皮疹(疥癬など)
・高熱の時
・高血圧
・静脈炎
・強度のリンパ管浮腫
・各種炎症など
・血友病などで出血性紫斑・出血傾向がある場合:血小板8万mm3以下
 
5. マッサージ導入の留意点:マッサージの導入にあたり、‘療養者にとって気持ちがよいに違いない’と看護師の一方的な思いこみは避け、ゆったりとした気持ちで始める。
1)療養者の全身状態をよく観察しアセスメント(患者の体力や状態に合わせて行う)
2)適切な室温、ゆったりとした静かな環境などへの配慮し、温かい手を用意する
3)療養者がリラックスし、安楽な体位や姿勢で良い状態とする
4)マッサージを行う部位以外の不必要な肌の露出を避ける
5)1日に1回、1回5分〜10分、全身マッサージは20〜30位を目安に行う。
6)療養者の体が安定し無理のない姿勢(適宜枕、クッション、バスタオルを利用)
7)マッサージは筋肉の方向に沿って、力を抜いて柔らかく開始し、ゆっくりリズミカルに、最後には再び弱めるというように段階をつける。







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