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解剖実習見学を終えて
日本健康医療専門学校 木村 好希
 
 今回の解剖実習見学に参加させていただき、非常に勉強になりました。人体というものが複雑かつ精密にできていると改めて感心しました。今まで教科書を見ながら平面的な勉強しかできてませんでしたが、内臓が目に飛びこんできた時に例えば心臓の大きさ、筋肉の厚み、動・静脈の走行、太さなど教科書だけではわからないリアルな構造に本当に無駄はないんだと感じました。また膝関節を見せていただいた時も靭帯や半月板、関節包、滑液などを目にして体表から見て想像していた膝関節が、想像をはるかにこえた構造とメカニズムをもっていることを知りました。この解剖実習見学を終えて人体の構造、機能に対する興味と学習意欲が以前にも増してでてきているのを感じます。現在、内臓器や肩関節を構成している筋肉などをもう一度、勉強しています。国家試験に向けて、また臨床的に見ても大変に有意義な一日になったと確信しております。
 また、もう一つ私の心に残った事があります。それは、献体される方々の意志や理由を収録したビデオの上映を見た時に感じました。どの方々も明るかったこと、そして、亡くなった後も人のために尽くしたいとおっしゃっていたことです。
 人間は他者に尽くすことに喜びを得る人生こそが最も尊い人生だと思いました。今の私にできることは、一生懸命に勉強して一人でも多くの方々の痛みをとり、機能を回復してあげることだと思います。日頃の勉強や臨床の場において、他者のため、人のためにという思いを忘れない事こそが、今回、献体をされて、勉強させていただいた方々に対するささやかな感謝と御供養になると感じたからです。
 今回、お世話になった教授をはじめすべての先生方、本当にありがとうございました。
 
順天堂大学スポーツ健康科学研究科 熊倉 啓祐
 
 「解剖とは、物体の世界との格闘。しかし、物体ではなく個々の有意義な人生を生きてきた人格を持った個人。解剖を行っている最中は物体とみなしても良い。しかし1日を、全てを終了したとき、故人が人生を全うした1人の人間であると思うでしょう。私たちはそのことに折り合いをつけなければならない。忘れてはならないのは、人を物体に変えるのは私たちなのである」。これはご遺体を前にして私たちが言われた言葉です。
 解剖学セミナーは私が大学院を目指す理由の一つでありました。学部に在籍していたときのゼミナールで解剖学見学という貴重な体験をし、それで解剖に対する非常に深い興味が湧きました。実際に解剖を行ってみるとやはり一人の人間であります。しかしご指導をしてくださる先生が「解剖室に一歩入ったならば、アカデミックに全てを行わなければならない」と言われ、その言葉で解剖を行う勇気と冷静さを持つことができました。
 セミナーについての予習はしていました。しかしそれはつもりであって、実際にご遺体を前にし、ご遺体の中に手を入れた瞬間から、それはあまり当てにはならないことに気が付きました。初めは手順すら忘れてしまい、指導教官を頼りご迷惑をかけました。しかし予習のやり方が解かったその後は、同定の仕方や解剖学の内容もわかり、また、同じ個所を行っている学生にもアドバイスと考えを言うことができました。しかし自身でも分からない個所は多々あり、いくつもの図鑑を見たが載ってはおらず、人の体は千差万別であることがわかりました。図鑑とご遺体を比べている姿は、まるで最終日に午前の講義で習ったヴェサリゥス著のフアプリカにあります、扉絵の人物のように思えました。しかし血管や神経の配置、脊髄の白質と灰白質などの細部まで構造や構成は完璧であり、多くの部分で私は感嘆の声を上げずにはいられませんでした。私は神の存在は信じませんが、人は万能の神に作られたというその気持ちは理解できます。
 解剖が進むにつれ全てについて解剖セミナーを行う前に私たちが言われた、言葉の意味がわかりました。私が眼前にした心臓、肺、腸、骨格は以前には故人を構成していた諸器官ではありますが、これの集合体が人間であるとは、論文や教科書では理解をしていましたが、しかしその事実を受け入れることは多くの困難を要します。私が解剖を進めていくときに、人間であると思った瞬間がありました。一つはご遺体の手を見たとき、もう一つはお顔を見たときです。特にお顔を見たときには、首から下の解剖が済んでいましたので、人間と物質の混在した特に奇妙な瞬間でありました。
 解剖の済んだご遺体をお棺に収め、お棺の蓋の上に故人のお名前を書いた札を貼り付けました。その時に、私たちが1人のかけがえのないお体を解剖させていただいたということを改めて実感しました。全ての解剖を行った瞬間は一生私の記憶に残りますが、この瞬間は特に私の中に刻み込まれると思います。
 最後に、ご献体してくださった故人およびご遺族、このような機会をあたえてくださった医学部解剖学研究室のスタッフの皆様方、そのために御尽力してくださったさくらキャンパスの諸先生方、我々大学院生を熱心かつ情熱をもってご教授してくださった村田先生にお礼を申し上げるとともに、故人のご冥福をお祈りいたします。
 
鍼灸師・順天堂大学解剖学教室 木南真紀子
 
 朝の10時から90分の講義から始まり、昼食後12時45分から5時までという10日間の解剖実習。ゆったりと時間が取られているにもかかわらず、なぜあんなにも集中を強いられたのだろう。特に4時間の解剖実習は休憩なしで行っていたはずなのに思い出せば、それでも一瞬で過ぎ去ったような気がします。
 こればかりは体験した人にしか解らないと思います。
 その濃厚な時間を過ごすと不思議に本の中で平たかった映像が立体的に見えてきて、その上に質感までも手に残る。膨大な情報で溺れそうになる私たちの知識をまとめてくれる午前講義。迷子になる手元を導いてくださった各台の先生方。自分一人ではとても覗けなかった人体の美しさを見させてもらったように思います。
 私の班は93歳のおじいさんでした。もちろん永く生きられていたために摩耗した箇所もあります。けれど体の隅々までがあまりによく作られていました。今でもその脊髄の美しさが目の奥に焼き付いています。あまりに精巧なその作りにため息がでました。私自身の体にもそれらが備わっていると思うと自分の体をかわいく感じました。
 人体を覗くという不思議な体験は、思いもよらないほどのパワーを使わせましたが、その分得たものは何ものにも代え難いものだったと思います。
 ただ、打ち上げの席である先生に「解剖は勉強し続けないと消えてしまうものですよ。勉強し続けてください」という言葉を頂きました。解剖実習が終わって数日しか経っていないけれど、あの集中力で続ける難しさを痛感しています。それでも黙祷の時におじいさんに誓った思いを成就すべく頑張って行きたいと思います。
 黙祷って怖いです。
 素晴らしい経験を与えて下さったおじいさん、先生方本当にありがとうございました。
 
新潟県立看護大学 小山 美咲
 
 正直言って、見学の前はとても不安でした。身内で亡くなった人もいなかったし、ましてや全く見知らぬ人なんて。私は見たことのないものへの不安というか、「恐れ」と言っては適切でないかもしれませんが、何かそれに似たものを感じていました。
 更衣室から続くそんなに長くはない廊下を、私はいろいろな想像をめぐらせながら歩きました。そうやってますます自分を緊張させていったのです。その緊張はご献体を前にしてピークに達し、最後のシートを取り去る瞬間まで続きました。
 ところがいざ、ご献体があらわになると、不思議と先程のような緊張感は消えました。ご献体があまりにもきれいに解剖し尽くされていて、シートを取る前のグロテスクな私の想像はどこかへいってしまいました。
 その後はもう夢中です。私は以前から「神経」というものの存在が不思議でした。血管なら身体の外からも透けて見えるし、触って拍動を感じることによってその存在を確かめることができます。だから血管というものには疑いはないけれど、神経は身体の外から透けて見える訳でもないし、触れて拍動を感じる訳でもない。私は神経のことを詳しく知れば知るほど、あまりピンとこないでいました。
 こんな言い方は変かもしれませんが、やっぱり神経はありました。私が思っていたよりもずっと太く、一本一本のその存在はとてもはっきりしていて、まるで「私は神経です」と神経自身が言っているようでした。
 もし見学することがなかったら、私は神経を疑ったままでいたかもしれません。疑いながら勉強するより、信じて学んでいった方がずっと素敵です。帰りのバスの中でもそんな満足感で一杯でした。
 しかし、会報「しらぎく」を読んで私は恥ずかしくなりました。あまりに夢中になって、ご献体が何年か前まで生きていた「誰か」だったということを一度も意識しなかったのです。その人には、きっと私と同じように家族があって、住んでいる家があって、その人の生活を送っていて、誰かを愛したにちがいありません。そうしてあの台の上にいたのです。
 私達の班のご献体は女性でした。年齢は分からなかったけれど、随分小柄な方でした。爪がとてもきれいに整えてあったことを思い出しました。そのとき、あたりまえかもしれないけれど、ああ女の人なんだよな、と感じました。
 どうしてもっと早くにそのことに気が付かなかったのかと後悔しました。私はきっと冷酷な人間です。ご献体される方は皆、「医療の発展に貢献できれば、人の役にたてれば」とおっしゃいます。私はそういった意志を、「しらぎく」を読むまで意識することはなかった。あの女性にも、どうあやまっていいかわかりません。せめてがんばって勉強して、いい看護婦になることが罪滅ぼしだと思います。まったくそんな自信はないけれど、自分が変わったと思える体験をしました。この日のことは、忘れません。







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