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前期の解剖実習を終えて
東京医科大学 渡辺 翼
 
 東京医科大学での二年目の初日、私は何とも言えない緊張感を感じていました。それは、その日の午後から始まる解剖実習への不安から来るものでした。実習が近づくにつれ緊張感は高まり、正直実習前の先生の説明中、私は話の内容があまり頭に入らないほどの重圧感に悩まされました。そして説明終了後、いよいよ実習室に入り御遺体と対面しました。その瞬間私は、献体された方とその御家族の思いに応えるだけの力を自分は持っているのだろうかと考えました。そして、一年生で一通り解剖学を勉強したとはいえ明らかに未熟な自分には御遺体にメスを入れる資格は無いのではという思いが頭をよぎりました。しかし、御遺体にメスを入れ、技術的にも精神的にも成長することが献体をしてくださった方への私が出来る唯一の報いではないかと思い、御遺体が与えてくれる知識を全力で吸収しようと決心しました。
 私にとって、解剖実習で得たものは大きく分けて三つあると思います。
 まず、机上の学習ではなかなか難しい三次元における解剖学が出来たことです。実際に複雑な人体の構造を目の前にし、とまどいを感じながらも一つ一つ理解していくという流れは非常に貴重な体験になったと思います。
 次に、チームワークの大切さを再認識出来たことです。一人では分からないことも、班員全員で考えることで解決したといったことは多々ありました。また自分とは違った視点があることで、各自の意見を戦わせ理解を深め合ったこともありました。この実習で感じた共同作業の大切さは将来きっと役立つと思います。
 そして三つ目は、実習や東寿会を通して、自分達が沢山の人達に支えられていることを知ることが出来たことです。そして実習は、日常生活では感じにくい『生命の尊さ』や『自らの人間性』といったことを私に真剣に考えさせてくれました。
 最後に、献体された方そして御家族に改めて感謝の意を示し、後期の実習も全力で取り組むことを誓い、感謝文を終わらせたいと思います。本当にありがとうございました。
 
大阪歯科大学 和中 由実
 
 解剖学実習がこんなに早く終わりが近づいてくるとは、遺体実習を始めるあの頃、思っていたでしょうか。遺体実習初日、初めて人体解剖をするということに対する不安と人体の構造がどのようになっているのか知りたいという、不安よりはるかに大きな期待を一緒に抱いて解剖学実習室に入りました。実習台の上には半透明の袋があり、その中に白い布に包まれたご遺体がうつぶせになっていました。本物のご遺体だ、これから本当に人体解剖していくんだ、とその時になってようやく実感したのを覚えています。
 はじめにメスの使い方を教わり、背面の皮はぎに取り掛かりました。初めてなので慎重になりすぎ、剖出に手間取っていると、インストラクターの先生がそばで手際よくやってくださって、それを見てメスの使い方のコツをつかんでいきました。神経、血管の剖出に始まり筋の剖出、臓器の摘出など、経験したことのないことを自分の手で経験していくごとに、神経、血管の太さや弾力性、筋の走向や薄さ、臓器の位置や形など人体を構成しているものの感覚をつかんでいきました。
 剖出した後、スケッチするのが難しいことが多々ありました。人体は見事な立体構造を成しているため、三次元のものを二次元に描くのが難しかったのです。複雑に入り組み、作用しあってそれぞれの機能を果たすように構成された人体の仕組みのすばらしさに、改めて感心させられました。
 私たちの班のご遺体は、特殊なものが多く発見されました。心臓に出入りする血管の位置もそのひとつでした。ちょうどそのとき、私は胸部の担当で心臓に出入りする血管の剖出をしました。そしてスケッチし、名前を書き入れようとしましたが、どうも参考書に描いてあるような位置関係にありません。通常上行大動脈の右側にあるはずの上大静脈が左側にあったのです。後に先生から、これが非常に珍しいものだと聞かされて驚きました。特殊な上大静脈を持っていても、通常の上大静脈の機能と変わらないように、それなりに形を変え、内頚静脈や鎖骨下静脈などが注ぎ込んでいました。それを見ると、命あるものは生きていくために、適応していくようにできているのだと感心しました。このような変異例を「破格」というそうです。
 ある日、私は母と解剖の話をしました。母も約二十五年前に大阪歯科大学で解剖学実習を受講しています。当時は学生数も多い上に、ご遺体も今ほど多くなかったため、ご遺体一体に十数人の学生が群がる状況で、母は自分の手で解剖がほとんどできなかったといっていました。自分の眼で見て、自分の手で触れて学ぶことができる今は、学生にとって本当に良い環境であると感じます。私たちがこうして人体について学ぶことができるのは、さまざまな方々のご協力のおかげです。特に、ご遺体を提供して下さった方々、そしてそのご遺族の方々に心から感謝したいと思います。
 今回、人体解剖学実習を通してさまざまなことを体験し、学びました。もちろん、これだけで十分知識を身につけたとは思っていませんが、この実習で得たことを将来自分が歯科医師になったときに生かしたいと思います。
 ご指導してくださった先生方、そしてこのような機会を与えてくださったご遺体を提供して下さった方々、そのご遺族の方々、本当にありがとうございました。
 
金沢大学医学部(匿名希望)
 
 先日、ご遺骨返還式に参加して改めて献体をして下さった方とそのご家族の皆様に対する感謝の念を抱きました。4月からつい最近(6月中旬)まで解剖学実習を行って参りました。今となって振り返りますと、あっという間の実習だったような気がします。1回1回の実習で学ぶべきことが沢山あって、実習が週3回となるとそれが膨大な量になり、どれだけ時間をかけて実習をしても、全てを理解出来ない様でパニックを起こしかけたこともありました。おそらく、理解が不十分である点も多々あったと思います。しかし、感謝の念を忘れず、精一杯努力致しました。献体をして下さった皆様と同意をなさって下さったご家族の皆様のご厚意に多少なりとも報いることが出来たのではないかと思います。
 私の父は私が小学校の時に亡くなったのですが、祖父も献体をしました。私はまだ小さかったので献体の意味も良く分っておらず、遺骨が後になって家に戻ってきたぐらいしか覚えていませんでした。しかし、今回ご遺骨返還式に参席致し、ご遺族の皆様が厳かな式の壇上で、ご遺骨を医学系研究科・医学部長から返還され、とても大切に抱いておられるお姿を拝見致し、献体して下さった皆様の尊いご意志とご芳情のお蔭で、私たち医学生は解剖学実習を行うことが出来るのだということを実感致しました。私の祖母も今から数年前に献体団体に登録しているということを、解剖学実習が始まってから知りました。家族の立場にいざなってみると、もし祖母が亡くなった時に医学生がどんな様子なのか不安になります。ご遺族の皆様も同じように、私たちが解剖学実習を経て、どのような医師になっていくのか不安に思われておられると存じます。その為にも私たちは解剖学実習で得た知識と経験を生かし、立派な医師にならなければいけないと改めて思いました。私たちの学習は多くの皆様に支えられ、そしてこれからも多くの方々のご協力を賜ることになると思います。その皆々様のご協力に対する感謝の気持を忘れずに、ご期待に沿えるように、向後も精一杯努力して行きたいと思います。







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